第19話 薔薇の館 前編

5月14日、午後0時。


今日もつばの広い帽子を被っている霊音は、3体の人形を連れて俺達の部屋を訪れた。


「……こんこん。瑠莉奈。道明。今、入ってもいい?」


子供のように、ドアのノック音を口から出す霊音。


「その声は……霊音ちゃん!」


「鍵はかかってないから、普通に入ってきな」


「うん。お邪魔します」


霊音は部屋の扉を開き、いそいそと瑠莉奈のベッドに腰掛ける。


入学式以降、度々俺達の部屋に押しかけてくるようになった霊音。

俺やベルとも気軽に話す関係になってはいるが、その中でも特に瑠莉奈には懐いているようで……。


「今日はどうしたの?」


「……瑠莉奈に会いたくなっちゃったから、来た」


今日もこんな調子である。


「霊音、すっかり瑠莉奈にベッタリだな」


「うん……瑠莉奈と一緒にいると安心する」


「う~ん、霊音ちゃん、何でこんなにかわいいんだろ~!」


顔を綻ばせ、己よりも少し高い位置にある霊音の頭を撫でる瑠莉奈。


「……照れる」


一方の霊音は頬を赤らめ、瑠莉奈に抱きしめられながら、実戦に使っていた3体のマネキンとは別の少女を模した縫い包みを抱きしめる。


瑠莉奈は実物を見せてもらったことがあるらしい、俺も前々から話には聞いていた試作型人形の……小型化バージョン、或いはミニチュアだろうか?


そんな縫い包みを抱きかかえている霊音の様子はどこか落ちつかないようであり、口元をもごもごと動かしながら、時折「あ、あのっ」と言おうとしてか口を開いては、すぐに閉じてしまう。


「なあ、霊音。さっきからそわそわしてるけど……どうした?」


「あっ、えと、ん……んん、どうしうようかな、話しちゃおうかな」


「そう言われると気になるな」


「何々~?どうしたんですか、霊音ちゃん?」


何かを話すか話すまいか迷ってか、霊音は何とも落ち着かない様子で、再び縫い包みを抱きしめた。


「わかった。これは、僕が魔術師になる前のお話。あんまり、びっくりするような話じゃないけど。……ちょっと待ってて。せーのっ、【ロードショー】……。この部屋の壁は白いから……スクリーンにできる」


霊音はそう言って部屋の明かりを消し、抱えていた縫い包みの両目から弱い光を壁に放つ。


そうやら、記憶から作り出した映像を映す魔術らしい。


「へぇ、魔術で人形を映写機として使ってるのか」


「珍しい魔術ですね」


「んと……そう、だね。珍しい魔術。魔術……うん。僕以外に使える人、見た事ない」


霊音は少し違和感を抱いたように眉を少し潜ませながら、目を閉じ、人形を抱きしめて記憶を映写機である人形へ送り始めた。


~上映開始~


――――日時不明。


宮城県仙台市某所。


これは、僕の記憶。


僕が、まだマスターのお家に住んでいた頃。


「んしょ、んしょ……。これで、ご主人様の遺品は整理できたかな」


人形作家であるマスターに養子として育てられてきた僕は、12歳の誕生日にマスターを亡くした。


マスターの死因は不明。

歳は取っていたけど、老衰で死ぬくらい弱ってはいなかった気はする。

遺体も見つかっていないみたいだったから、ますますその死因は謎に包まれるだけだったけど……僕に、それを確かめる手段は無かった。


顔が広かったマスターのお葬式には、たくさん……何十人か忘れたけど、人がいっぱいいた。

しかし、その誰もが……僕のことを良く思ってはくれていなかったみたい。


「あの子が例の娘?お人形さんみたい。美人だけど愛想が無いわねぇ」

「いっつも部屋に籠って、訳アリに違いねぇ。あの人は優しいから、うっかり匿っちまったんだろうよ」

「俺のとこに寄越せば、きょうのアニキに似合う最高の傀儡にしてやれたのになぁ」


家にお客さんが来ている間は、トイレ以外の用事で自室から出ることは禁止されていたし、そもそもこの家の敷地から出たことが無かったせいなのか、誰にも会った事が無かったけど……マスターは、あんまりお友達には恵まれなかったのかな。


マスターの家でお友達が開いたお葬式でされてた会話……怖かった。


お客さんがいる時は自分の部屋から出ちゃいけないって言われてたから、マスターのお友達の顔は見えなかったし、話を聞くしかできなかった。

火葬場にも行けなかった。


……本当に、不思議な気持ちだった。


周りにはこんなお友達ばっかりなのに、マスターはずっと優しかった。

やっぱり、僕のマスターは最高のおじいちゃん。


マスターの名前は「葛岡 きょう」。

頑固だし、あんまり喋らないけど……優しくて、かわいい人形を作る人形作家さん。

昔は仏像を彫っていた仏師さんだったみたいだけど……そっちは特別な事情があって、やめたらしい。


マスターの人形は自分で動いたり辺りを照らしたりもできちゃう優れもの。

僕も人形の動かし方は教えてもらったけど……未だに、マスターほど自分の人形を正確に動かすことはできない。


それどころか、人形の作り方さえも最低限のことしか教わらないまま、マスターはこの世界からいなくなった。


マスターの遺品が詰まったダンボールをガムテープで閉じながら呟く。


「……マスターのお人形屋さん、どうしよ」


一応、マスターの弟子だった僕。

でも人形作家としての実力は、駆け出しとも言えないくらいだった。


当然、マスターのお店を継ぐことはできない。

継ぐとしても、その頃には何年経ってることか……。


猛烈な虚無感に襲われた僕は縁側に腰掛け、広い庭園を眺める。


ザーザーと降る雨が、耳に心地よい。


「きれい」


庭を囲むように植えてある茨は、この家を守るかのように生い茂っている。


「……外、出てみようかな」


僕は縁側から立ち上がり、マスターの仕事場に残っていた大きなハットを持ち出して被った。


今まで一歩も出た事が無い外の世界へ、僕は足を踏み出す。


枝に囲まれて見えなかった、敷地の外へ……。


「!?」


足が、前へ出ない。


いや、足が前に出ないんじゃない。


足を踏み出した瞬間、身体が後ろに戻されている。


確かに、僕は前に足を踏み出していた。

家の敷地から出ようと前に歩いたのに、身体は後ろに動いていた。


「……何が、起こったの」


もう一度、僕は足を前に出す。


「うっ!?」


やっぱり、僕の身体は敷地から出ていない。


それどころか、いつの間にか足元にまで茨が伸びている。


「ど、どういうこと……?」


庭を囲っていた薔薇の枝はあっという間に伸び、花も咲き乱れていた。


「何かおかしい」


諦めずに僕は足を前へ踏み出す。


「ぐっ……!?」


やっぱり敷地内に戻された。


気のせいかな。

僕が敷地を出ようとする度に薔薇の枝は伸び、薔薇の花がどんどん咲いて……増えていっているような気がする。


「これは……気のせいじゃないかも」


僕はマスターが昔作っていた木彫りの仏像を蔵から取り出して、お守り代わりにもって敷地を出ようとする。


敷地外へ足を踏み出した瞬間、足元に薔薇の花が咲いた。


「っ!?」


そして、僕は突然現れた薔薇の花を右足で踏みつけてしまう。


刹那、僕の右足は思い切り滑って、上体が勢いよく背面へ反った。


それを狙ってか偶然か、僕のちょうど背中を狙うように枝が一瞬で伸びてくる。


枝の先端は固く鋭い。


「この枝は……ッ!」


枝と背面との距離、約20センチメートル。


このまま重力に身を任せて転倒すれば、この枝は……きっと喜んで私の心臓を抉り、その血を飲み干す。

そんな気がする。


マスターは、この薔薇を大切に育てていた。

肥料をあげたり、水の量を調整したり……相当、気を遣っていたように見える。


でも……。


「この薔薇は、おかしい!!」


僕は左足に目いっぱい力を込めて地面を蹴り、身体を左に反る。


そして、着せられていたドレスの内ポケットに潜ませていたマスターが作った仏像を右手に持って、尖った枝を思い切り殴りつけた。


メキメキと音を立てて折れる枝。


同時に私の身体は左側に大きく滑り、身体にかかっている力と勢いを後転と踏み込みで殺す。


「ズザザザッ」という音は庭園に響き渡るくらいに大きかったけど……鬱蒼とした薔薇に阻まれて、この音が外に伝わることは無かった。


この家にあった通信機器はマスターの携帯電話だけだったし、それも今はもう無いから……いずれにしても、外部の助けは期待できない。


……そもそも、僕には元からマスター以外の知り合いなんていない。


「僕一人で、何とかしなきゃ」


もう、あの頼もしくて優しいマスターはいない。


僕は、僕は……もう一人で外に出られるようにならなきゃいけないんだ。

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