第38話 アンチ・ビースト その10
「……いやあ、殺しちゃうのが勿体ないなぁ」
「じゃあ大人しく俺に殺されてくれないかな」
「いや……でもね、このまま生かしておくのもなんだからね。覚悟してね」
「今の会話意味ある?ってか、元はと言えばベルの名前奪ってたのはそっちじゃねーか。反省するどころか逆ギレしちゃってどうすんの」
「悪魔アモンが反省なんてすると思ってるの?悪魔の主人やってるのに?」
「思ってませーん。さ、来いよ」
俺はアモンに軽口を叩きながら、裏で密かに準備を整える。
ベルから受け取ったスカスカのリボルバーを腰にぶら下げ、杖をいつでも取り出せる位置に引っ掛けておく。
アモンが強大な力を持つということは、ベルと瑠莉奈のやられっぷりを見ていれば分かる。
しかし、コイツは「超火力」でこそあるものの「超装甲」ではない。
その証拠に、瑠莉奈やベルの攻撃には普通に防御態勢をとっていた。
アモンだって悪魔なのだ。
悪魔とは精神を持っている存在。
アリシア教やペトラ教におけるサタンの概念が、いわゆる理念的な存在をもっているのに対して、こちらはどちらかというとオバケというより怪物寄りなのである。
……つまりは特に亀のような甲羅があるでもラーテルのように神経毒に耐性があるでも無い、言わば「とんでもなく強くて魔術を使える狼男」のようなものなのだ。
刃を受ければ普通に切り裂かれるし、銃で撃たれれば肉体に風穴が空く。
俺は、そんなアモンに軽口を叩くことでリラックスを図る。
勝負は一瞬。
攻撃の際に生じる、刹那の隙を突くしか無い。
「じゃ、遠慮なく行かせて貰おうかな」
アモンは口を大きく開き、こちらへ飛び掛かってくる。
あの余裕に満ちたアモンの表情。
コイツは間違いなく油断をしている。
わざわざこちらへ突っ込んでこなくても、魔術で吹き飛ばせば俺は簡単に死ぬ。
しかしこの後、ダウンしているベルや瑠莉奈を復活する前に仕留め切らなければならない上、万が一意識を取り戻してしまった際に備えて魔力を温存するつもりなのだろう。
そして、見事に予想は的中。
アモンは巨体故に無防備な胴体と口を晒して、こちらへ距離を詰めてきたのだ。
「……本当に、何度も言うようで申し訳ないがバカだなお前は。俺をただの不器用な人間と舐め腐ったお前が、わざわざ魔法をブッ放してくる訳が無い。お前が近付いてくるってことは、スデに分かりきっていた」
「ガァッ!?」
俺はそこを狙って、ベルから預かったオモチャのようなリボルバーを腰から抜く。
「文字通り、弾丸でも食らっとけ」
そしてアモンの口を狙って一発、二発、三発、四発、五発と、込めてさえいない弾丸を撃ち込んだ。
「フンッ!悪足掻きを……!!」
一切の防御ができない口内を狙われて驚いたのか、取り乱して声がいかにも怪物のように低く変化しているアモン。
焦って口を閉じ、左手を盾の代わりにして衝撃を受け止めた。
そして俺が六発目のトリガーを引く前に、その牙が俺の眼前へ迫る。
「あ、終わった」
「ガアアアアアアアア!!」
「……なーんてな!食らえ!」
しかし、往生際が悪い俺は軽いバックステップで僅かに距離をとり、大火傷した左肩で牙を狙ってタックルを仕掛ける。
何かの間違いで生き残ったとて、しばらくは痛くて仕方ないのだ。
ここまできたら牙が刺さろうが何をされようが知った事では無い。
「ガッ……ガァァァァァ」
……と、覚悟を決めたはいいが……牙が思いのほか硬くて傷一つさえつけられない。
そして、牙は容赦なく俺の左肩へ突き刺さる。
「いってェェェェェェェェ!!?」
「グアアアアアアアアアアアア!ガグ、ガ、ブジュウウウウ……」
痛い。
全身が痺れる程に痛い。
叫び声を上げずにはいられない。
「肉が、肉が抉られているッ!ぐぐぐぐぐぐぐゥゥゥッ!!」
プリンを掬うスプーンのように、工事現場の土を掘り起こすショベルカーのように。
こんがりと焼けた俺の左肩がゴリゴリと音を立てて抉られている。
嫌だ、死にたくない。
こんなところで、こんな奴に殺されてたまるか。
ここで俺が殺されたら、瑠莉奈やベルが何をされるか分からない。
瑠莉奈の例があるとはいえ、死んでしまった存在が必ずしもオバケか何かになって蘇ることができるとは限らない。
何より俺はまだ、瑠莉奈のお兄ちゃんを辞める訳にはいかない。
落ち着け。
まだ何か打つ手はある筈だ。
……牙は今、俺の左肩から腕にかけてざっくりと刺さっている。
ということは……もしかして、もしかすると。
「【ビームソード】」
これは……アモンの奴、ノーガードな口の中を堂々と俺の前に晒した上で固定してしまっているのでは?
「アガッ!?」
俺は空いていた右腕で杖を握り直し、再び魔力の刃を出す。
そして、
「食らえェェェィィィィィィッッッ!!!」
杖を、その刃を。
できる限り前へ、口内へ、そして喉の奥へ向けて押し出すように刺突した。
「ガ、アガガガガガガがガガガガガガガガ」
「うおおおおおおおおおッッッ!!」
刃は口内を突き進み、アモン喉へ突き刺さる。
アモンは牙をさらに左肩へ食い込ませて抵抗。
しかし大火傷によって既に感覚を失いかけている上に、アドレナリンが大量に出ている俺にはもはや関係のない話だ。
「ゴエエエエッ!!ゴガ……!」
「……【バラル】!」
「グオ……?」
一瞬、意識を取り戻した瑠莉奈が、土壇場でアモンに「バラル」を使って一瞬だけ全身の情報を遮断する。
「ナイス、瑠莉奈!!うおおおおおおおッ!!届けええええええええええええッッッ!!!!」
「アガアッ!!」
牙がさらに食い込む。
しかしビームソードもさらに喉の肉を抉って、ついに脊髄へ届いた。
「やっぱり、本当にバカなのはお前の方じゃあないかッ!俺がビームソードしか使えないからって、熊の爪より小さい牙なんかで俺を殺せると思ったのかぁぁぁ?仮にも魔術師相手に、ノーガードな口の中を晒して生きて帰れるとでも思ったのかぁぁぁぁぁ!このバーカがぁぁぁぁぁ!!」
今吐いた言葉は全て強がりとハッタリである。
俺は軟弱な人間なのだ、熊より小さい牙でも下手したら死ぬし、瑠莉奈の助けが無ければ、俺は為すすべも無くやられていただろう。
それでも、今、この瞬間。
アモンを煽り散らかして悔しがらせるために、全身全霊を尽くす。
左腕を犠牲にした、捨て身の一撃。
あまりにも力任せ、俗に言うゴリ押しが過ぎるが、これは俺なりの、特に今のところビームソード以外の魔術を使えない俺の、精一杯の悪足掻きなのである。
威力が足りないなら、弱点を相手に開かせるのみ。
リーチが足りないなら、自らの肉体を食い込ませて伸ばす。
俺にとっては、足掻くことだけが覚悟なのである。
「アガ、ガ、ガ、ガ……ァァァァァァァ………………」
骨を砕くような音、続いてさらに肉が抉れる感触。
ビーム刃が首を貫通したのか、アモンはとうとう動きを止め、そのまま膝から崩れ落ちる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
それとほぼ同時に、俺の左肩ごと片腕がボロリと地面に落ちた。
「……ァ」
地面へと倒れ込む俺の視界は、左肩からドバドバと溢れる血が埋め尽くす。
意識が薄れるどころの話ではない。
真紅に染まる視界に埋め尽くされ、五臓六腑をそれに埋め尽くされるような感覚。
しかし何はともあれ、これで少なくとも瑠莉奈は殺されずに済むだろう。
ベルも、左腕がもげている俺よりかは助かる確率が高い筈だ。
せめて、二人が健やかであるよう。
俺は神……ではなく悪魔に祈りながら、意識を手放した。
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