第13話 2と1 中編

「……何のつもりじゃ、アガレスよ。主の意識を奪うなど……わらわの下につく気にでもなったのか?」


「まさかぁ。タイマン勝負の相手が代わるだけですよ、ベルちゃん」


私は右手をベルちゃんの方へ向け、魔力を集中させる。


見た目が小さい子だから、相手するには少し気が引けるけど……中身はお婆ちゃんなんだよね。

全力で相手して良いんだよね。


落ち着け、落ち着け私……。


「……ホントに兄妹じゃな、おのれら。兄が兄なら妹も妹じゃ。……まあ良いわ。兄ではなく、お前が直接戦うんじゃな。よいよい、ならば力を示すがよい。貴様をわらわの支配下に置くには厄介すぎるということを証明してみよ!」


「なるほど、力で道を切り拓けってことですね!わかりやすくて助かります!」


「うむうむ、兄の方からはまだ一撃も食らっておらんからな。寛大なわらわが、特別に交代を受け入れてやろうぞ」


「ありがとうございます、ベルちゃん」


「はぁ。初めから、わらわの側についていればよいものを」


「ごめんなさい、それだけはあり得ません」


「釣れない奴よのう。……さあ、来るがよいわ。其方が相手ならば、未熟な兄の方よりは楽しめそうじゃ」


ベルちゃんは少し悲しそうな顔をしたと思えば、その表情はすぐに満面の笑みへと変わり、両手へ魔力を流し込む。


「……じゃあ、本気でいきますよ。貴方は手加減ができる相手じゃないような気がしますから」


ベルちゃんの目が、本気マジだ。

どうやら凄腕魔術師のベルちゃんもベルちゃんで、全力でやる気らしい。


「来い、アガレス」


「行きますよ、ベルちゃん!!【散る岩・二連】!」


私は右手から、大量に生成した小石を2回続けて放つ。


これは兄さんと組手をした際に使った自然魔術、それを連続して絶え間なく重ねるもの。


一撃だけでは、どうしても避けられたり防がれたりしてしまいがちな「散る岩」でも……二連続で放てば、上手くその隙を埋められる。


同じ術でも二回連続して放つだけで、一気に強力なものとなるのだ。


「【パワースポット】」


しかし謎の力場を発生させるベルちゃんの魔術によって、飛ばした石は全て弾かれてしまう。


これも自然魔術か、予想以上に手強い。


中身がお婆ちゃんとはいえ、ベルちゃんの身体は見ての通り小さい。

追い詰められたとしても、威力が高い術を一撃でも当てれば身体が吹き飛んで形勢逆転のチャンスが……なんてことになるかも知れないと思っていた私の見通しが甘かったようだ。

そもそも術が当たらないのでは話にならない。


「……ベルちゃんって、もしかして無敵なんですか?」


「まさか、そんな筈あるまい。どんな術にも、どんな存在にも弱点はある。分かっておろう?」


「いや~、そうですよね!はぁ~、びっくりしました……『散る岩』が全然当たらないので……ベルちゃんには術が効かないのかと思いました」


「フン。流石のわらわでも、『全方位から飛んでくるありとあらゆる攻撃を長時間防ぎ続ける』なんて無理じゃ……おっと」


あれ?今、「おっと」って言いました?

うーん、妙に引っ掛かる言い方ですね。


「……ヒントは無しですか」


「天然かッ!!わらわが珍しく口を滑らせたというのに……人の話は聞いておくものじゃぞ」


人の話……?

ベルちゃん、何か言ってたっけ……?


思い出せ、思い出せ私。


確か、全方位から飛んでくる「ありとあらゆる攻撃」を防ぎ続けるのは無理だとか何とか。


ありとあらゆる……?攻撃……?全方位……?


つい数十秒前に防がれた「散る岩」は、砕けた岩の破片を前方に飛ばす自然魔術。


つまりは、「一方向から拡散するように」「尖った石イコール物理的な力が飛んでくる」「攻撃」という事になる。


……もしかして、縦横16方向、合わせて「256方向から囲む中心のベルちゃんを狙って」「エネルギーイコール霊的な力をぶつける」「カウンター」なら効くってことなんでしょうか?


……ベルちゃんが漏らしたヒントから発展させて、少し捻った作戦で攻めるしか無いみたいですね。


「【散る鏡】」


「人格・位格・或いは魂を持たないありとあらゆるもの」に1回から最大13回までランダムな回数反射する、エラのような形に尖らせた岩、その名も「散る鏡」。


数にして100程度。


256方向は流石に無理があったが、私の右手からは、壁から壁へ跳ね返る小石は大量に拡散する。


「ほうほう!やはり其方、天才じゃな!!それでこそ、わらわの僕に相応しい!」


「僕になった覚えは無いんですけどっ!」


「なあに、もうじきなるとも!!【パワースポット】」


しかし、ベルちゃんは術によって瞬く間に再び生成した巨大な木の内へ身を隠し、今の『散る鏡』も尽く防ぎ切ってしまう。


「全方位防御……やっぱり!」


やっぱり「パワースポット」がある限り、私の術にタイミングを合わせ続けられれば、ベルちゃんに攻撃は届かない。


「そうじゃ!わらわの『パワースポット』は、一時的にじゃが全方位からの魔術も岩も……全てを弾き返す!」


「【散る鏡】!」


「無駄じゃ!【パワースポット】!」


私は再び、おびただしい数の石を飛ばす。


しかし、やはりそれらの石も全て弾き返されてしまった。


「まだまだ!【散る鏡】!」


「【パワースポット】……!ええい、何度も何度も無駄じゃと……」


3度目の石が、模擬戦場の壁銃を跳ね返りながら、なお「パワースポット」に弾き返されていく。


「散る鏡」も、所詮は「散る岩」よりも複雑なだけの、しかし「ただの岩」だったということだろう。


でも、本当の狙いはあの恐ろしい数の石を当てることではない。


「やああああああああっ!」


「な、なんじゃあああああ!?」


私の狙いは、ベルちゃんのパワースポットが追いつかなくなるまで、全方位から弾幕を張り続けること。


そして、その隙を突いて……!


「食らいなさい、ベルちゃん!!必殺……!」


「【パワー……間に合わぬっ!?」


「えええええいっ!」


「へぶっ!?ぎゃああああああ!?」


私は、全力疾走からの右ストレートを繰り出した。


そこそこ手が込んでいるように見える反射する石の魔術は、全て力場の発動を間に合わせないようにするために使った、言わば牽制用の攻撃。


本気で当てる気だった攻撃は、ただ殴り飛ばすだけの単純明快なパンチだけなのだ。


そういえば剣は得意みたいなことを言っていたような気もするし、このムチャクチャな作戦が成功するとは思っていなかったけど……。

やっぱり身体が小さいからか、予期せぬ接近戦には弱いのかも?


「どうですか!これが私の戦い方です!」


「や、やるではないか……いつぶりじゃろうな、こんなに重い一撃を食らったのは」


「この日のために鍛えてましたから!ふふん」


「ハナから其方が戦うつもりじゃったのか?」


「はい!……兄さんには悪いですけど、流石に力不足なままの兄さんをベルちゃんと戦わせなければければいけないなんて、酷な話ですから。明らかに不利ですもんね」


「ほう?」


「魔術を齧って数ヶ月やそこらの兄さん、対するは2000年以上生きてきた、自称超ベテラン魔術師。兄さんに勝たせるどころか……勝負さえもする気なんて無かったですよね。ベルちゃん」


私は横たわる兄さんを岩に乗せて部屋の隅にやる。


兄さんの寝顔を拝みたい気持ちはさておき、再びベルちゃんの方へ向き直り、自然に目を細めるように軽く睨みつけた。


「よく解っておるではないか。……そうじゃ。わらわは、其方の言う通りベテラン魔術師。『大人』なのじゃよ。故に、子供を煽るようにして勝負を挑み、軽く捻って終わらせてやるつもりじゃったのだが……まさか、妹の方に不利な勝負であると指摘されるとは思わなんだ」


しかしベルちゃんは、己を睨みつけてくる私を睨み返すどころか、さらに一歩近寄って短い拍手をした。


「そりゃあ、私は大きな名前を背負った悪魔ですから。位の高い悪魔だからこそ、冷静でなきゃいけないんです。……特に、ご主人様が大切な人であればあるほどに」


「素晴らしい……やはり其方は素晴らしいぞ、アガレス!本調子ではないとはいえ、わらわと互角に渡り合わんとして尚、戦い続けんとするか!最後に、もう一度だけ聞く。わらわの僕になれ。さすれば其方と兄の安全は保障しようではないか」


ベルちゃんは、改めて右手を差し出した。


その手を握ったら勝負は終わり、きっと契約は成立するのだろう。


「だーかーら、結構ですってば。兄さんも、私自身も、私が守ればいいんです。それ以上のことは望みませんし、私のご主人様は、既に兄さんですから」


しかし、私の意志は固い。


今更兄さんを裏切る事なんてする筈無いのに、どうしてこうもしつこいんでしょうか……?


そんなに私を好いてくれているのかな……。

うーん、ただの友達なら大歓迎なのに。


「……本当に、兄を信頼しておるのじゃな。弱くても信頼できるなら主人として相応しいと、そういう訳か」


「うーん、ちょっと違います。兄さんを信頼しているのはその通りですけど、実力の面でも信頼してない訳じゃあ無いんですよ?今は『ビームソード』しか使えませんけど」


「……流石に3ヶ月かかって『魂魄剣の紛い物』しか使えぬ奴が術師として大成するとは思えぬが」


「兄さんは大丈夫ですよ。……私達は、『賀茂忠行かものただゆき』の血を引く人間ですから。現に、その私が死んで悪魔になった結果、こうして『アガレス』の名前を受け継ぐくらいには強くなりました。……だから、兄さんもきっと大丈夫です」


「ハッ。こうも淡い期待を抱けるものなのじゃな、若人わこうどというものは」


「……いいえ。きっと私は何歳になっても、兄さんが存在している限り兄さんを信じ続けると思います。だって兄さんは、私の兄さんですから」


私はアガレス。

ソロモン72柱、その第2柱たる悪魔の名を冠する存在。


私がその器になれたのだから、もし兄さんの遺伝子的に「加茂」の血が私より薄かったとしても、決して弱くはない筈なのだ。


「やれやれ、盲信……いや、盲目も良いところじゃな。ならば、わらわが其方の目を覚ましてやろうではないか!と一緒では、其方の才能が腐ってしまうわ。わらわはそれが惜しくて仕方がない。……すまないが、本当に容赦せぬぞ。意地でも、お前を奪ってやる」


カチーン。


「『あんなの』、だぁ?」


「……ほう、目が変わったな?アガレスよ。どうやら挑発には乗ってくれるようじゃな。……さあ、目覚ましの時間じゃ。早く目を覚まして、『わらわに従う』という正しい判断をしてもらわなければな」


「目ェ覚ますのはテメー……じゃなくて、ベルちゃんの方ですよっ!」


堪忍袋の緒が切れた私は、もはやいつもの口調も崩れ、ただ視界に収まっているベルちゃんが私を諦めさせることしか考えられなくなっていた。


調子に乗ったお婆さんには、少しは痛い目を見てもらいましょうか。

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