第三章 ベルゼブブ紛争
第23話 ペストマスクの男
6月22日、午後6時。
夕食前。
俺はベルに呼び出され、中庭へと向かうことになった。
「大丈夫かな、兄さん一人で行かせても……危なくない?」
「大丈夫だろ、相手はベルだし」
「ベルちゃんだから心配してるんだよ……」
ベルは今のところ俺の味方という訳では無いが、不意打ちを仕掛けてくるような汚い性格もしていない。
往生際が悪かったり、人の従者を意地でも奪い取ろうとしたりと、勝手な面も覗かせてはいる彼女だが……性根がどうしても高潔であるという点に関しては信頼しているのだ。
念のため杖を持って中庭へと向かう。
「おーい。ベル?」
俺はベルの名を呼びながら、中庭を歩き回っていた。
しかし、探せど探せどベルの姿は見当たらない。
探し回ること15分。
完全に質の悪い悪戯に付き合わされた。
そう思い、帰ろうとした矢先であった。
「……貴公。貴公。こちらだ、来い」
黒いコートに黒いズボン、黒いシルクハットに黒いブーツ、極めつけは黒いペストマスクを付けた、いかにも怪しげな男が手招きをしていた。
……ベルの代理人だろうか。
俺はこの人と以前に会ったことがあるのだろうか。
妙に慣れたような口調だ。
近付いてみると、それは聞き覚えのある声だった。
「……山村さん?」
「そうだ。よく気付いたな」
ペストマスクの男として久しぶりに再会した山村。
どこか、雰囲気が変わったように見える。
口調もさらに固くなって、より真面目そうというか、小難しそうというか……そういう具合だ。
「なんか、色々変わりました?」
「……訳アリでな」
「そ、そうですか」
会話が詰まる。
やはり善い人ではあるのだろうが、相変わらず会話のテンポは掴めないようだ。
しばしの沈黙。
「道明。突然だが……」
かと思えば、山村は突然腰に下げていた小さな袋から小刀を取り出して俺に渡そうと差し出してきた。
「な、何ですか。これ」
「我々は『ベルゼブブ連盟』と呼ばれる連盟に所属している。悪魔ベルゼブブを、元在った姿に戻す。それが我々の使命。そして、そのナイフは……連盟に入った者が持ち歩く、連盟に在る者の証だ」
「何でそんなものを俺に?」
「君の知り合いに、『ネア』という少女がいるだろう?彼女から、君を勧誘して欲しいと連絡を受けたんだ」
ネア……ってことは、ベルの偽名か。
ベルと山村が知り合いだったとは。
しかも「ベルゼブブ連盟」って……何やってんだ、アイツ。
「えーっと……俺、そういう宗教みたいなのやる気無いんですけど……っつーか、アイツはアイツで何やってんだ……」
「いや、宗教というのは少し間違えているな。我々はあくまでも魔術師として、悪魔が本来持っていた神の力を取り戻すため、暇を見つけては適当に動いているというだけだ。ロンドンで活動している魔術師に仕えているらしい『フェネクス』という悪魔にも、『フェニックス』という神としての名前がある。そして、神としての名前が広まれば広まる程、悪魔はさらに力を増していく。悪魔としての力だけではなく、その『悪魔』という概念が広まったことによって封じられた神の力も再び使えるようになるという訳だ」
「……でも、魔術学院に属していない悪魔を応援してどうするんですか?ベルゼブブって、ただ有名なだけのハエじゃなかったでしたっけ?」
蠅の悪魔、ベルゼブブ。
その存在はファンタジーもののゲームでよく聞くが、名前の割には大書庫にも文献が少なく、魔術学院的には未知数な要素が多いとされている悪魔だ。
「『バアル=ゼブブ』。それが彼の名前だ。そして『バアル』とは、ソロモン72柱に属する第7柱の悪魔『バエル』を指しているわけだ」
「潜り込んでるんですか?その『バエル』って悪魔」
「ああ。ネアを含めた数名の連盟員から、話を聞いている。……噂程度かもしれないが、実際に直接会って、物を貰った連盟員もいるのだ」
「……何のために潜っているのかはともかく、バエルが学院に潜り込んでるってのは、話を聞く限りマジっぽいですね」
「この話は持ち帰ってくれて構わない。君とネアとの関係は知らないが、ネアに直接聞いてみるのも良いのではないか?」
「は、はぁ」
「……無理にとは言わない。君が連盟への加入を拒否したとて、君を敵視するつもりは無い。だが、君がその気なのであれば歓迎しよう」
そう言って、山村は藍色のマントを翻して宿舎内へと消えていった。
「……こりゃあ、ベルに事情聴取しなきゃな」
どこかへ消えた山村をよそに、俺はベルの元へと駆けつけるのであった。
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