第22話 事案6446-よむな 後編

「土となり、土、へ、還、ル、ノ、ダ……」


「放せ!クソッ!」


俺に掴みかかる運転手の手を払い除け、右脚の蹴りで吹き飛ばす。


「兄さんっっっ!【散る岩】!」


「ぐぇぇ……」


俺の背後から飛び出し、右手から捻り出した岩が運転手の全身を貫いた。


「よ、容赦ねぇ……」


身体中に空いた穴と言う穴から血を噴き出し、倒れる運転手。


「しょうがないでしょ、兄さん……だけじゃないけど、大切な人に近付く敵は容赦無く殺すのが私のやり方だもん」


「いや、悪い意味で言ったんじゃないんだ。相変わらず強いなって思って」


「それならそういう風に褒めて下さいよ……って言いたいところですけど、今はそんなこと言ってる場合じゃ無さそうですね」


「そうみたいだな。……運転手がおかしくなるのは想定外だった」


「どうしましょうね、帰り」


「始発を待って電車か……蘆屋先生か誰かに電話して、事情を説明して新しい運転手を手配してもらうか……」


「よしっ、電話しましょう!深夜の海で始発を待つのはしんどいです!兄さん、スマホ出してください」


「ハイハイ……あ、その前に」


「どうしたの?」


「あの木……始末しておかないか?これから、同じく木に刻まれている文章の意味を理解して運転手さんみたいにおかしくなる奴が出たら面倒だろ」


「それもそうですね!よしっ、行きましょう!」


俺は瑠莉奈に手を引かれるまま、再度文章が刻まれた木の幹が落ちていた方向へ戻っていく。


しかし俺はその木を目にした瞬間、強烈な違和感を感じた。


「何か……さっきと違くないか」


「そう、だね……」


そしてそれは、瑠莉奈も同じだったようで。


俺は義眼に登録されたアプリを起動し、瞳に魔力を込める。


このアプリは、「ビームキャノン」というもの。


魂魄魔術の扱いに適さない俺のために、「義眼に溜めた魔力をレーザーとして発射する」という遠距離攻撃の手段を用意してくれたという訳らしい。


いわゆるチャージショット、或いはビーム砲といったところだろうか。


「食らえッッッッ!【ビームキャノン】!」


俺は左目からビームを放ち、文字が刻まれた木を爆破する。


「わぁぁぁぁ!?どうしたの、兄さん!?」


周囲に衝撃が響き渡る程に大きなエネルギーをもったビームに、思わず驚いて飛び上がる瑠莉奈。


「これも義眼の新機能……なんだけど……。蘆屋先生、なんてモンを搭載してくれたんだ……」


全身から力が抜け落ちるような感覚。


どうやら、相当な魔力を使ってしまったらしい。


大気中から霊力を取り込むにしても時間がかかる。


「……どうどう?どうでした?壊れました?」


「ああ、そりゃあ木だけに、木っ端微塵だ」


俺は粉々に焼け落ちた木の破片を拾い、確かに文字列がそこへ刻まれていることを確認。


それとほぼ同時に、蘆屋へ電話をかける瑠莉奈。


……しかし、深夜であったせいか、2分待っても蘆屋が電話に出ることは無かった。


「……出ませんね」


「しょうがない、始発待つかぁ……」


俺と瑠莉奈は運転手を失った車を放置して、最寄り駅である手樽駅へ向かう。


そして始発が来るまでの間、俺達はコンビニで買った弁当を食べながら、例の木によって狂ってしまった運転手の話をしていた。


「ねぇ、兄さん。あの運転手さん……どうして『ああ』なっちゃったのかな」


「さぁ……?でも……アレじゃないか?解析機か何かにかけた結果、あの文章の内容を理解した結果……並の人間の精神力では耐えきれなかった、みたいな」


「へぇ……。あの運転手さん、理解しちゃったんですね……私でも途中で無理矢理シャットアウトした情報なのに」


俺達が始発を待つ間、同じく始発に乗ろうと集まったであろう人々が、いつの間にか駅前へと集まっていた。


始発の発車時刻5分前。


そろそろ、駅に電車が到着する時間だ。


俺と瑠莉奈は、白石蔵王駅までの切符を買って改札を通り抜ける。


「……あれ」


ついさっきまで、駅前にたくさんの人が集まっていたような。


それが、人っ子一人いなくなっているのだ。


「……あれ、さっきまでこの辺にそこそこ人いませんでした?」


まるで同じ反応。

悪魔だろうが人だろうか、血は争えないものである。


「どこ行ったんだろうな、さっきの……?」


俺と瑠莉奈が正面へ向き直ろうとすると、目の前に顔があった。


目の前に、顔があった。


目の前に……顔が……あったァ!?


「【散る岩】!!」


「【ビームソード】!」


俺と瑠莉奈は瞬時に短い詠唱をして、瞬時に目の前にあった顔を吹き飛ばす。


「シ、シゼン、ニ、カエ、リ……」


「死、死、禅、ニ、還、ル」


線路の下から次から次へと姿を現す、恐らくは怨霊の類であろう同じ顔の老人。


俺と瑠莉奈は、それぞれが得意とする魔術でそれを吹き飛ばしながら、ホームを走り回って包囲網を作らせないように立ち回る。


「な、何だこりゃァァァァーーッッ!同じ顔のジジイがいっぱい湧くのは絵面がキツ過ぎるゥゥゥゥゥゥッッ!!」


「同感ですっ!!視界がキモいです!!」


そういえば、狂った運転手も言っていた「しぜんにかえる」というのは何なのか。

自然に還るなら勝手に還ってくれ。


あの木に刻まれていた文章に何か関係があるのだろうか?


まさか、アレって……。


「……壊しちゃダメだったのか……?あの木」


「かもですね……!どうしましょう、このままでは一生この無限ジジイと戦い続けないといけないのかも……!?」


「マジかよぉぉぉ!?」


俺と瑠莉奈は一旦改札から抜け出して、地を這いながら向かってくるジジイの群れから逃げるため、そして例の木を供養か破壊かすれば、あのジジイの無限湧きを止められるのではないかと考えた俺達は、ひとまず例の木があった場所まで戻ることにした。


「ハァ、ハァ……意外と速いですね……!」


「普通に歩いてたら追いつかれるな……ふぅ、ふぅ……スタミナ持つかぁ?コレ」


「大丈夫です、兄さんの限界が来たら、私が背負いますから!」


「そういえば瑠莉奈、力も強いんだった」


軽口を叩きながらだが、必死に走っていた俺達は森の中へと駆け込む。


草をかき分け、獣道を走る俺達。


物陰からは次々と現れるジジイ。


どうやら、ジジイは「観測者が誰も存在していない物陰」から現れるようである。


探索している人数がもっと多ければ、互いの死角となる物陰をカバーしながら進む……なんてこともできたのかもしれないが……残念、今ここで戦っているのは俺と瑠莉奈だけだ。

目は合計4つしか無い。


……そういえば、あの文章が刻まれた木は折れていたような気がする。


文字が刻まれていたのは一本の木、その「折れた木の根本」ではなく「折れた木の幹」。


つまり俺達が壊したのは「折れた方」だ。

切株はまだ残っている。


「瑠莉奈!切株!切株を探すぞ!」


「切株!?何で!?」


「多分、ジジイ無限湧きのトリガーはあの『例の文章が刻まれた木そのもの』だッッッ!それを壊せば、完全に『あの文章の影響をバラ撒くもの』は消え去る筈だ!」


「オーケー!えーっと、どれだろどれだろ……アレかな、コレかな」


「……どれだ」


マズい。

切株の区別がつかない。


邪気を放つとか明らかに動いているとか、そういう切株があるなら話は違うのだろうが……特にそういったことも無く、その上にこの辺りは少し前に森林の整備があった後なのか……本当に、どの切株か分からない。


どうしよう。

あー、もう全部の切株が敵に見える。


「兄さん」


「うん」


「やろっか、全部」


「だな」


「【飛び出す剣】っっっっっ!!!」


「【ビームソード】!」


俺は得意なビームソードで、瑠莉奈は地面から巨大な岩をいくつも突き出して、それぞれ手当たり次第に切株を破壊する。


「「「「ギャァァァァァァァァ!!」」」」


その内の一つに当たりがあったのだろうか、いつの間にか目の前にまで迫ってきていたジジイ達が一斉に悲鳴をあげ、次々に消滅していく。


「や、やった……のか」


「ちょ、それフラグじゃ」


「……大丈夫、大丈夫だと、思う」


俺はそっと杖に流していた魔力を止め、大きく溜め息をつく。


「お、終わったー!!それと……疲れたぁ……」


そして、瑠莉奈もその場にへたり込んだ。


「な、何だったんだ、マジで……」


「ね……酷いでした……」


俺と瑠莉奈は、再び運転手だった死体が転がりっぱなしになっている車の付近へと戻る。


「……さ、帰るか」


「帰りましょうか」


またもやその車は放置し、死体は車のトランクに隠してその場を立ち去る俺と瑠莉奈。


その後。


無事に手樽駅へと辿り着いた俺達に、切符を買おうとしたタイミングで不在着信に気付いたであろう蘆屋から折り返し電話がかかってきた。


「へ?運転手は死んだ?ジジイ?あの辺一体ボコボコ?……何がったのかはイマイチ理解できないケド……オーケー。とりあえず車を出すカラ、駅前で待ってておくれヨ」


俺達は、蘆屋と蘆屋が乗った車の運転手が駅に到着するまで、蘆屋に電話を繋げたまま駅前で待機していた。


……尚、何度説明しても、現場を見るまで蘆屋は状況を理解できなかったようである。


電話越しにでも分かる、あの全ての語尾に「?」が付いているような声。


……コントでもやっていたのだろうか、俺達が頑張って戦った、あの戦いの結末がコントとは。

何とも複雑である。


そういえば、あの木……結局、何て書いてあったんだろうな……。


―――――某日。


一人の老人は彫刻刀を手に、前のめりになるように木へもたれかかる。


その幹に記された文字列。


以下、その全文である。


「もう無理だ」


「限界だ」


「もう、自然に生きる意味を感じない」


「自然に還り、死を以て」


「我、これに打ち克つのみ」

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