事案3419-ベルゼブブの神秘 後編

マリナが勢いよく開けたドアの先。


「何、ここ……?」


「洞穴の先には洞穴があるって事かにゃ?」


「妙だ……ただ広いだけの間がある……『だけ』、なんてことがあるのか?」


そこは何も無い、ただ天井が高くて、円形状に広がったドームのような空間が広がっているように見えた。


明かりが差し込む隙間も無ければ、正反対に位置する壁も見えない。


「……行って、みようか」


「うんにゃ」


「ああ。周囲には気を付けよう」


マーキエルダはポケットから光る石を数十個程取り出し、扉付近に全て落とす。


「何、これ?」


「『夜光石』、ウチが愛して止まない魔法具にゃ。この光があれば、もし暗いところで迷っても、これが目印になるからにゃ。……ウチは寝る時の雰囲気づくりにも使ってるんにゃけどね」


全てを呑み込まんばかりの暗闇。


マリナが持っているカンテラの光も殆ど届かない。


ゆっくりと前へ足を進める三人。


「そ、それにしても暗いね……」


「マーキエルダ。何か先を照らす魔術は無いのか?」


「そっちは専門外にゃ」


マーキエルダは杖を取り出し、「光なんて出ませんよ~」と、軽く振って見せた。


数十分後。


スローペースながら三人は前へ進み、マーキエルダが入り口に落とした石の光も遠のいた頃。


「ぜーんぜん行き止まりまで着かないね」


「ふにゃぁ……もう入り口の光も見えないにゃあ」


神秘が眠る場所というのは、こんなにも何も無いのだろうか。


そして、こんなにも広いのだろうか。


「……まさか」


またしても何かに気付いたらしきフェイル。


「ん?どうした……の……いや、分かっちゃった。……フェイル君」


「ああ。これは……ヤバいかも知れない」


「はにゃ?」


「……私達は、完全に見落としてたんだよ」


「どういうことにゃ」


「マリナ。マーキエルダ。俺は3、2、1で『やる』。そちらも構えておけ」


「わかった」


「と、とりあえず杖は出しとくにゃ」


「3……2……1……」


「……ゴクリ」


「くらえっ!!」


タイミングを合わせ、フェイルは天井に向けて引き金を引く。


「オオ?」


銃声、直後の悲鳴。


鼓膜が張り裂けんばかりの羽音と共に、巨大な黒の塊が周囲を動き回る。


「む、虫!?」


「巨大な……蠅……!?」


ずっと、天井に張り付いていた。


それは飛行船にも劣らない程に巨大な蠅。


もはや異形としか言い表せないその姿は、怪異との遭遇に慣れていないマリナとフェイルを黙らせるに不足しなかった。


「【魂魄砲】ッッッッ!!」


「オアア!」


巨大な蠅を前に硬直する二人の背後から、マーキエルダは杖を取り出して魔力をエネルギーの弾丸として打ち出す。


「受けてみるにゃ!【竜爪りゅうそう】!」


「【バグ・パイプ】」


続けて、マーキエルダは装備していた鉤爪を竜のものに変形させて蠅の腹部を抉り取ろうと飛び上がるが、巨大な蠅は肛門から巨木を生やして盾とする。


「にゃにっ!」


「射線に入るなよ、二人共!そらっ、そらっ!」


マーキエルダの着地に合わせて、2発の弾丸を蠅へ撃ち込む。


「アア?」


しかし、マーキエルダの魔術程には効いていないようであった。


「チッ!やはり効果は薄いか……」


「フェイル君!しゃがんで!」


「は?あ、ああ……」


「そいっ!」


「俺の踏み台にしたぁ!?」


屈みこんだフェイルの背中を足場にして、空中で回転しながらフェルシオンを構えるマリナ。


「やああっ!」


「ギャッッ!?」


その刃は見事、右の羽を一部切断する。


「やった!」


「さあ落ちてこいッ!」


そして、フェイルが放った3発の弾丸がさらに両羽の付け根に命中。


「あーあ!面倒じゃのう!」


40メートル程の全長をもっていた巨大な蠅は段々と縮んでいきながら、いつの間にか蠅は、幼い少女の姿をとっていた。


「お、女の子……?」


「ふぃー……。やーれやれ、じゃ。やっぱり人の姿は慣れんなぁ」


「……信じられないが、お前は……あの蠅、なのか?」


「うむ、いかにも。わらわはつい先程まで、確かにあの蠅じゃった。じゃが、お前達が恐れて止まないようじゃし、羽も破壊されたし……で、親切なわらわはこうして人の姿になってやったという訳じゃ」


「にゃぁ……シャアアア……」


本能的に危機を感じているのか、鉤爪を構えて威嚇するマーキエルダ。


しかし、蠅の少女はそれを宥めるようにして周囲を歩き回る。


「まあまあ、落ち着け。威嚇したいのはわらわの方じゃ。其方ら、いきなり人の牢屋に押しかけてきたと思えば容赦なく撃ってきたり斬ってきたりしおって」


「お前は何者なんだ……?」


「君……ずっとここにいたの?蠅になったり人間になったりするし……」


蠅の少女が説教を始めようとするが、それを遮るように質問を投げかけるフェイルとマリナ。


「ええい、人の話は最後まで聞くもんじゃぞ……やれやれ、いつの時代も若いモンのやることは変わらんな……まあよい、折角じゃ。教えてくれようぞ」


「蠅……異形……まさか……!」


「……わらわは悪魔じゃ。自然魔術の使い手にしてソロモン72柱が第【秘匿済み】柱、悪魔『バエル』。またの名を「ベルゼブブ」。……そう言えば分かるか?」


「「「なッッッッ……!?」」」


ベルゼブブ。


少女がその名を名乗った瞬間、三人の瞳孔が一瞬にして大きく開く。


「さらばじゃ、神秘に見えた人間達よ。神秘に呑まれ、訳も分からないまま死んでゆけ。この名前も、姿も、わらわの魔術も、この場所も……そう簡単に知られて良いものでは無いのじゃ」


「ちょっと待……」


「【魂魄歪曲ディストーション神秘過多ミステリアスオーバードーズ】」


ベルゼブブは、自身の左手で右手を握る。


「ぐえっ」


「ぴぎゃっ」


「は……?」


刹那。


三人の穴という穴から大量の血が噴出。


血管と言う血管が千切れ、全身の臓器が飛び散り、三つの魂はベルゼブブによって回収された。


~以上~


神秘に見え、そして秘匿された者達。


マリナ、フェイル、マーキエルダ。


彼らの狂死は、当時イングランド魔術学院の最高権力者として君臨していた魔術師「ユリウス=ベネディクト」の元へ直接向かった悪魔ベルゼブブによって直接伝えられ、三人の存在はユリウスによる魔術【暗黒干渉】によって記録と記憶の改竄が全人類を対象に概念的な面から完全なる秘匿が行われました。


この文書に目を通すことができる存在が、悪魔バエルとイングランド魔術学院の最高権力者を除いて将来的にどれだけ生まれるかは当然ながら分かりません。


しかし、貴方がどれだけの知識を持つ魔術師であったとしても、これだけは覚えていて下さい。


人間には、越えられない領域というものが存在します。


仮に、その領域を突破した人間が存在していたとしても、その存在はもはや人間では無いのです。


神秘は味方ではありません。


しかし敵でもありません。


包丁が食材を切るにも人を刺すにも使えるように、神秘もまた、人を生かすことも殺すこともできてしまうものなのです。


秘匿。


神秘。


魔術師は霊と共に。


本項目は執筆日時秘匿済み、執筆者秘匿済みです。

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