第四章 忍び寄る魔の手

第39話 訃報

7月20日、午前1時。


「………………うん?」


「兄さん?兄さん!やっと……やっと起きた!」


見知った自室の天井、そして見知った少女。


「んぁ?何で俺、部屋に帰って……」


「皆ー!兄さんが起きましたよーっ!!」


やけに廊下が騒がしい。


そして、俺のベッド横に集まったのは瑠莉奈、ベル、霊音、蘆屋。


「道明、13日ぶりに起きた。おはよ」


「やれやれじゃ。ぐーすか寝ぼけおって」


「おはよう、道明クン。霊音クンも言ってるけど、実に13日ぶりだネ」


蘆屋は手をワイパーのように振りながらベッドへと近付いてくる。


「ハ……?ああ、そうか。……俺、割と普通に生き延びたんですね」


「左腕は死んだけどネ」


「あ、マジですか?」


左へ目線を移すと、すっかりメカメカしくなってしまった腕。


おそらくは金属製、しかし元の肉体よりも魔力の通りは良いような気がする。


感覚の違和感も殆ど無しである。


いつの間にか義手が元の腕とすり替わっていたことに、言われるまで気付かなかったのだから。


「マジだヨ。ホラ、左目よろしく左腕も肩から先は機械になってるデショ?でもアプリは入ってないから、調子に乗ってロケットパンチとか期待しないようにネ」


「まぁ、ですよね」


「でも、魔力の通りは良くなってる筈だから……ビームソード以外の魔術も少しは使いやすくなってるかもしれないネ」


やっぱり。


久々の目覚めでも、俺の感覚は当たっていたようである。


「……っていうか、兄さん」


「何だ?おはよう、瑠莉奈」


「何か……慣れてない?また死にかけたんだよ?私とベルちゃんはともかく……」


「大丈夫だよ、瑠莉奈。前にも左目失って似たようなことになってるし、今も結局、普通に生きてるし」


「そ、そう、ですか……」


「……んで、聞きたいことがそこそこあるんだけど。まず……ベルは結局、あの後どうなったんだ?」


「わらわは……悪魔バエルは今、ここに健在じゃ。それ以外には何も変わらんぞ」


「そうか。良かった……ベルも、瑠莉奈も、無事そうで……」


「でもね、兄さん。私達が眠っている間に、ちょっと色々あったみたいで……今、世界は大変な事になってる」


瑠莉奈は俺の右手を取りながら話を続けた。


「……何が、あったんだ」


「山村さんが、死んだ」


「はぁ!?」


俺は握っていた瑠莉奈の手を引き寄せる。


しかしそこで口を開くのは瑠莉奈ではなく、倒されたアモンから解き放たれた「バエル」という概念が戻り、完全なる「悪魔バエル」としての力を取り戻したベル。


「『塩の杭事件』。アモンが部下という部下をこの世に出撃させたことを皮切りに起こった、天使と悪魔の戦争、或いは暴動……とでも言えば良いかのう」


「本当に何があったんだよ!?山村さんは!?何で死んだんだ!?」


「……あやつは、田代島で塩にされた。世界中に湧いたアモンの部下を一掃するために、世界において『悪』という概念に属する概念を持つ者を無作為に抽出して塩の杭にしおったようでのう……」


「『悪という概念』……?」


塩になったのは、世間的に「悪」とされるもの、ということ。

だとすれば、山村さんは世間的に悪とされる存在だったということだろうか。


……何故?


ベルゼブブ連盟に所属していたからだろうか?


「おかげさまで、魔術学院とアリシア教やらペトラ教やらとの仲は最悪じゃ。互いに責任のなすりつけ合いが起こっておる。ただでさえバチバチだったのに、これ以上揉め事を起こさんでくれ……」


瑠莉奈と霊音は俯き、蘆屋はポリポリと頭を掻きながら、どこからともなくホワイトボードを取り出し、何かしらの相関図らしきものを書き始める。


「他にも犠牲者はたくさんいるヨ。さっき、ベルちゃんが『女神アリシアは悪とされる者を無作為に抽出して塩の杭にした』って言ってたよネ。……アレ、本当に無作為だったらしいかラ……悪魔どころか、魔術師も含めてそこそこの人間が塩の杭になっちゃったみたいデ……」


「犠牲者は?」


「地球規模で2万人。蔽には何とか成功したけど、ま、損失は大きいよネ」


「結構やられたなぁ」


地球規模で2万人というとあまりピンとこないが、大規模な地方の祭りに集まった人間が全滅するくらい、と言えばその規模はそう小さいものではないと思い知らされる。


「……で、これからボク達がやることは一つ。皆で、ペトラ教会と女神アリシアを詰めに行くこと。バエル、アガレス、フェネクスがこちら側にいる今、戦力としては申し分ないからネ」


「それって、まさか……」


「うん。……神へ、抗いに行くんだヨ」

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