第27話 ベルの内情

一方その頃。


瑠莉奈はベルを追うため、自身の存在を「バラル」によって隠しながら後をつけていた。


野を超え、山を越え、ベルはずんずん歩いていく。


ベルがただの人間ならば、あの小さな身体のどこからあんな体力が湧き出ているのか、と疑問を持つものだろう。


しかし、年齢や魔術に関しての知識が見た目相応な少女のそれではない。

そして彼女もまた、自身のことを「秘匿存在のようなもの」だと言っていた。


「やっぱり、ベルちゃんって……でも、何か名前が出てこないんですよねー」


頭を悩ませる瑠莉奈。


出てこないのだ。


ベルの正体が、その名前が。


「……ベルちゃん」


瑠莉奈はあろうことか自らバラルを解き、ベルへ近付く。


「ん!?……んん、アガレス?どうしてここに?道明は一緒ではないのか?」


ベルにとっては、突然に瑠莉奈が背後から現れたようなものだ。


思わず驚いて杖を構えたがすぐに楽な体勢に戻した。


「いや、ちょっとお散歩しようと思いまして。兄さんは……どっか行っちゃいました」


「なんじゃあそりゃあ。……まあよい。そなたがわらわに話しかけるとは、珍しいこともあるものじゃな。どうした?わらわの使い魔になる気にでもなったか?」


「いや、そうじゃないんですけど……」


「冗談じゃよ。で、本当の用事は何じゃ」


「……ベルちゃんって、連盟に兄さんを勧誘してるんですよね」


瑠莉奈は本題を切り出す。


気になって、自分なりに考えていたが、理解するという現実に辿り着けなかったもの。


その断片を、本人の口からなら引き出せるかもしれないと思ったのだろう。


「うむ。大方、道明から話を聞いたのじゃろう?」


「その通りです。……時に、ベルちゃん。自分の死って何だと思いますか?」


「……何が言いたい?」


「今の私は『加茂 瑠莉奈』じゃなくて、『四代目のアガレス』です。『瑠莉奈』として残っている部分は、見た目と人格だけで……。この身体は生前と姿が同じなだけで兄さんと血は繋がっていませんし、存在としても、兄さんの妹だった『瑠莉奈』じゃなくて、『ただの悪魔』なんです。だから……私は、自分が生前とどれくらい変わっちゃったのか、それを自覚するのが怖いんです。そうだったとしたら、もう私自身でさえも、自分が『瑠莉奈』だって……そう信じられなくなるような気がして」


「うぐ、地味に刺さる話じゃのう」


ベルはわざとらしく胸を押さえる仕草を見せる。


「……やっぱり、そうなんですね。私には、何故か理解し切れませんでしたけど」


「いかにも、その通りじゃ。……尤も、これはわらわの問題じゃ。もしそなたや道明が手伝ってくれようとしたとて、『概念的に不可能』じゃからな、期待はしておらぬよ。じゃが、『解決の糸口への糸口』を用意するために、わらわは連盟を作った。……そなたや道明が連盟に入ろうが入るまいが、わらわはただ一人の悪魔を殺すために、連盟を動かし続ける。……ソロモン72柱が7柱目、悪魔『アモン』!!」


「アモン……うん?……あっ、あ……はっ、あ」


ベルが強調して言った、「現在は」という言葉が妙に引っ掛かる瑠莉奈。


アモンは確か……あれ?数が合わない。一人足りない。


1柱目って……誰だっけ?


それを口に出そうとした瑠莉奈、しかし口から言葉が出ない。


「フン……アガレスでさえも、『ソレ』には抗えまい。……アガレスよ。道明に伝えておいてはくれぬか」


ベルは咳きこむ瑠莉奈を尻目に、伝言を残す。


「な、なんですか……?」


「……連盟には参加しなくても良い。じゃから……せめて、近々行う次の作戦には協力して欲しいと、そう言ってはくれないか。一応、見込んではいるのじゃ。アガレス、そなたは言うまでも無いが……道明アイツのことも……うう、何じゃ。上手く言えんが……顔くらいは見せてやっても良い程度には嫌いではない。じゃから、その……とにかく、頼む。力が必要だと、そういってくれ」


「……ベルちゃん?」


「な、何じゃ」


「何でもありませーん。兄さんへの伝言、承りましたよっ」


「何じゃー!気になる!そなた今、何を思ったんじゃ!」


「何でも無いって言ってるじゃないですかー」


「うぐぐぐ……。た、頼んだぞ!」


「はいっ!じゃあ、早速兄さんのところに戻りますね!さよなら、ベルちゃん!」


瑠莉奈は無詠唱で、足に反重力領域を生成して浮遊する。


「浮遊魔力場」。

魔力を波打たせて、重力に逆らう、単純ながらも扱いが難しい魔術だ。


瑠莉奈はこれを無詠唱で発動し、泳ぐように空を飛んで自室へと戻る。


「……アガレス、生前からあんな感じじゃったのかのぅ、今度道明に聞いてみるか」


ベルは瑠莉奈を見送った後、一軒の家屋へと足を踏み入れる。


どこにでもあるような、ごく普通の家屋。


玄関を開け、連盟員が待つ屋内へ。


しかし、真っ先に目に入ったのは連盟員の顔では無く。


「タスケテクダサーーーイ」


「……は?」


「バラル」の効果時間が切れ、ただ落とし穴に落ちただけの人になっていた、道明のあられもない姿であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る