事案6218-開封の儀 前編
「事案6218-開封の儀」に関する情報は、原則、学院に3年間以上在籍し最低限のカリキュラムをこなした者のみが閲覧を許可されます。
「事案6218-開封の儀」は、正倉院に納められていた一枚の鏡です。
この鏡は意識を持っているとされており、その認知は「開封の儀」による影響に直結します。
「開封の儀」は、「『開ける』、『開く』などの動作を行った者が、『開封の儀』が認識できている内は半永久的に『閉じる』ことができなくなる」という呪いを自動的にかける鏡です。
過去にはイベント「閉封の儀」に合わせて学院によって指名された魔術師による厳重な封印が為されていたことで、一切の影響は防がれていました。
しかし、現在は悪魔(名称秘匿済み)によって封印が解かれ、野に解き放たれています。
現在、「開封の儀」は悪魔(名称秘匿済み)によって持ち出されており、故に悪魔(名称秘匿済み)と共に、最も注意すべき存在の一つとなっています。
以下は特定秘匿人物・「オートマタ」によって送付された情報を編集したものです。
~事件記録-特定秘匿人物・「オートマタ」による情報提供~
某日・宮城県仙台市某所。
この事件は、外出前のちょっとした娘との会話から始まった。
「マスター。今やってたいつものテレビでUFOの話してた」
「UFOの話?」
「ん。しかも、宮城県仙台市って書いてあった。この辺りっぽい」
「いつものテレビ」というのは、早起きした時に私がよく観ているワイドショー番組のことである。
「どうせ、子供が皿に光でも当ててイタズラしてたんだろう」
「……マスター、オバケの事詳しいのに夢が無い」
「詳しいからこそ、現実が透けて見えるというものさ」
感情が希薄な娘だが、珍しく関心を抱いていたのだろうか。
私がUFOの話を否定すると、少し機嫌を悪くしたように再びテレビへ姿勢を直した。
「マスター。チャック、閉まらない」
娘は、買ってやった新しいジャンパーのチャックが閉まらないと言う。
「どれ、貸してみなさい」
私は娘が着ているジャンパーのチャックを閉める。
「ありがとう。……これ。気に入ってる」
「そう。なら良かったよ」
これで外出の準備は整った。
私が靴を履き、扉に手をかけた時。
「マスター。チャック、閉まらない」
またもや、チャックが閉まらないと言い出したのだ。
「どれ、貸してみなさい」
再び、私は娘が着ているジャンパーのチャックを閉める。
しかし、次に娘へ視線を移した時。
「マスター。チャック、閉まらない」
三度、娘のチャックは開いていた。
「……自分で閉められないなら開けちゃあいけないよ。一々閉めるのは面倒なんだからね」
「えと、開けてない」
「じゃあ何でチャックが開いているんだい?」
「わからない」
「冗談はよしなさい。……さあ、行くよ。今日は君が通う事になるかもしれない幼稚園の視察をしに行くんだからね」
娘はもうじき3歳になる。
この年にしては容姿が大人びているが、「子供の目線を学ぶ」という意味も兼ねて、私はそろそろ娘を幼稚園への入園させるべきかどうか検討する時だと考えたのだ。
「ん」
そう言って、私は娘と手を繋ぎ、戸を閉めて鍵をかける。
……しかし、鍵を閉めたかどうかを確かめるために戸を引くと、まるで最初から鍵をかけていないかのようにそれは開いた。
「……おや?」
私は再び戸を閉め、鍵をかける。
しかし、やはり戸は開いてしまった。
「マスター、今、扉触った?」
「いいや?」
その上、今回はドアに手を触れてさえいないというのだから驚きだ。
「傾いてるのかな、扉」
確かに、家の玄関は引き戸だ。
レールや戸自体が傾いていれば、勝手に開くのは仕方の無いことだ。
しかし、この扉にそんな不具合があったのならば、とっくの前から同じ現象が起こっていた筈だ。
そもそも扉が勝手に開くのは仕方が無いにしても、鍵で勝手に開くのは意味が分からない。
「……普通じゃあないね。一応、何かが近くにいるのかも知れない。気を付けなさい」
「わかった」
自然ではあり得ないこと。
現代の科学では証明ができないもの。
そのような現象はしばしば怪奇現象や未確認ナントカといった形でみられるが、本当にそういった類のものは珍しくないのだと、こうして少し変わった人形職人をやっていると思い知らされる。
一般人ならば、きっとパニックになっていたことだろう。
しかし、私はもうそんな日常に慣れてしまっていた。
今日も、きっとそんな程度のしょうもない現象に振り回される一日なのだろうと、そう思っていた。
十数分後。
結局、娘は途中からチャックを開けたまま歩いていた。
そして私はその娘と共に、予約を入れていた近所の幼稚園へ訪問する。
「ようこそお越し頂きました、この間はパペットの寄贈をありがとうございますぅ」
教諭が深々と礼をする。
この幼稚園には、私が個人的な趣味で作った人形を度々寄贈している。
趣味といっても、単純に「作った人形の置き場所に困っている」というだけだが。
……正直、寄贈というかたちで半ば押し付けているようなものだ。
「おかしいわねぇ、門が閉まらないわぁ。故障しちゃったのかしら」
私を出迎えた教諭が「門が閉まらない」と言い出す。
「ど、どうしよう、せんせー!ズボンのチャックが閉まりませーん!」
「チャックが噛んでるのかしら……あら?おかしいわね、何かチャックが上に行かない……」
「お道具箱が閉まらないよーぅ!!!」
……明らかにおかしい。
ありとあらゆるものが「閉まらなくなっている」のだ。
……だが。
本当に「全てが閉まらない」のならば、並び立つマンションのエントランスと外を隔てる扉が閉まっていることに説明がつかない。
この辺りは、しばしば怪異が姿を現すことがある。
霊園が近いためであろうが……ここまで不可解で、そして影響力が強い怪異が現れるのも珍しい。
色々な物が「閉まらない」というのは、これまたよく分からない怪奇現象だ。
何が原因だ?
周囲に妙なものは見当たらない。
「先生。申し訳ありませんが、門は後で何とかしてもらいましょう。園の案内をお願いできませんか?」
「し、閉まらない……閉まらないじゃあないですかァァァァッ!」
「先生?」
教諭の様子が豹変する。
「こ、こわい」
「どれどれ……下がっていなさい。【暗転】」
「へぎゃっ」
私は羽織っていたコートの内側に隠し持っていた杖を取り出し、教諭の眼前で青い光を輝かせる。
「……マスター。この人が犯人?」
「いいや、違うよ。この現象は、私達を追ってきている。この幼稚園がおかしくなったのも、『閉まらなくなる現象』が確実に私達を追ってきているからだ」
「でも……犯人、分からない。ずっとついてきてる人もいないし、妖怪みたいなのも見当たらない」
「困ったね。……とりあえず、先生は落ちてしまったから……事務所の人に言って、園をうろつく許可をもらおうか」
前方から差し込む太陽が、さらに前方にできた私の影を濃くしている。
私は事務所の小窓を叩き、許可証の代わりとなるらしいネームプレートを受け取った。
「あら?扉が……」
……受付と廊下を繋ぐ小窓は、勿論閉まらなかった
しかし、そんなのに構っている場合では無い。
私は構わず娘を引き連れ、園内を探索する。
「……こんな時なのに、僕の幼稚園探検なんてやってて大丈夫?」
「大丈夫だよ。……この現象を発生させている犯人が見つからない以上、焦っても仕方が無いさ。ただの異常現象の可能性もあるからね」
「……そ」
「扉が閉まんないー!」
「トイレのフタが空きっぱなしだよぉ!」
異変は、確実にこの辺りを侵食しているようだ。
外の遊具で遊ぶ子供達は開け閉めするものに関わっていないためか、異常の影響を受けてはいない。
「……本当に恐ろしいね。認識の違いというものは」
笑顔に満ち溢れる子供達の姿は、太陽の光に照らされてより一層輝いていた。
「ねぇ、マスター。おかしい」
「何だい?」
ここで、娘が異変に気付く。
「……太陽の影の向き、いつもの倍ある」
「本当だ」
地面を注意して見てみると、子供達の影が太陽の影になる部分だけでは無く、その反対方向にも伸びているのだ。
子供達だけでは無い、幼稚園自体も、遊具も。
何もかもの影が倍なのだ。
「マスター。上見て、上」
娘に促されるままに上空へ視線を移す。
その視線の先には、日常ではあり得ない光景が写っていた。
「た、太陽が……二つ……?いや、太陽じゃあない、アレは……!」
「「UFO……?」」
空に浮かび、少し歪な円形で強い光を放ちながら浮かぶそれはまさにUFO。
しかし、それはすぐに宇宙船ではなく、一枚の鏡だと気付く。
そして、その鏡が浮かんでいる理由も瞬く間に判明した。
「……マスター、戦闘準備だよ」
「ああ。これは……マズいものに目を付けられちゃったかもしれないね」
私達が鏡の存在に気付いたことに鏡側も気付いたのか、気が付けば空は無数の鳥で覆われ、その内数十羽は爪で必死に鏡を持った状態で滞空している。
かつてホラー映画で目にしたような光景。
私達は、想定よりも良くない状況に立たされているのかもしれない。
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