事案6218-開封の儀 後編

数百羽、或いはそれを超えるかもしれない、おびただしい数の鳥が空を覆い、まるで台風のようなそれの中心には、数十羽の鳥に捕まれて浮いている鏡がある。


あの鏡が、きっと異常現象の原因だろう。


数十羽の小鳥達は徐々に低空飛行を始め、こちらの目玉を突こうとしたのか、私と娘めがけて一直線に突撃してきた。


「娘よ。……構わず殺しなさい」


「イエス、マスター。かわいそうだけど、ケンカしようって言ってきたのは鳥さんの方だから仕方ないよね。……【スプリングバルカン】」


娘は両腕の関節を外した上で筋肉を伸び縮みさせて十八番の高速ジャブを繰り出し、次々に小鳥を落としていった。


「ああ。【暗転】」


私も杖を使って魔術を使い、教諭を気絶させた時のように小鳥の意識を奪っていく。


……しかし、次から次へと飛来する小鳥達の数に対して、『暗転』の発動が追い付かない。


娘の得意なジャブならともかく、私が得意としている魔術はそうポンポンと撃てるものではないのだ。


「そいっ、それっ、そいそいそいそいっ。ごめんね鳥さん。そいそいそいそいっ」


「【暗転】。……ヴヴン。魔術だけではどうにもならないね」


私も娘のようにはいかないが、鍛えた格闘術も交えて小鳥達を何とか落としていく。


「マスター、辛そう」


「なあに、問題ないよ。このくらいなら大丈夫さ」


なんて言ったが、これ以上の数が来てしまったら流石に私でも対応できないような気がする。


「……本当に大丈夫?」


「君は勘がいいね。実はちょっと厳しいよ」


「マスター、近付こう。でも、背中合わせても真上から降ってくる鳥の処理がめんどくさくなるから、背中合わせにはならないくらいに」


「分かったよ。君はやはり頭がいいね」


「……何で幼稚園行くのかわかんない」


「君は頭が良すぎるからさ。同年代がどんなことを考えているのかも、少しは理解しなくっちゃあいけないのさ。社会からは逃げられないんだからね」


「……ふーん。よくわからないけど、マスターがそう言うなら納得しとく」


「【暗転】」


「【スプリングバルカン】」


鏡が反応しているのだろうか。


光の反射角度が変わってきた。


こちらへ突撃してくる鳥もすっかり大きな個体になってしまった。


最初の方はスズメだったのに、今やトンビやタカ、カラスなんかが次から次へと飛んでくるのだ。


「ちょっと面倒だね。一旦屋内に入ろうか」


「ん。……部屋の中なら鳥はあんまり入って来れない……はず」


私は娘を屋内に連れて、異常現象に阿鼻叫喚する園児達の間をすり抜けながら最奥の空き教室へ向かう。


窓は締め切られ、設置されている物も、いくつかのテーブルしか無い。


鳥が入り込もうとしているところをわざと待ち伏せるため、一つだけ開けている小窓から入り込もうとしてくる鳥は、これは予想していなかったが、その窓に詰まって互いの肉体を潰し合っている。


しかし、問題は外部に面している窓の方だ。


「開かない、開かないヨォォォーーーッ!」


「変な人がいるゥゥゥーーッ」


「不審者ァーーーッ??じゃあ追い出さなきゃいけないじゃあないのォォォーーッ!!」


教諭だけではなく、園児達の様子もおかしくなっている。


「……みんなどうしちゃったんだろ」


様子がおかしくなっているのは、どうやら鏡から反射している日光が当たっている範囲内にいる教諭や園児だけのようだ。


日陰で遊具に群がっている園児達は、特にこれといって変わっている様子が無い。


……しかし、仮に私達が園を訪れた際に門を開けようとしておかしくなった教諭が襲ってきた原因が「変な具合に調整された光を目に差し込まれたから」であるとするならば、何故私や、私より背の低い(必然的に私や教諭と話す際に見上げるかたちになる=目視する日光の量が増える)娘が一切といっていい程に影響を受けていないのは何故だ?


異常なモノに触れているが故に、影響を受けにくいのだろうか?


「娘よ。窓の外は見ない方が……」


「【スプリングバルカン】」


拳。


「うん!?」


何が起こったのだろうか!?


あろうことか、娘が私に向かって拳を振るってきた。


「そいっ、そいっ、そいそいっ」


「うおおおおおおおおおっ!!?やめなさい、やめるんだ、娘よ!」


「ん……しぶとい」


「私は敵じゃあない!」


「マスターもどっか行っちゃったし……訳わかんない。鏡も高すぎて届かないし、鳥も多いし……」


ダメだ、聞こえていない。


だが……娘は魔術的体勢があるため「暗転」は効かないし、適当な魔術で怯ませた隙に意識を奪うにしても、普通に実力差の問題で娘には勝てない(魔術を使う前にこちらがやられる)。


かといって、このまま防戦一方ではいけない。


「【拒む力】」


私は「拒む力」で娘を吹き飛ばし、あえて窓を開ける。


「ん……この先生、パワー強いね」


先生?


……娘には私が教諭に見えているのか?


そして外から入り込んできた教諭、園児、鳥の姿は半分程度が見えていないようだ。


間違いない。


娘も鏡の影響を受けている。


鏡は、私達が屋内で鳥から逃げている間に「娘が己を脅かし得る存在である」ということに気付いたのだ。


そして、私達が再び日光が当たる窓際の教室を訪れた今。


鏡は娘の視界に入る光を操作し、私を敵のように見せているのだ。


鏡は「学習」している。


娘が私を襲ってくるのも、私と娘の関係に気付いた鏡が、「普通の親は幻覚を見せられて自分を襲ってくる子供に拳は振るえまい」という想定の元、この短い時間で計画された鏡の作戦だろう。


割れた窓から鳥、園児、教諭が飛び込んでくる。


奴らに何が見えているのかは分からないが、まとめて入ってきてくれた方が都合は良い。


「【暗転】」


私は一気に窓の付近に群がる意識群を消し去り、倒れた教諭や園児達の身体、落ちた鳥の山を乗り越え、敵性対象に捕まれたと勘違いして暴れる娘の首元を片手で掴む。


「ちょ、何するの、放して……」


「目を覚ましなさい。今、君を掴んでいるのは私だ。そして……」


「……マスター?」


私は娘を視界へ連れ戻し、幻視を招く鏡の光を遮断する。


「飛んで行くんだ。あの鏡を割って、戻ってこい」


「……イエス、マスター」


私は娘を抱えたまま、こちらへ向かってくるトンビを踏み越えて肉体の自由落下が始まる前に娘を上空へ押し上げた。


娘の体重は人間のものでは無い程に軽い。


さらに重心のコントロールも完璧だから、実質的にはもっと軽く感じる。


この高さから投げれば、空中十メートル程度に浮いているあの鏡にだって届く筈だ。


「「「グエエエエエエエエーーーッ!!」」」


「マスター、鳥が邪魔」


娘の身体は鏡に拳が届く範囲にまでは到達していない。


しかし、娘の身体が上空へと向かう勢いもまた死んではいない。


そんな状況で、鏡に操られた何十羽もの鳥が娘を落とそうと、次から次へと身体をドリルのように回転させながら突撃していく。


「【暗転】!」


だが、そこは私の「暗転」が許さない。


「【スプリングバルカン】」


「【暗転】」


私が露払いをしている間に、娘の拳が空中の鏡を滅多打ちにする。


拳、拳、絶え間ない拳が鏡面にできたヒビからさらに多くのヒビを増やしていく。


そして。


「【竜爪】」


娘は最後に魔術で爪を硬化させ、鏡面のみならず鏡全体を粉々に砕いた。


「……ふぅ」


「はぁ、はぁ。お疲れ、マスター」


「お疲れ様」


「……ムチャクチャになっちゃったね」


「そうだね。ここには、知り合いの掃除屋まじゅつしを呼んでおこう。見学はまた今度にしようか」


「ん」


こうして、この日は結局何もせずに家へ戻ることになった。


あの幼稚園は、知り合いの魔術師とそのチームが園児や教諭の記憶も含めて何とかしてくれたようだ。


しかし結局、私は懐かしの事案報告書と事件記録を書かされてしまう破目になってしまった。


この書類が完成した時、果たして私はどのような呼ばれ方をしているのだろうか。


……「そういうところ」も含めて、あまり思い出したくない懐かしさであった。


「娘よ」


「どうしたの」


「……君は、真っ当に生きることを勧めるよ」


「マスター、真っ当じゃなかったの?」


「魔術師なんてのはまともな生き方じゃあないさ。……少なくとも、私はそう思うよ。怪異と戦い、時には人間同士で争い、やがて闇に身を落としていく。天寿を全うできる魔術師はごく僅かだよ」


「……そ」


「だから、オススメはできない。それでも君が望むというのなら、私が死んだ後にでも頑張るといいよ」


「ん。マスターが生きてるうちは、お世話になります」


「……君のことを考えると不安だよ、本当にね。私のせいなんだけどね、ごめんよ」


そう言って、私は横になって布団を被った。


寝る時でも杖を抱えたままなのは、魔術師だった頃の癖が取れないからである。


娘の事を考えると不安だ。


確かに娘を誕生させたのは私だが、しかしこの世界で生きるには、娘はあまりにも社会の人間像とかけ離れている。


かといって、私のコネで魔術師としての人生を歩ませるにも、そもそも魔法界隈は危険すぎて娘にその生き方を勧めることはできない。


私が生きている内に、娘が自分の生きる道を決めてくれると嬉しいのだが……おそらく、私もそう長くはないだろう。


……徐々に全身の肌が崩れ落ち始めている。


本当に、不安だよ。


……娘よ。


どうか、私はただ君の幸せを願う。


~以上、事件記録-特定秘匿人物・「オートマタ」による情報提供~


「オートマタ」の正体は、現在判明していません。


また、「オートマタ」が「娘」と呼んでいた存在も、未だ特定できていません。


現在、鏡は定期的に「開封の儀」と「閉封の儀」を執り行うことによって警戒期間を意図的に絞り込むことで管理を成立させています。


しかし「オートマタ」或いは「娘」が健在であった場合、それはかつて魔術学院或いはその関連施設に所属していた人物の可能性が高いです。


彼らを勧誘するも警戒するも自由ではありますが、くれぐれも相手は相当な実力者であるということを留意して下さい。

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