第30話 アンチ・ビースト その2

午後6時。


数分間の詠唱による転移で向かった先は、名も知らぬヨーロッパらしきどこかの道であった。


「やっと着いたのう。流石に国を超えるとなると、物理的にも概念的にも距離があるからのう、ちょっと転移に時間がかかるのじゃ」


この数分の間に国を超えたなど、超スピードどころの騒ぎではない。


転移陣、それにしても恐ろしい利便性である。


「つーか……ここどこ?」


「オルレアンじゃ。ジャンヌ・ダルクが女神アリシアの声を聞いて軍を導いたと言われる有名な街……といえば解るか?」


オルレアン、確かに歴史が元になっている作品で聞いたことがある名前だ。


「オルレアンって……。不法入国とかにならないんですか?」


やはり気になる、不法入国問題。


しかし、どうやらそこはどうとでもなるらしい。


「その辺は大丈夫じゃ。入国管理局には工作員の手も回っておる上に、戦場になりそうなこの辺りの人間も適当な理由をつけて避難させておる。隠蔽工作にも民間人の避難にも抜かりはないのじゃ」


「だってよ」


「良かった!……じゃあ、思いっきり暴れられますね!」


瑠莉奈は両手に力を込め、魔力で生成した石を自身の周囲に浮かべる。


「やる気満々じゃのう。何よりじゃ」


瑠莉奈は好調なようで、いつも以上に強い魔力を全身に帯びている。


肌にピリピリと痺れるような感触が流れているのはそのためだろう。


それに比べて俺は河童にやられた四肢の古傷が疼いている上に、ビームソードと義眼に搭載された地形分析アプリとビーム発射アプリしか使えない。


……決して、とんでもない力が抑えられないというようなそれではない。

残念ながら本当にただの大怪我による後遺症である。


古傷というのは本当に厄介なものだ。

傷を負わせた河童そのものが死んだ後でも、肉体へダメージを与えてくる。


「兄さんは調子悪そうだね」


「生憎な。手と足がめちゃくちゃズキズキする」


「やれやれじゃ。こんな日に限って不調とは……。ホレ、これをくれてやる。使え」


「うおっと……えっとこれは……ガチモン?」


「ガチモンじゃ」


そう言って渡されたのは、いかにもなリボルバー。


しかしおかしな事に、弾丸をリロードすることもできなければ、そもそも弾丸が入っているかどうかも怪しい。


……というか、めちゃくちゃ軽い。

何だコレ。

やっぱりオモチャなんじゃ……?


「流石にオモチャ?」


「何を言うか、これは立派な武器じゃぞ。……ちょっと特殊じゃがな」


「何だってこんな」


俺は辺りに落ちている適当なレンガに狙いを定めて引き金を引く。


「ドォン!」という轟音とともに弾け飛ぶレンガの欠片。


「ホレ、撃てたじゃろ?」


「どういう仕組みなんだよ、これ?」


確かに弾丸はレンガに命中し、レンガは砕け散る。


しかし火薬の匂いもしなければ、銃からは弾切れのような「カチャッ」という音しかしなかった。


あの「ドォン!」という音は、レンガが砕けた音だ。

さらに弾丸の残骸や空薬莢らしきものも何一つ確認出来ない。


「それは本物の銃にして本物の銃に非ず。確かに一般人からしてみれば、その銃はオモチャ同然じゃ。じゃが、霊感があったり霊力に関わる機会が多い貴様のような人間が、そのオモチャを『銃』か『銃みたいな何か』だと思ったら……これは『本物の銃』の概念を帯びるのじゃ」


「簡潔にまとめてくれ」


「持った術師が銃だと思えば銃になるオモチャ、理解できたか?」


「オーケー、よーく解った。扱いには気を付けるよ。実銃どころか、夏祭りでやった射的のコルク銃しか撃った事ないし」


「あくまでも、その銃は保険じゃ。魔力を使い過ぎたり詠唱する隙が無い時にでも使うがよい。万全な状態なら、お得意のビームソードか義眼から放たれるビームキャノンの方が強いであろ」


備えあれば患いなし。

少し不思議な銃だが、持っておいて損は無いだろう。


「ありがとう。とりあえず持っとくわ」


「うむ、よいよい。さあ、行くぞ。目指すはサン・クロワ大聖堂じゃ!」


ベルは杖で視界の遥か奥に見えるペトラ教会を指す。


「はいっ!どっちが悪魔を狩れるか勝負しましょう、ベルちゃん!」


「望むところじゃ!」


「正気かお前ら」


「「よーい、ドン!」」


俺と人外組との温度差たるや。

熱帯魚程度なら軽く死んでしまうだろう。


瑠莉奈とベルが先を急ぐ中、俺はヨタヨタとよろけながらブルトヌリ通りをゆっくりと先へ進む。


しかし、数分も経たないうちに立ち止まっている二人の影が見えた。


「あれ、どうしたんだ二人して突っ立って……」


俺が追い付くと、そこには立ち塞がる魔術師三人組の姿があった。


「ここは俺達が通さねぇ!」


「天羽様を守るんだ!」


「相手に悪魔が混ざっているとはいえ数は同じ!蹴散らしてやるぜ!」


この三人はアモンの味方をしている魔術師なのだろうか。


俺は杖を構え、ビームソードの準備をする。


瑠莉奈も周囲に漂わせていた小岩をミサイルのように並べた。


「天羽派の魔術師か……道を開けろ。黙っておればお前達に危害は加えない」


天羽派……アモンを信奉する魔術師連中だろうか。


ベルゼブブ連盟よろしく、そういう団体はどこにでもあるものらしい。

そして今、俺達の目の前には敵性対象の配下、敵対組織の構成員がいる。


つまりは今、この瞬間から。


「「「【魂魄弾】!」」」


「【散る岩・三連】!」


「【包囲藻ほういもう】!」


「【ビームソード】!」


俺達の抗争も始まったという訳だ。

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