第24話 事情聴取
6月22日、午後10時。
俺は夕食を終え、体内で魔力を循環させることに集中する。
こうすることで体内と義眼との癒着率が上がるというべきだろうか、しっかりと身体に結びつくというべきだろうか。
とにかく、まるでそこに本物の目があるかのように、視界以外の違和感が少なくなるのだ。
そして義眼の整備を済ませた後、俺はスマホでベルに電話をかけて中庭に呼び出す。
山村からあんな話を聞かされたのだ。
ベルゼブブという悪魔が、魔術学院或いは一部の魔術師によって良い影響を与える形で学院に潜り込んでいる。
ベルが何か知っているのならば、アガレスの主人であり兄、すなわちソロモン72柱の悪魔に深く関係する人間として聞き出さない手は無い。
そして。
「……山村から話は聞いたかのう?」
「ああ、聞いたよ」
その少女は、中庭へと姿を現した。
「……ベルゼブブ連盟。わらわは、その連盟の……長をやっておるんじゃ」
俺はベルの胸ぐらに掴みかかる。
「なぁ。マジで何なんだ、お前」
自分でも驚いた。
唸る狼のような、掠れた低い声。
自分の喉から、こんな声が出るとは。
「おい、煩わしいぞ。放せ、小童」
俺の右手に手をかけるベル。
しかし、俺はその力を一切緩めない。
「放さないね。……お前は何を企んでるんだ?いきなり俺の妹を狙ったかと思えば、今度はベルゼブブ連盟ときた。なんでも、第7柱のバエルに神の力を戻すんだっけ?」
一度、妹を奪われかけているのだ。
そして、またコイツが悪魔絡みの何かに関わったら、再び瑠莉奈も悪魔絡みのトラブルに巻き込まれる可能性がある。
それだけは、何としても避けなくては。
「……ハッ。お前でさえも悪魔をとりまく環境からは逃れられぬか。わらわが見込んだ男じゃ、もしかしたらと思ったのじゃがな」
「本当にお前が何を言ってるのか分からない」
「そんなことより放せ。お前が心配しているのはアレじゃろ?妹にまた危害を加えられては困ると」
「そうだ」
「なら心配するでない。そもそも、ベルゼブブ連盟と悪魔アガレスは『ソロモン72柱の悪魔関連の何か』であること以外に関連が無いじゃろうが」
「そ、そうか。……いやぁ、ごめんな、いきなり掴みかかって」
俺はゆっくりとベルが着ていた服の胸ぐらを手放した。
「いや、いいのじゃ。いずれ解る。……解らせてみせてやる」
右手を強く握りしめ、拳を震わせるベル。
「あっそ」
何故だろう。
突然あんなことをした後だ、詫びの代わりに聞いてやるべきなのだろうが。
これは、俺が深入りしてはいけない話題のような気がする。
そういう風に、本能が俺に語りかけているように感じたのだ。
突然噴き出る冷や汗。
慌てた俺は、不本意ながらもベルに冷たく対応するしかできなかった。
「……で、結局何を話しに来たのじゃ?わざわざ呼び出しておいて、それだけか?連盟について返事の一つくらい聞かせてくれるのかと思っていたんじゃがな」
おばあちゃんが拗ねた。
「それだよ、それ。……何で俺をベルゼブブ連盟に誘ったのか、聞かせてくれよ」
俺は必死に笑顔を作り、シリアスな話を始めようとしているにも関わらず、ノリの軽い空気を作り出す。
ああ、何が悲しくてベル相手に作り笑いをしているんだ、俺は。
自分とベルの調子が噛み合わないせいで、場の空気から話題から何もかもがミスマッチの極みというべきだろうか。
端的に言えば地獄の空気というやつだ。
「なぁに、単純にお前の生き様を見込んだだけじゃよ」
「褒めても何も出ないぞ」
「事実を言ったまでじゃ。お前の方から理由を聞かせろと言ったクセに何じゃその言いようは」
「……あ、嘘じゃなかったんだ。今の」
「わらわ、そんなに信用無いか?お前とは何かと張り合う機会が少なくなかったとはいえ、お前のその貧相な術から繰り出される剣技は、そこそこ認めておったぞ」
「マジ?」
「マジ。マジじゃ」
ベルが首を縦に動かし、こくん、と頷く。
「……つーか、お前はお前で、いつの間にベルゼブブ連盟の長になんかなってたんだよ」
「いつの間に……って、ずっと前じゃが?」
「そういえばベルって、秘匿存在みたいなモンだっけ」
「いかにも」
初対面の時に、年齢は2000歳越えとか何とか言ってたような。
なるほど、道理で。
「……んじゃ、ちょっと待っていてくれないか。この話は、ゆっくり考えたい」
「うむ、良い返事を期待しているぞ。瑠莉奈にも、話をしておくと良い」
「おう」
俺は山村から手渡された小刀をカバンに収納し、この場を後にする。
事情聴取、これにて終了。
去り際、ベルの表情はいつに無く微笑んでいるように見えた。
俺は自室へ戻り、小刀をテーブルに置く。
「おかえり、兄さん。……なにこれ?」
「瑠莉奈。ちょっと相談があるんだけど……」
俺と瑠莉奈そしてベルと過ごす、ひと夏の戦いが幕を開けようとしていた。
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