第11話 新たなる魔術

2018年1月4日、午前9時0分。


俺は単独で、蘆屋の研究室に呼び出された。


杖を持って来いとの話だったが……実技授業でもするのだろうか。

それとも……杖の解説とか?


「よし。じゃあ、記念すべき初授業……改め、模擬戦を始めようカナ」


「え、今なんて?」


俺は耳を疑った。


「模擬戦だヨ。道明クンも、河童戦の時よりは成長してるデショ。ベルちゃんの対策をするって言っても、まずは術の適性を調べなきゃいけないから。魂魄魔術といっても、一枚岩じゃないワケだからネ」


しかし「模擬戦」という言葉は、俺の幻聴では無かったらしい。


魔術師の存在がアンダーグラウンド故か、或いは俺と瑠莉奈が未だ正式な学生ではないからか、特に目立ったイベントも無いまま年越しと三が日は過ぎ去っていった。


なんなら俺の人生史上、最も味気ない年末年始だったような気がする。


そして、いよいよ本格的な授業が始まると思えば……まさかの初回が模擬戦とは。


「いや、でも……勝負になるんですか?」


「ならないと思うヨ」


「でしょうね」


今の俺では、本気で戦っても蘆屋の小指といい勝負……にもならない。


「だから、模擬戦といっても……道明クンがボクに向かってくるだけになるカナ」


前言撤回。

小指どころの話では無かった。


「……で、ここでするんですか?」


「まさか。ここに式神を置いといて……と。さ、場所を変えるヨ」


蘆屋が俺の左手を握り、右手で指を鳴らす。


すると、俺と蘆屋は瞬く間に模擬戦場へと移動した。


「……瞬間移動?」


「ま、そんな感じだネ。予め向かわせておいた式神入りの形代と、自分を含む自分の周り……大体50センチ(メートル)以内にある物の位置を入れ替える呪術だヨ。『旅替りょたい』っていうんだけどネ。無詠唱で使っちゃったケド、ワープに使った形代が何日か使えなくなるだけだから気にしなくていいヨ」


「式神の扱い雑すぎませんか」


「まー何百枚か持ってるからネ、1枚くらい何日かお休みタイムになっても問題無いヨ」


流石に蘆屋家の末裔か。


用意周到なところは、先祖の道満からしっかりと受け継がれているらしい。


でも、「呪術師」という割には術のコンセプトが「神の加護」に近いような。


……と思っていたが、後に蘆屋から聞いた話によると、呪術は他の術よりも少し特殊な形態で成り立っているようなのだ。


主に日本をはじめとしたアジア文化圏やアフリカ文化圏と呼ばれていた地域の呪術は、特に神の奇跡や加護に似た面を持つことが多いらしく、逆にヨーロッパ文化圏にあった呪術は、魔術的要素が混ざっていることが少なくないらしい。


地域にもよるが、呪術は魔術と加護の側面を持って誕生したものも珍しくないそうなのだ。


「んじゃあ……始めましょうか」


いきなり瞬間移動というとんでもない呪術を見せつけられてしまったが、今回は模擬戦だ。

臆することなく果敢に挑まなければ。


俺は杖を構え、詠唱を……。

始めず、そのまま蘆屋に殴りかかった。


「アレ、もしかして……道明クン、まだ一つも魔術覚えてない?」


「お察しの通り」


何冊かの魔導書には目を通したのだが、そもそものメカニズムというか、「魔力を杖に流し込む」とか、「霊力を杖に通して魔力へ変換する」だとか、そういった魔術理論を知識としては理解できても、その一切を行動に移せなかったため、とりあえず今の俺は杖でぶん殴ることしかできないというわけである。


……しかし、一撃も当たるどころか掠りさえしない。


世間一般の所謂「魔法使い」のイメージは、学院に引きこもって魔術の探求をしている運動不足な学者のような具合だろう。


だがどうだ、この蘆屋という魔術師。


恐ろしい程にしなやかな身のこなしである。


例えるならば子供の拳を華麗にいなす風船。


俺の杖を身体に触れる寸前まで引き付けて、服に触れた瞬間に身を翻す。


この人外じみた反応速度。


きっと、ただ殴りつけようとするだけでは一生かかっても杖が当たることは無いだろう。


何とかして策を見出さなければ。


「ホラホラ、ただ殴ってるだけじゃあ勝てないヨ?」


「うるせー!知らねー!」


煽られた。


あまりにも屈辱である。


こんなナメきったオッサンに煽られるなど、相手がいくら凄腕の魔術師であろうとも容認できない。


一撃くらい、痛い目を見せてやろうではないか。


「もっとイメージするんだヨ、入門書に載ってるやり方なんて、あくまでも沢山ある方法の一つに過ぎないんだかラ。深く考えないでやってミソ」


……魔術はイメージが大切、なるほど。

だから魔導書には「流し込む」とか「変換」とか、到底身体の動きに用いる表現とは思えない、抽象的な単語が羅列してあったというわけか。


それもその筈。

詠唱をしないで術を使うと、満足なパフォーマンスが発揮できない……具体的には、「旅替」に使った蘆屋の式神が休眠状態に入ってしまった……なんてことも、「術そのもの」という概念が詠唱の省略によって、言わば不完全燃焼を起こしたからであるとすれば説明がつく。


なるほど、概念との繋がり無くして術は成らず、ということか。


想像、詠唱、発動。

これらは一セットであり、一つでも省略して無理矢理に術を行使すると、それだけで使用するリソース(霊力など)は莫大に増え、威力が低減するなどの代償を必要としてしまうと、入門書に書いてあった。


やっと、全てを理解できた。


思い描く。


四角い箱にしか見えない持ち手からエネルギー刃を出して戦うロボットのビームソード。


魔術剣が既存かどうかは分からないが、ロボットアニメから着想を得た魔術を「見出した」のは、恐らく俺が初めてだろう。


教科書や入門書に書いてある理論では、イマイチ「魔力を送り込む」という動作を身体が理解できなかった。


しかしどうだ、ビームソードにエネルギーを送り込むロボットと言われれば、その想像は容易だ。


さあ、調子に乗りまくったオッサンに一泡吹かせてやろう。


杖の先端から伸びる刃。

しかし、眩い光を放つ刃は未熟故にか短く、その刀身は50センチメートル程度。


しかし蘆屋の不意を突くには、それで十分だった。


「食らえッ!【ビームソード】!」


「危なッ!」


術の名前がえらく近未来的だが、そんなことを気にしている場合ではない。


「もう一回!それッ!」


初撃は外したが、手首を返して素早く次の斬撃に繋げる。


せめて一撃、当ててやるともッ!!


「【形代受け】ッ!!」


剣先が蘆屋の腹部を掠める。


しかしそれは蘆屋に非ず、一瞬にして蘆屋の姿を模した形代が本体の前に立ち塞がり、身代わりとなった。


ちなみに形代とは、人を模した形の紙切れであり、持っていることで災厄や呪術に対する身代わりになってくれるとされているお守りのことである。


旅替の際に用いた形代は式神が入っていたようだが、今の攻撃を防いだ形代は中身が空だったらしい。


俺の杖から伸びるビームソードは、あっという間に形代へ吸い込まれるように消えてしまった。


「はぁ、はぁ……」


さすがに疲れてしまった。


慣れない魔術を使ったからだろうか、全身から力が抜け落ちたように身体を操れなくなっている。


一方の蘆屋も額の汗を拭い、印を結んで焼け焦げた形代を処分している。


「いやぁ、ビックリしたヨ。突然、杖が剣になるんだモン」


「はぁ、はぁ……でも、魔力を固めてビームソードにする魔術くらい、既出じゃあないんですか」


「既出カナ。ただ、名前は『魂魄剣』だネ。それと、『魂魄剣』が真っ赤な刃なのに対して、道明クンのビームソードは真っ白な光の剣だったカラ……亜種っていうか……俗に言う『派生魔術』が、また一つ生まれちゃったワケだネ」


「えっ、それって……中々に凄いことなんじゃ?」


魔獣を齧ってさえいない新人が新しい魔術を生み出してしまったともなれば、術師業界は大騒ぎ……。


「残念だケド、好んで派生魔術を使う人って結構いるんだよネ……。ホラ、車とかバイクとか、自分好みにカスタマイズする人っているデショ?そんな感じに。だから、正直あんまり珍しくはないカモ」


……なんてことはないようだ。


「まぁ……とりあえず一撃当てたぞ……!どうすか、俺の魔術は」


「ハッキリ言ってムチャクチャだヨ。……でも、まあいいんじゃナイ?それに、何となくどんな術が得意なのかは分かったから、模擬戦の成果は上々だヨ」


俺は動かない身体を無理矢理動かして、蘆屋の右手を握る。


「はぁ、はぁ……早くワープして下さい、俺、もう限界っス」


「わかったわかった。……じゃ、帰ろうか」


形代の処分を終えた蘆屋は俺の右手を引っ張って肩を持ち、自室の形代と己の位置を入れ替えて瞬間移動する。


その後、俺は蘆屋から一冊の魔導書を貸してもらい、自室に戻った。


表紙には、「魂魄武装原論」と書いてある。


どうやら、魔力を固めて武器や防具を生成する基本的な魔術が記された魔導書のようだ。


どうやら正規の方法で魔術を使えていない俺の為に、かなり緩い条件で行使できる魔術しか載っていない本を渡してくれたようだ。


確かに俺は入門書の「魔力を流し込む」というような説明こそ理解できないが、ロボットアニメを参考にするなど何かしら他の方法を見出せば、魔術を使えるようにはなるかもしれない。


「兄さん、ただいま……あれ?寝てる……」


ベッドにて俺が意識を吹き飛ばす数秒前、学院中を徘徊していた瑠莉奈が帰ってくる。


「おかえり」の一言でも言ってやりたかったが、思ったよりも慣れない魔術の反動は大きすぎたらしい。


金縛りどころの騒ぎではない程に、声帯までもが動かない。


今後は魔術を何度か使ってもこうならないために、改良と研究を重ねる必要がありそうだ。


年末年始、魔術師としてのモラトリアムは終わった。


心機一転、俺も魔術師の卵として頑張らなければならないな。


だが、今日はもう何かを考えることもままならない。


「……疲れてるのかな。お休みなさい、兄さん」


瑠莉奈の声が遠くに聞こえる。


掛け布団を被せてくれたのだろうか、身体がほのかに温かくなった。


瑠莉奈の声は徐々に小さくなり、もはや声かどうかすらも判断がつかなくなって……そして、俺の意識はここで途切れてしまった。

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