事案2Ξ-グシオン

「事案2Ξ-グシオン」に関する情報は最高機密であり、「源流」及び「奔流」の資格を持つ魔術師以外は閲覧できないよう、対象者以外の文字及び情報に対する認識を一時的に歪め、本文書の内容を認識不可能にする魔術が施されています。


また、閲覧しようとした人物の情報は本書の「目」に記録され、閲覧者が持つ本書に関連する記憶は自動的に削除される場合があります。


資格「源流」は各国魔術学院内最高権力者とそれに等しい存在の証であり、「奔流」は外部の権威及び権力者に対し、データを閲覧する際にのみ「一時的に」与えられる資格です。


貴方が該当の人物ではない場合、速やかに本書を閉じて下さい。


錯乱魔術、【シバの鍵】、発動。


本事案は数ある「事案-2」の一つであり、このような記述は1柱目の悪魔ではありませんアモンの影響を避ける為にされているものです。


「グシオン」はソロモン72柱の11柱目に該当する悪魔です。


筋骨隆々な男性の姿をとっているとされていますが、一説には修道女のような姿であるとも考えられています。


グシオンは現在、40~45の兵団を率いているとされていますが、その数は文献によって数が異なるため不明です。


また、彼らの素性については一切が不明であり、それらに世代交代や能力の継承が行われているか否かも不明となっています。


魔術学院は彼らの動向に対して、未だ予断を許さない状況を強いられていますが、その情報を知る事が許されているのは貴方のような限られた術者のみであるため、閲覧者の資格を持つ者には、グシオンへの警戒を怠らないことが常に望まれます。


また万が一、「グシオン」の名を持つ悪魔や、それと契約した人間の存在が確認された場合、それらは速やかに「源流」の保持者へと報告されるべきです。


本事案は、「修道女リオン」との死亡を表向きの理由とすることで、ペトラ教会と合同での隠蔽に成功しています。


以下は、グシオンと最接近したであろう修道女アルシア=リオンの手記です。


~最重要事件記録2Ξ-修道士リオンの手記~


1423年・現フランス某所。


ステンドグラス越しに映る影。


それは突如として姿を現した、禍々しいオーラを放つ悪魔だった。


下級の悪魔達がなす軍勢はステンドグラスを破って、次々と修道院へ侵入してくる。


秘匿とか魔術だとか、そういったことはよく分からないが、侵入してきた悪魔達が、「禁域」と呼ばれている謎の立ち入り禁止スペースへ向かっているということだけは、悪魔達の向かう方向から推察できる……できていると思う。


今は修道士達と司祭が力を合わせて悪魔達と戦っているが、かなり押されている様子で、修道女達も、ある者は地に伏して祈りを捧げ、ある者は武器にもならないような箒や薪を手に取り、ある者は逃げ出そうと、荷造りとも呼べないようなそれを始めた。


そして今、私は修道女が集められた隠し部屋に隠れながら、手記を綴っている。


念のため、妖精の筆を起動しておく。


これで、有事の際は逃げるなり戦うなりしながら手記を綴れる筈。


ここからは、妖精の筆に代筆を頼もうかしら。


「ねぇ、私達、これからどうなるのかしら……」


「ああ、神様……どうか魔を祓ってください……。院を、お護りください……!!」


……せっかく修道士達が止めてくれているのに、ギャーギャー騒いでいたら意味が無いと思うのだけれど。


せめて静かに隠れていれば、やり過ごすなり不意打ちを狙うなりできる筈なのに。


正直なところ、祈るしか能が無い連中にはうんざりしていた。


ただ祈り縋りつくばかりで、ペトラの教えを実践しようともしないような、怠惰な連中。


昔は敬虔なペトラ教徒が殆どだったらしいが……もはや見る影も無い。


修道士は戦いに明け暮れ、他の修道女はブツブツと呟きながら加護の探求に耽っている。


私は、何を信じれば良いのか分からなくなっていた。


「うわっ!?」


「なんだァーーッ!?」


修道士達の叫び声が聞こえる。


防衛線が突破されたのかしら?


「っ!?」


「キャー!!」


「あああああ!!」


隠し部屋の扉が勢いよく開く。


どうやら、丁寧にドアを開けて侵入してきた人型の悪魔が隠し部屋に面した廊下に押しかけてきたようだ。


隠し部屋の位置が、こんなにも早く割れてしまうとは。


……まあ、アイツらが騒いでいるせいだろうけど。


ペトラの教えを守るでも無ければ、悪魔に対抗する策を練るでも無い。


それをする暇も無い程までに加護を探求しているのなら、悪魔祓いに役立つ加護の一つや二つでも学んでいるのかと思えば……皆、本当に加護を「学んでいるだけ」であって、実用的なものどころか、実際には神の加護によってもたらされる術など、一つたりとも使うことはできないようだ。


この状況で誰かが悪魔に不意打ちをしかけてもいなければ、神の化身や天使が現れて悪魔を祓ってくれるわけでも無い。


全く、本当に……祈りって、何のためにあるのかしら。


仮にこの窮地を乗り越えて天寿を全うしたとしても、きっと理解できなかったでしょうね。


……私に類い稀なる祈りの才能が無ければ、だけれど。


「【血の剣山】」


私は首にかけていたタリスマンに祈りを込めると、辺り一面にタリスマンと同じ模様の紋章が浮かびあがり、それらは血のような赤となって部屋の前を徘徊する悪魔達の首を貫く。


私が密かに探求し、見出したいくつかの加護。


その結果、私は祈りに「己の霊力を高めるための精神統一」の意味を見出した。


霊力とは、空気のように空間を漂う霊的な力のこと。


術者が行使する術によって、それは名前を変える。


魔術師が使う場合は「魔力」に、呪術師が使う場合は「呪力」に、妖怪が使う場合は「妖力」に、そして、私のような聖職者が付く場合は……。


「『神通力』を使ったペトラの加護……!異常な存在に対して使ったのは、今回が初めてね」


私は死体に構わず隠し部屋の扉を開け、悪魔達の死骸にタリスマンを直接当てて神通力を流し込むことで、一体一体浄化していく。


「……これで私は、本当に術師の才能があることを認めざるを得なくなっちゃったってことかしらね」


思えば、私自身は聖職者よりも魔術師の方が向いていたのかも知れない。

ただ、こうして魔術師となる機会を与えられていない以上、きっと私の運命だけは魔術師に向いていなかったのだろう。


……常識では考えられないような術を学んで、新しい術を見出して、人を殺して、異常な存在と戦って……。


何よ。

結局、やっていることだけに目を向ければ、魔術師と同じじゃない。


「……ふふ、そろそろ人間を捨てる時が来たのかしら」


……国教であったペトラ教に疑問を持ちながらも、仕方なくペトラを信じているフリをしながら日々を送っていた私。


しかし、私にも限界が訪れたのか。


私は狂人として何年も地下牢に閉じ込められた後、ある程度精神状態がマシになってからは、この修道院へ「流刑」という形で送り込まれ、修道女として生きる道を開かれた。


とはいえ、この修道院は既に壊滅状態だ。


防衛線で戦う修道士達の声も、どんどん小さく、少なくなっていく。


視界には一筋の光。

あれは天啓、或いは聖霊かしら。


私なんかに天啓を与えるなんて、人の神ペトラも悪戯好きなんだから。


「いいわ……これが本当に神から授かった才能なら、私は神の御心に全力で応えるだけよ」


自分の心を偽っていたとはいえ、私は立派な修道女だ。


私は大量に人を殺し、しかし悪魔も殺したからだろうか。


人の神ペトラへの罪といさおが混ざり合い、しかしそれが中和されること無く残り続けている私の内には、もはやそれ以外が入り込む余地は無い。


しかし、折角の天啓だ。

今なら私の人生を……新たなる術として見出せるかもしれない。


隠し部屋から飛び出し、悪魔達でごった返す礼拝堂の説教台に立って点字のペトラ書を音読し始めた。


私の視界は光で溢れ、それは一瞬にして礼拝堂を包み込む。


「【蛍の光】」


その光は悪魔達を一掃し、礼拝堂に付着した修道士達の死体や血を一瞬にして土に返す。


そして、遂には私の眼前に、眩い光を纏った女神ペトラが現れた。


「よく頑張りましたね、私の愛しき依り代」


「……本当にいたのね、ペトラ様」


「ふふっ。これから、貴方は私の手となり足となり、私の秘密となるのです。……それが、私の使命ですから。さあ、お手をお取りなさい」


「ああ……ペトラ様、ペトラ様」


「これから、よろしくお願いしますね。名前は、えーと……リオンさん」


「ペトラ様、ああ、私の神……私だけの……」


意識が薄れていく。


私は朦朧とする意識の中で、眩い光を見た。


右脇腹の傷口を通じて、一面の赤に小さな胎児のようなものが視界に入る。


そして、それは一瞬にして光を放って。


わたしのくびは、ばくはつした。


~以上~


修道女ペトラの足取りはつかめていません。


「首が爆発した」とのことから修道女リオンは死亡したと考えられたとされていますが、ペトラ教徒からの目撃情報が相次いでいるため、2016年現在でも生死は不明です。


また本事案に対する魔術師バルデルの見解が記された論文が残っています。


~『最重要事件記録2Ξ-修道士リオンの手記』に対する魔術師バルデルの見解(魔術師バルデルによる著書、『灰教論』より抜粋)~


そういえば最近、リオンという修道女が神を見出したそうだ。


しかし、どうしたものか。

そのリオンとやらが所属していた修道院は壊滅状態、さらにそのリオンとやらも人前に姿を現さないのだそうだ。


彼女もペトラのように、天に昇ったということなのか。

それが本当ならば、私は既に籍をペトラ教へと移しているだろう。


だが、私が今も尚こうして魔術師をやっているということは……所詮、その光も欺瞞に過ぎなかったというのが、私の見解であるということだ。


ここで軽く、例の手記に感じた違和感を記していこう。


一つ目。

聖職者が血の術を使うなど聞いたことが無い。

聖職者というよりかは、呪術師のそれである。


二つ目。

「神の前に秘密など無い」。

……と、ペトラ書に書かれていた筈なのだ。

そして、「秘密」という概念に固執するのはペトラではなく、「グシオン」という悪魔であるということからも、ペトラの前に現れた存在はペトラでは無く悪魔であると考えられる。


三つ目。

このリオンという修道女は、点字のペトラ書を読み上げている。

つまりは盲目ということだろう。

……では、ペトラ書を読み始める前に見ていた景色は何だったのだろうか。

文中には「私は死体に構わず隠し部屋の扉を云々」といったような記述も見られた。


死体を踏み越えた後に隠し部屋を出ていると書かれていることから、その死体は隠し部屋の内部に今も散乱しているものであると考えられる。


あまり恐れを知らない私だが、こればかりは考えるだけで恐ろしい。


~以上~


この見解が正しいものとした場合、修道女リオンが見た神は「グシオン」であり、彼女は隠し部屋で手記を綴っていた時点で幻を見ていたということになります。


また、修道女でありながら無神論者であり、祈りを精神統一と考えていたリオンが、一瞬にして神(の似姿をとったグシオン)に心酔したというのも、グシオンによって神への嫌悪を反転させられた影響であると考えられます。


以降も悪魔グシオンは、術師非術師を問わず、人間に従うことなく徘徊を続けているとされています。


秘匿存在「グシオン」の撃破或いは保護は、一刻も早く行われるべきです。


本項目は執筆日時秘匿済み、執筆者秘匿済みです。

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