第21話 事案6446-よむな 前編
6月2日午後11時、この日は雨が降っていた。
何気に初めて二人きりで事案の対応にあたることとなった俺と瑠莉奈は、車に揺られるまま、目的地へ向かう。
「今日はどこに行くんだろうね」
「さぁ?『松島のどこか』とだけ言われてるけど……」
事案名は「よむな」。
対象となる秘匿存在については不明な点が多いらしいが、それは訳の分からない文字列が刻まれている木、或いは文字列そのもの、及びそれに対する認識……?
……ともかく、その秘匿存在に関しては「松島某所の木に刻まれている文字列に関する何かが悪さをしている」という点以上の詳細に関しては判明してないらしい。
故に、秘匿存在としての記事は未だ執筆されていないとのことである。
そして俺達が、記念すべき1発目というべきだろうか、本格的な初調査の要員として選ばれたというわけだ。
「……到着致しました。さぁ、こちらへ」
「「ありがとうございます」」
「……いえ、仕事ですから。それと……文字列に関しまして……現場に到着し次第、対象の写真を撮って頂けませんか。こちらでも、解析を進めますので」
低い声の運転手は路肩に車を止め、鬱蒼とした森の中へと足を踏み入れていく。
俺達も続いて獣道を進み、「通行止め」と書かれたテープで侵入が禁じられている領域の奥へと進んだ。
そこから数分後。
俺達は一本の折れた木を発見する。
それは木々と野の草に埋もれるように倒れた、一見、本当に「ただの折れた木」。
しかし、そこには例の文字列が確認できる。
「……何て書いてあんだ、これ」
俺は左目の義眼に魔力を流し込み、義眼に搭載されている地形解析用のアプリを起動する。
「兄さん?その義眼にアプリなんて入ってたんだ」
「ああ。そういえば、何気に初披露だったな。この義眼、ただの義眼じゃないみたいで……今使ってるのは、地形の細かい凹凸まで色で解析してくれるってカメラアプリだな。測量カメラって言うんだっけ」
義眼に刻まれた妙な紋章に秘密があるらしく、それが義眼と脳の直接的な接続を手伝いをしているようなのだが……詳しいことは俺にも分からない。
図書館で寝ぼけているところを起こされた瞬間、「その義眼に魔力を流し込んでみてヨ。便利なアプリがいろいろ入ってる筈だから」などと言われるのだ。
……怖すぎる。
起きたら真横から蘆屋の顔が「ぬっ」と現れて、そう言うのだ。
あまりにも怖すぎる上に、少ないとはいえ魔力が勿体ないため、つい最近までは殆ど使っていなかったが……先日、蘆屋が閉じた瞼越しに魔力を流し込んで義眼のアップデートをしてくれたため、これも良い機会であろうと試しに使ってみたという訳だ。
「どう?兄さん」
「うーん、確かに何か色々書いてあるな。意味は分からんけど」
使ってみると意外に便利なものである。
今使ってる測量カメラの他にも、赤外線カメラ、サーモグラフィカメラ、霊力カメラなど……カメラだけでも、通常のカメラを含めて5種類。
さらに、他にも色々とあるようで……。
今回、瑠莉奈と二人きりで任務に向かう事ができたのは、この左目跡に嵌められた義眼の性能が、十分な調査手段及び戦力としての条件を満たし得る程にまでに向上したからだろう。
瑠莉奈はスマートフォンで写真を撮り、運転手のノートパソコンへと送信する。
いつも霊音とツーショットを撮っているからか、やはり俺では足元にも及ばない程に写真撮影が上手い。
「何て書いてあるんだろ?読んでみよっか?」
「ああ。この文章じゃ、ちょっと何言ってるのか解んないな……。頼む」
しかし字が汚すぎるのか、或いは長年の風化で文字が文字としての役割を果たさなくなっているのか、その文字列を見ただけでは何と書いてあるのか、見当もつかなかった。
この分では、運転手の解析もダメそうだ。
瑠莉奈は右手を木に向けてかざし、刻まれた文字列に起こされた言葉の意味を介して概念に干渉することで、直接的に意味を知ろうと魔力を流し込み始めた。
これも悪魔アガレスとして存在するに足るとされた瑠莉奈の力らしい。
「言葉を介して言葉で、ではなく、心で直接的に意図を知る」……随分と便利な超能力もあったものだ。
しかし、数秒後。
「……ッッ!!」
「瑠莉奈!?どうした!?」
瑠莉奈は大きく身震いをし、数歩後退した。
「……アレの意味……多分、知らない方がいいと思う」
「どゆこと……?」
「はぁ、はぁ……私が高位の悪魔でよかったね、兄さん……並の人間だったら、多分耐えられなかったよ」
首をかしげる俺に、瑠莉奈は息を切らしながらもたれかかる。
やはり文字列そのものが悪さをしているのだろうか。
「意味を知らない方が良い」というのは、精神汚染の影響を懸念してだろうか?
「おっと、大丈夫か」
「だ、大丈夫……ありがとう」
「えーっと、もしかしなくても……。深淵とか、そういう感じ……?」
「大当たり。でもアレは邪神とかじゃなくて、正真正銘、人間の狂気だよ」
「あ、人間なんだ」
「うん。明らかに骨格がおかしいおじさんと、やけに痩せた女子高生……って情報が入ってきた瞬間、身体が読み取るのをやめちゃって。二人とも明らかにおかしかったっていうか……底知れない狂気を感じて……ごめんなさい」
俺は抱きつかれたまま、瑠莉奈の背中をさすって落ち着きを取り戻させる。
いくら高位の悪魔であろうとも、耐えられる精神負荷には限界があるのだ。
ましてや、悪魔と化して日が浅い(らしい)瑠莉奈ともなれば尚更だろう。
「……いや、いいんだ。ありがとな、瑠莉奈。それと、俺も無茶させてごめん」
今後は、無警戒に事案の対象となっている情報を解析させるような真似はやめよう。
「どうしようね、これ」
「……とりあえず、一旦帰らないか?多分、俺達で何とかできるものじゃないと思うから……お前でも手に負えないとなると、正直もう詰みなんだよな」
「ね、帰ろうか」
瑠莉奈に手を引かれ、俺達は車へと戻る。
「運転手さん、一旦調査は終わりに……」
そして俺は車のドアを開け、ノートパソコンをじっくりと眺めている運転手の肩を叩いた。
「……」
「う、運転手さん?」
反応が無い。
眠りこけているのだろうか、少し強めに、再び運転手の肩を叩いた。
「……私は、あなた、達、を、あなた達、は……」
「あ、運転手さん?おはようござ……」
「自然に、還ら、帰れ、かえ、還、さ、なければならないのですッッッッ!!」
しかし、運転手の反応は一般的にうたた寝していた人間のそれではなく。
「な、なんだとォォォォォォォォォッ!」
何かしらに対する狂信者のような、もはや人外のようなソレへと豹変していたのであった。
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