第37話 そしていつもの?(エピローグ)



 早速、次の日の朝の事である。

 悩みが綺麗さっぱり消えて無くなった勇気は、晴れやかな目覚めを迎えた。

 隣を見れば、まだ夢の中の真宵。


(――折角だし、朝飯は豪華カロリーで行こう!! 美味いものには脂肪と糖と高カロリーが入ってる!! そんなの躊躇いナシで食えるの十代の内だけって言うしなぁっ!!)


 パジャマのまま台所に行き、フリフリ新妻ピンクエプロンを装備。


(用意するのは……パンにバターにピーナッツクリームに、んでもってバナナ&ちょいとカリっと焼いたベーコン!! 忘れちゃいけない蜂蜜!! ふふふ……俺達の関係は次に進んだ、なら攻撃の仕方を変えるのは必然っ!! 俺はメシの力で――お前をメロメロにさせてやるぜぇ!! ひゃっはーーっ!!)


 ならば、先ずはバナナからと包丁を心地よいリズムで動かす。

 トントントンという小さな音の中、彼の背後で真宵が目覚めた。


(…………まーた楽しそうに作ってるわねコイツ、今日は何を食べさせてくれるのかしら?)


 彼女は布団を片づけながら、ちらちらと観察開始。

 気兼ねなく食事を楽しめるというのは、仲直りして一番良かった利点かもしれない。


(さてさて? 今日は……以外とフツーな感じね。でもピーナッツクリームと蜂蜜とバナナじゃ甘い系で被るんじゃないかしら)


(ふっ、流石は俺だぜ……華麗な調理風景で美少女を眠りから覚ましてしまうなんてなっ!! だが覚悟しろよ真宵……これは今まで一番ハイカロリーかもしれないぜ)


(ホットサンドメーカーを用意してるって事は、ベーコンを焼いて挟む…………うん? あれ? ちょい待ち、ベーコン挟むならピーナッツクリーム塗らないわよね? ならオカズとして添えるのかしら)


(お前はこう考える筈だ、――ベーコンを添えるなら目玉焼きかスクランブルエッグだとっ!!)


 真宵は彼の背後で電気ケトルのスイッチオン、自分用に紅茶を、勇気用にコーヒーを準備する。


(偶にはインスタントじゃなくて、お茶葉から入れたいわね。……ベーコンなら卵、目玉焼きかスクランブルエッグね)


(そして次の瞬間こうも思う筈っ! ……卵が出ていない、と!!)


(…………あれ? 卵が無い? コイツ何を作る気なの??)


(困惑してるのが目に浮かぶようだ……ああ、これだからメシを作るのは止められねぇなぁ!!)


 彼は調理の手を止めず振り向かず、そのまま真宵に言った。


「これは――エルビス・サンドだ」


「え、何それ?? エルビス・プレスリーでも関係あるの?」


「ああそうだ、エルビスサンドはかの伝説的アーティスト・エルビスが好んで食べていたと言われるホットサンド!!」


「おお~~ッ、良いじゃない、楽しみだわぁ……」


 かの有名人の好物とはどんな味なのか、真宵は食材をもう一度思い出し、はて? と止まる。


「…………待って、イヤな予感がするんだけど?」


「ふふっ、正解だぜ真宵――これはな、美味さを代償に冒涜的なハイカロリーなんだっ!!」


「はあッ!? アンタ、朝からそんなもん作ってるワケッ!?」


「お前はこのベーコンは添え物で卵料理と組み合わせる、そう思ったはずだ……だが違う、今ここに用意した食材全てを良い感じに焼いた食パンに挟むんだぜっ!! ビバ・ハイカロリー!!」


「くッ、美味しそうなのに食べると太るッ、確実に太っちゃうッ!! で、でも食べたい!! なんて卑怯な奴なのアンタッ!!」


 やはり油断ならない男、許嫁として敵として不足ない相手。

 真宵はごくりと唾を飲み込み、完成までの一秒一秒を注視する。


(食べてみたい、一口だけなら……いやでも悔しいけどユーキの料理は美味しい。全部食べてしまう可能性が高いわッ。――――…………いや待って、何でコイツは朝からこんなもん作ってるワケ?)


 それは正しく直感であった、関係が修復したとはいえ。

 勇気という存在が、理由もナシに朝からハイカロリーを作るわけが無い。


(今まで一度も朝から重い物を出さなかった、確かに食いしん坊だけど健康に気を使ってるヤツよ。そんなユーキが朝からこんなのを? …………何かある、高カロリーじゃないとダメな理由がそこにはあるッ!!)


(なぁ真宵、俺は初対面の時から思ってたんだ――お前には足りないモノがあるって)


(高カロリーを食べるて何の得があるの? 太るだけじゃない、――――待って、そこに何かがあるわ。アタシの勘がそう言ってる)


(そしてそれはお前に必要で、そして俺も得をする。……それが理解できるか?)


 もうすぐ出来上がってしまう、時間が迫る中で真宵は勇気の全てを思いだし。


(まさ、か――ッ!?)


 戦慄した、恐らくこれこそが答え。

 もし正しいのならば、真宵は躊躇無く完食した上で勇気を殴らなければならない。

 主に、乙女の尊厳的な意味で。


「ねぇユーキ、アタシを太らせようとしてるでしょ」


「へぇ、気がついたか。それでこそ俺の真宵だ」


「馴れ馴れしい、アンタの女扱いすんな。アタシとアンタは結婚を前提に婚約して一時は心中すら考えただけの仲なのよ?」


「それは俺の女扱いしても良いのでは??」


「ともかくッ! アンタの下種な企みなんてお見通しよッ!!」 


 ビシっと指を突きつける真宵に、勇気は冷静に返した。


「そうだ、――だがお前に俺の考えが読めるかな?」


「四六時中寝ても覚めてもアンタのコトしか考えてないこのアタシがッ、これぐらい読めないとでも?」


「なら聞こう、……俺は何を企んでいる?」


 すると真宵は彼の背後の迫り、その首にそっと両手を添えて。

 いつでも首を絞められると、威圧しながら答える。


「仲直りを記念して豪華な朝食、というのは素直に聞かれた時の言い訳、ええ、そうよね?」


「……続けて? んでもってプレッシャーかけるの止めよう? マジで止めよう? 何で朝っぱらから命の危機なの俺??」


「自業自得よ、バカ。――アンタさ、アタシを太らせる気でしょ。そして太ったアタシのダイエットを手伝ったりして恩を売るという長期計画、そうでしょッ!!!」


 勇気は命のプレッシャーの中、冷静にエルビスサンドを完成させ二等分。

 そして包丁を置き、体ごと振り向く。


「半分正解で半分ハズレだぜ」


「半分?」


「太らせる、――だがそれはお前にダイエットさせるのを意味していない」


 ピキっと真宵の額に青筋が浮かぶ、この男は何を言い出すのだろうか。

 本当に、乙女を何だと思っているのか。

 しかし勇気としても言い分がある、――理想の女の子に食育するのってロマンやん、と。


「端的に言いなさい、今アタシは冷静さを欠こうとしているわ……」


「あー……、その、な? 怒らずに聞いて欲しいんだが、お前って細身だからちょっと太れば抱きしめたときにちょうど良いし、何よりこれが一番大切なんだけど……」


「殺す、内容によってはこのまま殺す」


「良い感じに太らせて、お前の残念おっぱいを普通のおっぱいに、あわよくばそのスレンダー体型のまま巨乳に育てようとしてましたごめんなさいごめんなさい絞まってる絞まってる俺の首が絞まってるううううううううううううううううッ!?」


「貧乳な許嫁でごめんなさいねユーキィイイイイイイイイイイイイイイイ!! 死ねッ、一回死ねッ!! 少しぐらいは許してもって思ったけどアンタには生着替えを見るコトしか許さないわッ!!」


「おおっと意外とチョロいぞコイツうううううううう、でもピンチッ、俺の欲望で俺がピンチッ!?」


 関係が修復したという事は、騒がしい日常が戻ったという事で。

 今日も朝から、二人は楽しく騒がしかったのだった。

 ――そして時は遡って数時間前、とある空港に一人の少女が降り立った。


「はぁ、やっと帰ってこれました……。お兄ちゃん、元気にしてるかなぁ。わたしが居ない隙を狙って、また高カロリーな改造ジャンクフード三昧になってなきゃ……いや絶対にそうなってる」


 交換留学で勇気のお見合い騒動の少し前から日本を離れていた彼女は、何を隠そう彼の妹であり。


「んもう、お兄ちゃんってばわたしが居ないとダメなヒトなんだから。――待っててお兄ちゃん! 今、お兄ちゃん最愛の妹が会いに行くのっ!!」


 そう、誰にも隠さないブラコンでもあった。


「ふんふんふーん、お家に帰ったらお兄ちゃんがそこに~~~~、…………――――あ、ママからメッセージ来てる。何々……………………――――――――――――は゛ぁ゛??」


 文面に目を通した途端、彼女の笑顔は鬼の形相に変化した。


「お兄ちゃんに許嫁が出来て、結婚秒読みなラブラブっぷりで、既に……同棲してる??」


 彼女の怒りは今、頂点に達した。

 それは同時に、勇気と真宵の前に新たな壁が出現したのと同義語でもあったのだ。










 ――相思相愛の許嫁と別れて、陰キャに戻る方法・完

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相思相愛な許嫁と別れて、陰キャに戻る方法 和鳳ハジメ @wappo-

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