第34話 デッド・オア・婚約破棄(1/3)



「勝ち逃げなんて絶対に許さないわッ、さぁ勝負よユーキッ!!」


 笑顔であるのに、その気迫は貪欲までに勝利への執念、殺気が込められていた。

 殺したいから死んでくれ、そんな雄叫びをあげていそうな真宵に、勇気はふわりと微笑んで。


(そう、か――嗚呼、まだ真宵は折れてなかったんだな)


 くつくつと笑いがこみ上げてくる、そうだ、彼女はそうでなければいけない。

 途端に勇気の心が震え立つ、この勝負から逃げてなるものかと。

 完膚無きまでに叩きのめす、勝つのは俺だと、彼女の熱が伝わったように彼は思った。


「お前の負けず嫌いな所、好きだぜ真宵。……勝負しよう」


「ここで乗って来てくれるアンタは、ええ、凄く悪くないわ。――――でも勝つのはアタシよ」


「どうかな? ロシアンルーレットは運だぜ、毎度毎度裏目に出るお前に運なんてねぇだろ」


「その言葉、そっくりそのまま返してやるわ」


 チクチクとやりあいながら、二人は勝負の準備をする。

 冷蔵庫の中の白い箱、中にはシュークリームが四つ。

 それと辛子とわさびのチューブを、ちゃぶ台の上に置いて。


(――知ってるか真宵、勝負はもう始まってるんだぜ?)


(ロシアンルーレットは運? まさか、実際に選ぶ前にイカサマ仕込むものって相場が決まってるでしょ)


(明らかにシュークリーム四つは多い、三つ、二つが丁度良いって感じだろうな。……真宵は必ずそこを狙う)


(ユーキはそう提案してくる筈、なら当然余り物が出る)


 視線が交わる、同時に二人の思考は加速した。

 まるで時が止まったような感覚、この勝負、どこまで相手を読めるかで勝敗が決まるのだ。


(――――そもそも、コイツが勝負を仕掛けてきた理由は何だ? 流石に死ぬのを怖じ気付いたか)


(何でコイツが勝負を受けたか、それが問題ね。――何を狙っているの)


(真宵は最後に勝ちたいと言った、それは間違いない。……だが、他にも理由がある筈だ)


(あの理由で納得するとは思えない、……ユーキが勝負で得られるメリットが存在する。そうとしか思えない)


 もはやこの段階に至って、二人はお互いの言葉を素直に受け取らない。

 必ず裏がある、その確信でもって突き進む。


(俺と同じく真宵も裏があるって読む、俺には分かる、でも残念だったな――お前が好きだから受けたんだ裏なんてねぇっ!!)


(アンタはアタシに裏があると踏んでるでしょ、でもお生憎様ね、……死にたくないからに決まってるでしょうがッ!!)


(俺が勝利すれば心中、敗北すれば婚約破棄、普通に考えれば婚約破棄を狙ってきている、だが本当にそうか? ワザと負けて心中を狙う、可能性は大いにある)


(問題はアタシが生きようとしているのか、死のうとしているのか、コイツがどう受け取るかって事ね。素直に考えれば命が惜しいと考えるはず、けどユーキだもん――――、コイツはアタシがワザと死のうとする可能性が大きいと読んでいる筈よ)


 両者、最初の準備が終わったまま動かない。

 否、動けないのだ。

 口に出す一つ一つの言葉が、勝敗の決定打になりえる以上は迂闊に動けない。

 故の膠着、二人にはチクタクと時計の秒針の音が妙に大きく聞こえた。


(仮に俺が勝ったとしよう、コイツは素直に一緒に死ぬか? いや違うな、この勝負で負けても真宵という女は最後まで足掻く、なら心中の際に抜け駆けして先に死ぬ、しかも俺に呪いの言葉を残して、後を追えなくする可能性だってある)


(勝負の後の最後の最後の精神攻撃、読まれてる筈よ容易に想像できるもの。だから阻止して、コイツはあえて負けて婚約破棄を狙っている、ええ、それが良いものね)


(俺が敗北した場合、婚約破棄という関係リセットだ。だが本当にリセットか? 俺が負けた瞬間にコイツは俺に情けをかける可能性がある)


(ユーキはアタシを好きだと言った、だからアタシが勝った瞬間に許嫁の続行を申し出れば、ええ、これからのイニシアチブはこっちのものよ)


 そう、読みとるのは勝負の事だけではない。

 その後の力関係まで読み切らないといけない、それこそが狙いであるのだから。


(惚れた弱み、真宵が勝った場合それで俺を縛るつもりなのは分かってる。だが、――それはお前も同じだぜ真宵)


(アイツが勝った場合、主導権はそのままユーキに取られる。もし心中する前に止めると、アタシの為に止めると言えば、ええ、一見すればアイツの惚れた弱みに見えるけど……それは間違い、アタシはコイツを好きだと言ってしまった、なら…………、絶対に逆手にとってイニシアチブを取ってくる)


(どちらにしても、コイツには利益がある)


(どちらにせよ、アンタには利益がある)


 ならば後は、勝利と敗北、どちらに天秤を偏らせるか。


(そんなに決まってる、俺の利益が最大になる方だっ!)


(ええ、アタシに得になる方に決まってるんだからッ!)


 目的は決まった、ならば。

 勇気は、ほう、と大きな溜息を出し笑う。

 真宵もまた、はぁ、と感嘆し微笑んだ。


「すまん、これが見納めだと思うと名残惜しくてお前の可愛さを堪能してたぜ」


「それはコッチも同じ、アンタの顔が見れなくなると思ってうっかり見惚れてたわ」


「なんだお互い様ってか? んじゃあ、そろそろ準備を始めようか」


「ええ、そうしましょう」


 二人は箱の中からシュークリームを取り出し、一つ一つ違う皿に乗せる。


「ロシアンルーレットとはいえ、一発勝負にするには四つは数が多いと思わないか?」


「ええ、だから一個は口直しに横に置いておきましょ」


「成程、敗者への情けってか? どうせなら二つに一つにしようぜ、残る無事な二つは勝敗関係なく記念に食べる、選ぶのも二択で楽になる」


「……」「……」


 意見が割れる、二人は瞬時にそれぞれの案を計算し始めた。


(三つか、当たりが一つだと考えるとドローもあり得る。だが本当にそうか? 残りの一つを何らかの方法ですり替えて確率を変える、見え見えの手だぜ真宵……!!)


(勝利は二つに一つ、でも無事な二つあれば確率を変えるどころか確実に勝利を拾えるわね。――いえ違うわ、これはアタシにイカサマをさせて見破る策ッ!)


(イカサマを防ぐか否か、違うな、イカサマ前提で考えるなら提案すべき事は一つッ!!)


(あはッ、あははははッ、温い、温いわねユーキッ!! なら選ぶのは二つでも三つでもない!!)


 勇気はカラシを、真宵はわさびのチューブを同時に手にとって。


「四つにしない? 正確に言うと手持ちが二つで合わせて四つ、――場に出すのはそれぞれ一つよ」


「はっ、それじゃあドローの可能性も出てくるんじゃねぇか?」


「ええ、だからルールを追加しましょう。――両方ともハズレだったら、まずお互いを殺し合う、ええ、そっちの方が面白いわ」


「随分と物騒な追加ルールだな」


「怖じ気付いたかしら? 予告するわ、もし二人ともハズレだったなら、アタシはアンタを滅多刺しで苦しませながら一緒に死んであげる」


 普通の感性では飲む筈のない追加ルール、だが勇気は不敵な笑みを浮かべて。


「いいぜ、なら俺も予告してやる。例え刺されたとしてもお前の首を締めてキスで口を塞いで徹底的に窒息死させてやるよ」


「そんな予告でアタシが揺らぐとでも? アンタこそビビったかしら? 全てを撤回するなら今よ」


「まさか、お前こそ引くなら今が最後だぞ」


「それこそまさかよ、――なら準備と行こうじゃない」


 睨みあう二人は互いに背を向け、シュークリームにハズレを仕込み始めた。


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