第35話 デッド・オア・婚約破棄(2/3)



 ぶちゅ、とチューブから中身を絞り出す音が響く中。

 勇気と真宵の会話は続く、まだ決めなければならない事があるのだ。


「シャッフルする時はどうする、記憶力が勝負の決め手になってしまうぞ?」


「必要無いわ、アタシはユーキの、ユーキはアタシのどちらかを選ぶ」


「そうなると、イカサマで二つに仕込む事が出来るんじゃないか?」


「大丈夫よ、そこは公平にしましょ。――勝敗が決まった後で残りを交換してそれぞれ食べる。ええ、これで本当に公平よ」


「ふっ、そこでイカサマがバレるって事か」


 となれば、考える点はひとつ。

 イカサマするかどうか、だ。


(――後で食べるとなると、イカサマは必ず発覚する。成程、不正は絶対に許されない訳だ。ああ、そう思うだろうよ普通はなぁ……!!)


(交換するって事は、ハズレたらもう一度ハズレを食べる事になる、――でも、もしそれを演技で誤魔化せたら?)


(負けても演技をして平気なフリをすれば、そうだ、お前は俺がイカサマしたと言い張る事が出来る)


(でもそれはアンタも同じよユーキ)


 ならば、それを回避するには。


(チューブを使い切る勢いで中に仕込む、幸いにもカラシとわさびのチューブは買い置きがある)


(問題は失敗して入れすぎると見て分かる可能性が出てくるコトね、――ここでユーキが追加を取りに動けば隙が出来る)


(今俺がこの場から動けば、手持ちのシュークリームはがら空き、ならその隙にアイツが自分のとすり替えたら……違う、それは違うっ! 条件は同じっ、ならアイツが動けば隙ができる、俺にもすり替えるチャンスが産まれるっ!!)


(そうよ、動く事によって隙を見せイカサマをさせるッ)


(つまり先に立ち上がれば、一手上回れるっ!)


 次の瞬間、二人は同時に立ち上がって。


「……どうしたんだ真宵」


「アンタこそ、なんで立ち上がってるのよ」


「ちょっと足りなくなってな、そんな事は絶対に無いと思うが、――不正を疑われるのは嫌だからな、たっぷり入れておこうと思って」


「あら奇遇ね、アタシも同じよ」


「そうか、なら一緒に動くとしよう。戻るときも一緒だ」


「ええ、そうしましょう」


 お互いを見張りながら、調味料のストックがある台所の戸棚までゆっくり歩く。

 だからこそ見逃さない、相手の些細な変化に。


(コイツ――左手をスカートのポケットに入れてるんだ?)


(なんでワザワザ左手をポッケに入れてるのかしらね?)


 何か重要なヒントになる、そう考えた瞬間であった。

 勇気は同じ所に置いてあった、小さな旗も一緒に気づいた。


(…………使えるなコレ)


(ん? なんでそんなもの見てるワケ??)


(大人のお子さまランチを作るとき用に買っておいたが、……ふっ、これが勝利の鍵か)


(ッ!? ま、まさかこれを使って――――)


 真宵が何かに気づいた瞬間であった、勇気は旗も一緒に棚から取り出して。


「俺はこの赤い旗をハズレに、白の旗をアタリに付ける」


(コイツッ、最後の選択で純粋に揺さぶりに来たッ!?)


「お前はどうする? 目印に付けるか? 別に付けなくても構わないぜ、だがな――俺は正直に付ける事を宣言する」


「ユーキ、アンタ…………」


 旗はルール外の、揺さぶりの為の行為だ。

 だが迂闊に同じ手を使うのは、逆手に取られる可能性がある。


(――――でも、これで分かるかもしれない)


(これで気づいてくれる……と良いなあ、ま、ダメだったら俺の理解はそこまでって事で)


(普通なら赤と白の一種類づつを渡す、けどアタシの読みが正しければ四つ、そう四つ渡す筈)


(………………俺は、真宵を信じてる。だから)


 故に、彼女はそっけなく頷いて。


「…………乗った、寄越しなさいよソレ」


「ほらよ」


 己が渡された旗を、そして彼が手に取った旗を直ぐに確認する。

 無造作に掴んで渡している様にも見えた、だが渡された旗は正確に四つ。

 お互いに赤青、それぞれ二つづつだ。


(やっぱり、そういうコトなのね)

 

(素直に受け取ってくれたか、信じて良いんだな真宵。いやそうじゃないんだ。俺は、……俺自身を信じるべきなんだ)


 真宵はそれを大切そうに持つと、穏やかな表情て頷いた。

 勇気もまた落ち着いた顔で頷き、共に己の席へ戻った。


(俺は旗を素直に使うと言った、だからそれをウソだと読みとればアイツは逆を選ぶだろう)


(実際に選ぶのは二つ、じゃあなんでコイツは四つ渡したのか。――それはつまり、同じ色を二つ選ぶ可能性があるってコト)


(当然、コイツは俺がハズレの赤を二つ選ぶ可能性に気づいている)


(アイツの場に二つの赤の旗が出てくる可能性がある、そして当然、アタシも対抗して赤の旗を付けるコトも予想している筈)


 可能性は他にもある。


(赤二つを第一候補として、真宵には赤白を普通に使う選択肢だってある)


(それだけじゃないわ、旗を使わない、つまり梯子外しをするケースだって存在する)


(ならば答えを絞るにはどうするか、それは気づくことだ)


(まったく……やるわねユーキ、この土壇場で全てを変えるなんて)


 お互いに指摘しない、言葉にしない。

 相手への信頼だけがそこにはあった、もはやこれは死と婚約破棄を賭けた勝負ではない。


(――どう利用してもいい、だから誤解せずに伝わってくれっ)


(イカサマ防止を利用したブラフ、でも本質はそこじゃないわ)


(これはメッセージだ、……出来れば、真宵も同じであって欲しい)


(信じていいのね? これが純粋な気持ちだって、この結末が最良で、一番二人で幸せになれるって、アンタもそう答えてくれるのよね?)


 旗を突き刺す手が震えそうだ、否、二人とも震えている。

 勇気は歯を食いしばりながら、必死になって旗を刺して。

 真宵は深呼吸を繰り返し、唇を噛みながら旗を指す。


(もし俺の気持ちが伝わってるんならさ、なぁ真宵……俺はきっと素直になるよ)


(ねぇユーキ、アンタが裏切らなければ……、アタシだってきっと。少しぐらいは素直にアンタの手を取れるって、今はそう思えるの)


(だからお願いだっ)


(幻想でもいいの、神様お願い……今だけでもアタシ達は理解し合えてるって――――ッ)


 大きな深呼吸を静かに一度、勇気は両手にシュークリームが乗った皿を持ち振り返る。

 すると、それは彼女も同じで。


「――――ぁ」


 小さな声が漏れたのは、果たしてどちらだったか。

 勇気の視界に入った物、真宵のシュークリーム二つ。

 それに突き刺さる旗は。


(…………白が、二つ)


 心臓がドクンと、音をたてて跳ねた。

 

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