第36話 デッド・オア・婚約破棄(3/3)(最終話)
時を同じくして、真宵の目に飛び込んできたもの。
それは、白い旗が突き刺さったシュークリーム二つ。
(白が二つ……信じて、良いのよねユーキ)
彼女は祈るように目を閉じ、勇気もまた瞼を伏せた。
(気づいているか真宵、旗の色には意味があるんだ)
(……赤色は血、意味なんて今更言うまでもないわ。そして白、……降伏、和睦、白旗をあげる。こんなのはこじつけかもしれない)
(今まで色の話なんてした事ねぇ、だから察しろって方が無理だ。……けど、お前は俺を理解してくれてるって、だからお前も白を二つ選んでくれたんだって)
(確証なんて何にも無いわ、……でもアタシは信じたい。ユーキだってこの命懸けの争いを終わらせたいって、だってそうじゃなきゃ旗なんて使わないもの。そんなの無くたってブラフで惑わし誘導する事は出来る)
どうか、と。
だから、と。
とくんとくんと、心地よいとも取れる鼓動を心臓は鳴らす。
――お互いに黙ったまま動かない、口を開かない。
だってまだ、それは本心かどうかお互いに分からないから。
否である、不安なのだ信じる事が。
(もし、コイツが旗の裏を読んでハズレを入れていたら。もし、俺を心底嫌っていてこの二つの旗がブラフなら)
(ユーキがアタシと死ぬ気なら、或いは今後のイニシアチブを取る気なら、この二つの白旗は間違いなくブラフ)
(もし、旗の意味が伝わってなかったら。……いや、伝わる方がおかしいだろ。だって前に一度同じ手を使ってるとかならともかくさ、唐突過ぎる、言葉に出してない事が、行動で表してない事が、伝わるなんて都合がよすぎるんだよ)
(全てはアタシの妄想に過ぎないわ、――コイツが、ユーキが、……勇気が、アタシ達二人の同時勝利と同時反則負けっていう。どっちの勝利でも敗北でもない本当の引き分けを狙っているって)
勇気の狙いは、正に真宵の想像通りであった。
彼の勝利による心中。彼女の勝利により本当の婚約破棄。
どちらかが有利になる事のない、今後どうなるかも分からない真の引き分け。
(信じたい、コイツを、短い間だけど俺との仲を、もし絆と呼べるものが産まれているなら、もし、愛とか恋とか、そういうのが俺達の間に少しでも存在するのなら――)
(ねぇユーキ、アタシはこの都合の良い妄想を信じていいの? アンタを理解できてるって、ほんの僅かでも理解し合えてるって、…………本当に、信じてもいいの?)
勇気はゆっくりと目を開く、そこには同じように此方を見ている真宵が居て。
その時、ふと気づいた。
(俺は真宵を信じたい、……でもさ、俺はコイツに信じて貰えるようにしてきたか? いや、してないだろ)
(――――はぁ、バカねアタシ。僅かでも理解しあえてる? そんなの本当に妄想でしょ。今の今までコイツに理解して貰おうとしたコトがあったかしら?)
(ああ、そうだ。このまま最後まで勝負を進めればさ、それは今までと同じだ。……真宵を信じ、そして俺を信じて貰う、その為には待ってるだけじゃダメなんだ)
(なら、これが最後のチャンスね。……一言だけでもいいの、何か、何かないのアタシ?)
勇気と真宵はまっすぐに見つめ合いながら、ぐるぐると思考を回す。
(素直に旗を持ち出した理由を語る……通る、通る、通る……通るかこれ?? 信じて貰えるのか?)
(好きだって、愛してるって言ってみる? ――ダメ、ダメダメよ。だってアタシは最初に好意を理由にコイツに迫った。……今更、こんな言葉を本当だって分かって貰えるワケない。それに……まだ、本気で愛してるって言えないわ)
(いっそ素直に、全部チャラで無かったことに……は無理としてもせめて心中だけは無しにしようって。あ゛~~、いや無理だろそれ、この短期間でどれだけコイツと俺はやりあって来たんだよ。それ考えたら無理ゲー過ぎるでしょ、もっと他の、何か俺の気持ちが少しでも伝わるような何かを……)
(実は初恋だったから、暴走しちゃったの。――って、うん、ないわ。これもない。本当のコトだけど我ながらないわァ)
浮かんだ考えは即座に己自身で却下される、どうしてこんなになるまで自分達は争っていたのだろうか。
今までの行いにより、安易な言葉では信じても理解もされない。
――勇気がちらりと視線を下げる、するとそこには白い旗が見えた。
(…………成程? これしかないのか?? 確かに妙手かもしれないが、本当にこれで……いや、でも。真宵を信じると言うなら)
彼は無意識に拳を握りしめる、そしてその変化に気づかぬ真宵ではない。
(ッ!? こ、コイツ目の色を変えたッ!! いったい何をする気なの!? な、何か対抗策――――違う、そうじゃない、先ずは聞く、ユーキの言葉を聞くのよアタシ)
静かに深呼吸をひとつ、真宵は勇気の言葉を待って。
「――――俺は選ばないよ真宵、いや違うな、選ばない事を選ぶ。……俺に渡すシュークリーム、お前の好きな方をお前が選んでくれ」
「ユーキッ!? アンタそれって――…………」
言い募ろうとして、彼女は口を噤んだ。
まくし立てるより先に、考えなければいけない。
(え、何でコイツはアタシに選べなんて……)
戸惑う彼女に彼は続けた、極めて自然な口調を装い、でも震えた声で。
「俺はさ、受け入れる真宵。お前がどんな選択をしようとも。例えそれが別れでも、一緒に死ぬのでも、それとも他の選択でも、その選択がお前にとって、そして俺に、――いや、俺達にとって正しいんだって信じる」
「……」
この言葉に、真宵はどう返したら良いだろうか。
揺れる瞳に、それでもまっすぐ見つめる視線に、祈るように強く握られた手に。
今の彼女に、何ができるのだろう。
(もしこれが罠なら――、いいえ、どうしてこの言葉が罠になるのよ。だって明らかにアタシが有利だし、なら、もし、もしかして、本当に本心を語ってくれたのなら)
信じるべきだ。
それに彼は何と言ったか。
(それとも他の選択でも、確かにそう言ったわ。……それが正しいって信じるとも)
信じると勇気は真宵に託した、なら己もそれを信じて選ぶべきではないのか。
(…………どちらを選んでも結果は一緒、だから今すぐに渡せばいい。でも)
でも、でも、でも、とそれだけでは足りないと彼女の本能は訴えた。
何故ならば。
「アンタってバカね、手の施しようが無いぐらいバカじゃないの?」
「そうだな、だからこうなってるんだ」
「…………でもね、それはアタシも一緒。だからこっちも言いたいことがあるわ」
「聞かせてくれ真宵、俺はお前の言葉を聞きたいんだ」
そして彼女は告げた、己の正しいと思う選択を取った。
「それじゃあ不公平でしょ、だからアンタもアタシに渡すのを選びなさいよ。――アタシも、それがアンタにとって、アタシ達二人にとって正しい選択だって信じる」
「…………ありがとう真宵」
「お礼なんて言うんじゃないわよバカ、当たり前のコトよ」
微笑む勇気に、真宵は笑い返した。
彼が信じるというなら真宵もまた、信じ、信じると返す事こそ理解するという事。
その当然の行為が、意志の疎通が、初めて出来たきがして。
「じゃあ、お前にこっちを渡そう」
「ならアタシはこっち」
命がかかった勝負の最中とは思えないぐらい気楽に、まるで食べ物をシェアしあう恋人達の気安さでシュークリームを交換する。
「あむ、…………甘い、甘いな。これで俺の勝ちか?」
「奇遇ねユーキ、アタシが食べたのも甘いわよ」
「そうか奇遇だな、ならお互いにズルしていないか確認しよう」
「ええ、残りも食べましょ」
もう一度、二人はシュークリームを交換し合う。
そして。
「おいおい、これも甘いぞ真宵? お前さてはズルしてるな? それともハズレを入れ忘れたか?」
「そっくりそのまま返すわよ、アンタねぇどっちも甘かったんですけど? さては日和ったわね? ちゃぶ台の下にわさびが付いたティッシュが転がってる気がするんだけど??」
「そーかそーか、お前の方にもカラシが付いたティッシュが転がってる気がするんだが?」
「きっと見間違いでしょ」
「なら、お前のも見間違いだな」
勇気と真宵は、奇妙な安堵感と不思議な嬉しさを覚えながらシュークリームの後味を堪能した。
「…………で、どうするよ。俺もお前も勝った、でもどっちもハズレを入れてなくて反則負けだ」
「引き分けでいいでしょ、だからアンタの心中する権利も、アタシの婚約破棄する権利も、反則負けとの相殺でどっちも無し」
「………………本当に良いんだなそれで」
「アンタこそ、それで良いのね」
勝負は驚くほど穏やかに決着した、二人は勝負に勝ち、そして負けた。
ならば、と勇気はニヤっと笑う。
「婚約は続行、……けどな。俺はまだお前と別れて陰キャに戻る日を諦めてねぇから」
「婚約を続けるわ、でもアンタと別れてアイドルになるんだから」
真宵もまたニヤニヤと笑い、そして二人は同時に言った。
「「でも結婚はまだ早い!!」」
次の瞬間、彼らはぷはっと吹き出しゲラゲラ笑って。
お腹を抱えるぐらい笑いあった後、しっかり呼吸を整えて意気投合。
「だよなだよな、早すぎるよな実際さ、だから今すぐウチの親に電話して卒業まで待って貰うぜ」
「アタシも親に電話しとくわ、卒業までは待てって」
そうと決まれば善は急げ、勇気は早速スマホを取り出し。
その時だった、頬にふわりと柔らかい感触が一瞬。
慌てて真宵の方を向けば、少し頬を赤く染めた彼女が。
「こ、これからもヨロシクねッ、ユーキ!」
「お、おうっ!! 宜しくだぜ真宵っ!!」
勇気は己の声が上擦っていたのを感じたが、それ以上に胸に溢れる歓喜で踊り出しそうで。
二人の関係は変わらない、でも進んだこともあって。
これからも先もきっと、色々とあるだろうが。
真宵となら、一緒に乗り越えていけると。
勇気となら、共に歩いていけると。
二人は、心からそう思ったのだった。
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