第33話 今、そこにある(社会的な)死



 家への道のりを一歩一歩進む中、真宵の心は絶望感に溢れていた。

 それは血迷って勇気に復讐しようとした時のそれではない、むしろ逆。

 うっかり正気に帰ってしまったが故の、多大なる絶望感である。


(こ、このままだとアタシは笑い物として後世に伝えられてしまうッ!!)


 だってそうだ。

 どこの世界に、シュールストレミング缶を食べながらセックスして心中するカップルがいるのか。


(心中って見られるなら百歩譲ってまだマシだわ、けど…………)


 死後とはいえ、最悪の状況に震えてしまう。


(もし、もしよ? これが心中じゃなくて『食いしん坊バカップル、密室密閉窒息プレイという特殊環境下でシュールストレミング缶を食べ激臭にてショック死、警察は事故の線で操作を進めている』なんてコトになったらどうするのよッ!!)


 末代までの笑い者だ、もっとも死ぬわけだから真宵で末代なのだが。

 こんな珍事件、親戚中どころか学校全体、このネット社会では世界中に拡散されて。

 人類が続く限りの笑い話として、永遠に語り継がれる事は間違いない。


(それだけは絶対に阻止しなきゃダメよッ、で、でも――)


 本当にどうすれば良いのだろうか、もはや体を張っての誘惑は通用しそうにない。

 あまりに無力、今の真宵に打つ手は無い。

 本当にそうだろうか、例えばもうなりふり構わず警察へ。


(ダメ、それはそれで事情を話さなきゃいけないし。ならこんな珍事件、話題にならない方がおかしいでしょッ!!)


 今この場で出来ること、例えば泣いて縋れば勇気を悪者にしたてあげ逃れる事が出来るかもしれない。

 だが、勇気も同じ手を使ってきたら真宵の社会的死が確定するかもしれない。


(あ、争いは同じレベルでしか発生しない……、どっかで聞いた話だけど、まさかこういうコトだったなんて)


 認めよう、脇部勇気は強い。

 ライバル、否、立ちふさがる大きな壁で、そして真宵の好きな人で、許嫁で。


(アタシの、夫になるヒト…………、いや無いわ、こんなコトするヒトを夫とか無いわ。好きだけどない、ないわ……)


 いつかは素直に好きだと、愛してると言えるのかもしれない。

 でもそれは今じゃない、そして本心からの言葉じゃないと勇気には伝わらない、そんな確信だってある。


(こんな無様な死に方で終わりたくないッ、こんな負けっぱなしで死ぬなんてイヤッ!! でも……でもおおおおおおおおおおおおおおッ!!)


 踏み出す一歩一歩は重い、この道を歩き続ければ最悪の破滅が待っている。

 でも歩みを止めることは出来ない、死に向かって歩く事しか出来ない。


(し、死にたくないいいいいいいッ、アタシは死にたくないいいいいいいいいッ!!)


 こひゅー、こひゅー、と死にそうな顔で真宵は歩く。

 一方、勇気は晴れやかな顔で。


(――――死ぬには良い日だな)


 なんて悟ったような事を考えていた、だってそうだ。

 愛に殉じるなんていう最高の男のロマン、そして食事を愛する者として。


(ついにシュールストレミング缶を食べられるのか……へへっ、最後の食事がそれとか、ロマン溢れるぜ)


 先立つものとして、親や親戚、友人達に申し訳無い気持ちはある。

 だが、それで彼女が苦しみから解放されるなら。


(真宵……俺はお前にこの命を捧げるぜ、嗚呼、最高に男らしい終わり方を用意してくれてありがとうな)


 出会って一ヶ月も経ってない、初めて会った時はこんな可愛い女の子が許嫁なんて、と思った。

 その印象はすぐに、負けられないヘンテコ女に変わって。

 くだらない事で争う日々は楽しかった、彼女に惹かれていく自分がイヤじゃないって思った。


(世間からしてみればバカみたいな死に方かもしれねぇが……俺は満足だぜ)


 死んだ後に大馬鹿者として社会的にもう一度死ぬだろう、しかしそれは勇気にとって愛の証である。


(でも……叶うならさ、もう少し静かな恋愛したかったなぁ)


 未練はある、沢山ある、しかして終わりは目の前。


(そっかぁ……もーすぐ死ぬのか俺…………)


(もうすぐ死んじゃうのねアタシ……よよよ、なんて可愛そうななの悲劇の美少女なのッ)


(ああ、シュークリームも食べるんだったか。うーん、太志と一緒にロシアンルーレットをしたのが懐かしい)


(…………最後に食べるのをシュークリームに出来ないかしら。シュールストレミング缶がいくら珍味だからってアタシの口に合うか分かんないし。ならせめて最後に甘みを)


 じゅるり、真宵の気分はシュークリームになる。

 ふわふわで甘い、生クリームだけのものも、中にカスタードや季節のフルーツのクリームが入っているのも悪くない。


(ま、この前みたいに辛子とわさびは論外だけどね)


 その時であった、真宵は電流を流されたようにはっと前を向き。


(――――ロシアンルーレット!! そう、それよ!!)


 これを最後の賭けにしよう、勇気の思惑通りに死ぬか、それとも生き延びるか。

 いけるかもしれない、彼女の頭脳は猛烈に働き始める。


(どうにか理由を作り出さなきゃいけないわ、……いえ、そんなものは必要ないのかも)


 素直になれば良いのだ、最後なのかもしれないのだから。

 この賭けに負けたのなら、真宵は勇気に命を捧げても良い。

 もし勝ってしまったなら、その時は婚約破棄して関係をリセットするのも悪くない。


(尊厳ごと命を捨てるか、勝利してリセットするか、ええ、それで良いじゃない)


(――――コイツ、顔つきが変わったな。何を考えてる? 妙な闘志すら感じるが)


 許嫁の変化に勇気が疑問を持ったその時、とうとう家に、あのアパートの一室に着いてしまって。

 中に入るなり、真宵は大輪の花が咲いたような笑顔で言った。


「死ぬ前にさ、もう一度勝負をしましょうよ。方法はシュークリームのロシアンルーレット、アンタが勝ったらアンタの思うとおりに一緒に死ぬわ、アタシが勝ったらアンタは婚約破棄しなさい」


 その言葉に、勇気は目を丸くした。


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