第32話 絶対に見せてやらない(3/3)
「知られたくないから、俺が好きなフリをしてるんじゃねぇのか」
静かに響いた勇気の声は、真宵の胸に痛みを伴って突き刺さった。
確かに演じていた、フリだった。
でも、彼女が彼を好きなことは確かで。
でも、こういう言葉が出てくるのは仕方ないけれど。
でも、でも、締め付けられる苦しさが襲いかかる。
「…………そんな顔するならさ、もう止めようぜ」
「何を? この関係? 殺されたくないから? ――裏切り者の言葉は聞きたくない」
「あの日、確かに俺は許嫁の関係を解消しようと、お前以外とデートをしようとした、……お前以外とセックスしようって思った」
「アタシにはそれが許せない、許せないの、そうやって嫉妬するアタシ自身もッ!!」
「あの時、俺は最初からお前の変装を見破っていたよ。だから……ずっと一緒に居たし楽しかった。お前もそうじゃないのか?」
「そうよ!! だからダメなのよッ!! ――――嗚呼、なんでアンタがユーキなの? どうして、アンタはアンタなの? アンタがアンタじゃなければ、アタシは苦しまないのに…………」
それは熱に浮かされたような掠れた声で、矛盾に満ちた叫びだった。
「好き、……好きなのアンタが。でもね、アタシは素直になれないアタシが嫌だし、アンタが少しでも他の女とデートしようとした、その行動ですら許せない、ダメ、ダメよ、全部全部全部全部、アンタは許嫁なんだからアタシだけを見なきゃだめなの、でもでもでも、そんなアタシが一番イヤなの、アンタに心奪われていく心地よい瞬間が、アイドルという夢を諦めてアンタだけに愛される夢を見てしまう自分がイヤ、怖い、変化していくアタシ自身が、アンタを好きになっていくアタシが怖い、――それを、同じ熱量を求めてしまうアタシが嫌なのよ…………好き好き好き大好き愛してる、殺したいぐらいに憎いの」
「重くね??」
勇気は即座に返した、心からの一言だった。
すると真宵は涙目になって、彼を激しく揺さぶる。
「ほら重いって言ったァ!! そーゆー言葉が一番傷つくって思わないの!? ねぇねぇねぇ!! はははッ、笑いなさいよ、あざ笑いなさいよッ、恋に溺れた哀れな女をッ!! アンタに夢中な可愛い女の子が、許嫁がここにいるのよ!! さぁ喜んで抱きしめなさいよ!!」
「でも抱きしめたら、お前は俺の首を締めるんだろ??」
「そうよッ!! アンタはここでアタシと死ぬの!!」
「…………何だろ、一周回ってそんなお前ですら可愛いって思えてきたぞ」
「アタシが嫌なアタシまで可愛いって思うんじゃないッ!! 胸がきゅんきゅんして絶望するでしょうがッ!!」
本当に、どうしろと言うのだこれは。
矛盾を抱え自滅してしまいそうな真宵、もし本当に彼女が勇気を殺してしまえば。
それこそ彼女は、社会的にも精神的にも死んでしまう。
更に、アタシも死ぬと言ってる以上は彼女も死ぬ訳で。
「つまり、お前も俺も。素直にこの関係を受け入れて幸せなキスをしたらハッピーエンドじゃないのか?」
「それが出来たら、アンタは今アタシに首を絞められてないわ」
「――――分かった、俺も男だ。好きな女の子の望みは叶えてやりたい。でも条件がある」
「…………どういうコトよ」
真宵は非常に訝しげな視線を勇気に投げかけた、己の命が危ういこの状況で。
重い、とバッサリ評した彼女の気持ちを聞いた上で。
条件を出すという胆力、この男はどうしてそうなのだろうか。
(おっし通ったぁ!! 首の皮一枚繋がったぁ!! うわぁ……マジで今死ぬかと思ったというか一歩間違えればまだ即死の可能性残ってるとか無理ゲーだろこんなのぉ!!)
なんて事はない、彼としても精一杯で博打の足掻き。
しかして着地点なんて見えない、時間稼ぎにしかならない。
ならば、――進むのみ。
ゴールが死なら、先にビビった方の負けのチキンレースだ。
「お前と一緒に死ぬなら本望だ、本当ならイチャラブで老衰するのが良いが。お前の望みなら……俺はお前と一緒に死ぬ」
「…………あらそう、嬉しいだなんて少しも思ってないんだから」
「とはいえ若くして死ぬなら、やり残した事もある」
「それを叶えてから?」
警戒する真宵を前に、勇気は深呼吸を数度。
(切り替えろ、思いこめ、俺は――死ぬ、コイツと、真宵と一緒に死ぬ、それが唯一残った愛を伝える手段だ。だが…………俺の欲望を同時に叶えちゃいけいないルールはねぇ)
(ッ!? 気配が変わった!! 何を言い出す気なの!!)
(誰かに遺書を残す? 誰かに助けを求める? 違う、それは違う。俺がやりたいのは――――)
(殺す、今、問答無用で……、でもッ、一緒に死んでくれるって言ってるし、ああもうッ、全然分からないわよ!!)
勇気は己の首を締める真宵の手に、己の手をそっと重ねて。
「死ぬ前に、エロい事したい。それからシュールストレミング缶も食べたい」
「ちょっと??」
「だからさ、家に帰って部屋中を密閉してさ。エロい事しながらシュールストレミング缶を開封して、一緒に食べながら死のうぜ」
「………………??」
その瞬間、真宵の思考はフリーズした。
この男は何を言い出すのか、聞き間違いでは無いのか。
「えっと……、えっちなコトするのは良いわ。アンタも童貞のまま死にたくないでしょ、ええ、アタシも処女を卒業してから死ぬのも悪くないわ」
「だろう?」
「でもね、…………なんでシュールストレミング缶??」
「だって食べたいだろ、滅多に食べれない珍味だろう? ならさ、――死ぬ前に食べておくのが冥土の土産ってもんじゃん」
「なんでそうなるのよッ!? 絶対におかしいでしょッ!? は? 死にたくないならそう言いなさいよ!!」
歯を剥き出しに怒る真宵に、勇気は微笑んで。
「愛してる真宵、一緒に死のう。でもこれはお前の望みだから、妥協してシュールストレミング缶を食いながら一緒に死んでくれ」
「おかしいッ!! それはおかしいってッ!!」
「ウソなんかじゃない、――知ってるか? 死の直前に食べる物ってスッゲェ美味いらしいぜ? その為なら、それでお前と一緒に死ねるのなら…………俺は悔いは無い」
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ッ゛、どうしてそうなるのよおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
「さ、一緒に逝こう真宵……珍味とエロと死が俺たちに最高に幸せな終わりをくれるだろう」
「抱きしめるな囁くなッ、~~~~ッ、だからってお姫様抱っこするんじゃないッ!! どう考えても最低の死よそれぇッ!!」
「おっと、首を絞めるのにはまだ早いぞ。それにここなら直ぐに誰かに気づかれる。――心中には向かないぜ真宵、おっちょこちょいだなぁ」
止めれないのか、どうにか止めれないのか。
真宵はお姫様抱っこのまま必死に考える、今なら逃げられる、誰かに助けを求められる。
だが、それは。
(――――――あはッ、助けを求める?? そんなのあり得ないでしょ、今誰かに助けられるなんてコイツに負けるのと同じ)
最後の最後まで負ける、そんなのあってはならない。
故に抗う、己が己であるために。
死というゴールを華々しく飾る為に、最後に一矢報いる為に。
(今は逃げて先回りして缶詰を処分する、いえこれはダメだわ追いつかれるかもだしコイツも読んでる筈)
(初めての体験だ、セックスしながら珍味を食べて死ぬ。…………もしかするとシュールストレミングの激臭で死ねるんじゃないか? なら本望かもしれん)
(体ッ、誘惑して何とか!! で、でも今の暴走してるコイツにそんなの効果あるのッ!?)
(――――ふむ? エロい事しながら帰るってのはどうだ??)
ギロっと怪しげな光が勇気の目に灯る、それを敏感に察知した真宵はゴクリと唾を飲む。
これはダメだ、下手に時間稼ぎをすると状況が悪化する。
(こ、こここここ、こ、ここ、殺す? 今、ここで、殺す??)
「どうした? そんな愛情たっぷりで見つめて。ここで一緒に死ぬなんて臆病なこと言うなよ? それに学校のみんなに迷惑だろ、死ぬならせめて二人っきりで死のうぜ」
「ち、違うわよ、せっかくだから着替えてから帰りたいなって、そ、それから何か甘いものでもデザートに食べたいかなって、あはッ、あははははははッ」
「うーん、どうしよっかなぁ…………」
(お願いせめて制服に着替えさせてッ、どうせ脱ぐかもしれないけど着替えさせてぇ!! あと死ぬ前にシュークリーム、せめてシュークリーム、アタシの好物なのよ!!)
沈黙の一瞬。
真宵は、勇気が答えを出すまでの時間が永遠にも感じられた。
「あ、そういえばお前の為に昨日さ、シュークリーム買ってきたんだった。一緒に食おうぜ!」
(嬉しいけどッ、嬉しいけどォ!!)
「着替えは確かにそうだな、でも俺が着替えさせてやるよ。――お前を逃がしたくない、そうだな死ぬときまで一秒でも離したくない、勿論トイレの中でもだ。……愛してる真宵」
「あはッ、あははははははッ、あーーーー、ありがとーーーー(いやもうコレ無理じゃないッ!? これ阻止とか絶対無理ゲーでしょォ!?)」
真宵はもはや、乾いた声しか出てこない。
大人しく着替えを女子更衣室から持ち出すと、勇気と共に無人の教室で着替える。
そうして彼女は、売りに出される子牛のごとく暗鬱たる気持ちで手を引かれながら。
ぱっと見は仲睦まじいバカップルの様相で、家へ帰ることとなった。
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