第31話 絶対に見せてやらない(2/3)
単刀直入に言おう、真宵が気合いを入れて作った朝食は美味しかった。
コーンスープにトースト、カリカリに焼いたベーコンと半熟目玉焼き。
それから、バナナとイチゴが小さく切って入れてあるヨーグルト。
シンプルであるが、それが故に朝食に相応しく。
(いやフツーに美味かった、毎日食べても良いぐらいだ。コーンスープはインスタントだが、クルトンを追加して入れてるのが良いな)
ヨーグルトも買い置きはプレーン、具は真宵がチョイスし追加したもので。
どれも一手間加えて出されていたのが、勇気には好印象であった。
(これでなー……、人を殺せそうな目でさ、はい、あーん、ってしてこなきゃ素直に喜べたんだけどなぁ……)
勇気は通学路を遠い目をして歩きながら、朝食の味を反芻する。
隣には真宵が、彼の腕と自分の腕を絡ませ機嫌良さそうに歩いて。
(うんうん、反応悪くなかったじゃない。これなら胃袋も簡単に掴めそうね)
(ったくよぉ、何を考えてるんだコイツは……。やっぱ昨日のデートの事を何とかして話し合わないと)
(胃袋の次はお財布、同時並行で昨日失敗した誘惑も続けて身も心も社会的にも支配するのよ……ッ!! アタシなら出来るッ!!)
(けどその前に…………俺にはやらなきゃいけない事があるっ!!)
一見、いつも通りに見えるが実の所。
勇気は限界ギリギリだった、破裂寸前と言っても過言ではない。
(本当にぬかったぜ、いや、早めに気づけて良かったと言うべきか)
朝食の後の真宵は、更に危険度を増していて。
勇気が制服に着替えるのを手伝うのは勿論、不必要なまでに密着して激しいボディタッチを行う。
続いて、わざと目の前で着替えを行う上に。
(チクショウ!! なんで俺は素直に選んだっ、選んでしまったんだっ!!)
(ぷぷぷぷーー、意識してる、アタシのコトを意識してるわッ、ま、このアタシの生着替えを拝んだ上に、好みの下着まで選んじゃったらねぇ)
(黒っ!! なんかスケスケでアダルティな黒っ!! なんで持ってるんだよお前ぇ!! その上なぁっ、俺のエロ本全部お前の顔を張りやがってよぉ!! 何時から仕込んでたんだテメェ!!)
(苦労したわコイツのエロ本に、アタシの顔写真を貼り付けるの。まぁ思ったより数が少なかった上に、どれも同じぐらいのスタイルのAV女優? のヌード写真集だったから助かったけど。……これに気づいた時が見物だわッ、頑張って抜け出して徹夜して貼り付けた成果に驚くといいわッ!!)
そう、真宵は新たな精神攻撃を既に行っていたのだ。
己の性癖がバレる、今の勇気にとってはそれだけではなく。
(あああああああああっ、ったくよぉ!! コイツが来てから、俺、一回もオナニーしてねぇんだけどぉ!?)
つまる所、それであった。
然もあらん、勇気とて健全な高校生。
週に数度は自慰行為だってするし、ましてや一人暮らしならば色々出来るのではないかと期待していた節もある。
だが現実はどうか、不意打ちでアイドル級の美少女と同棲。
当然、健全な男子のそれなどリスクが高すぎて出来る訳が無く。
その上、此度の誘惑の連続である。
(――――休み時間、いや……どっかの授業でサボってでも俺はオナニーをする。幸いオカズはスマホでなんとかなる、後はコイツに気づかれずに、かつ後始末が簡単な場所で)
男のフィーバータイム、未だ目的の欠片も見せぬ真宵と戦う為には。
一度、発散して賢者になる必要があるのだ。
勇気は少しの使命感と、多大なワクワクを胸に秘め。
――そして、昼休み直前の体育の授業である。
(うーし、太志と春樹にはフォロー頼んだし。そしてファブリーズもゲットした…………、いざ行かん! 家庭科室へっ!! メシ作る所でそういう事はマジでしたくないけど、背に腹は代えられんっ!!)
幸いな事に、今日は家庭科室を使うクラスはどの学年にも無く。
また、家庭科の教師も出張研修で不在。
勇気は血走った目で、授業が始まり静まりかえった廊下を忍び足で進む。
(さてさて、ここは素直にツイッターで集めたエロ画像でも……いや待て、それは俺の趣味過ぎるな、朝のアイツの着替えとか思い出しちまう。――巨乳、アイツとは違う属性で攻めるべきか)
(なんかコソコソ企んでると思ったら……こんな時間に家庭科室? ッ!? ま、まさかアタシの行動が読まれてて、事前にお昼ご飯を作ろうってワケ!? そうはさせないわよッ)
(よしよし、誰にも気づかれなかったな。念のために後ろも…………うん、大丈夫だ)
(………………妙だわ、おかしい、変よ、ご飯のコトなら正々堂々暴走するってのに、どうして人目を気にしてるワケ??)
家庭科室の中に入った勇気を見届けると、真宵はこっそりと扉に鍵がかかっているのを確認。
それから地窓が開いているか確認し、その中の一つが開くのに気づくとほくそ笑んだ。
(確かめさせて貰うわ、アンタが何を企んでいるか……ええ、油断なんてしない)
見つからないように這い蹲って真宵は進む、そうして勇気の斜め後ろの調理台の裏に陣取ると。
スマホの自撮りカメラを使って、監視を始めた。
(…………何か調べてる? もぞもぞしてる? ちょっと息が荒いっていうか、右手だけが激しく動い――――~~~~ッ!? はッ!? えッ、えええええええええええええええええええええええッ!? な、何してるのユーキ!?)
その瞬間、真宵の顔はボッと赤くなった。
本当にナニをしているのか、余りにも予想外過ぎて冷静な思考が出来ない。
(うわ、うわぁ~~、え、男の子ってこんな風にスるワケ?? えぇ~~~~、わ、悪いことしちゃったわね、戻ろ、どう戻るわよ、流石にこれを邪魔す……………………うん?)
こてん、と首を傾げた。
何故に勇気は、わざわざ授業をサボってこんな所で自慰行為をしているのか。
(…………料理をどこか神聖視してる奴が、わざわざ家庭科室でオナニー? そんなまさか、でも現実にしてるってなると理由があるワケで。――理由? そう理由)
思い返せば、同棲を開始してからユーキは性的な素振りをほぼ見せなかった。
むしろ時折、我慢していた様にも今となっては思える。
ならばこれは。
(………………あはッ、あははははははははははッ、そうッ、そうなのユーキッ、アンタとうとう我慢出来なくなったのッ!!)
もしかすると、彼は早くもエロ本の仕込みに気づいたのかもしれない。
それに、誘惑だってはねのけた様に見えて。
(効果あった、アンタはアタシに欲情してたのねッ!!)
真宵の口元が歪に歪んだ、下腹からぐつぐつとした熱さが喉元へこみ上げ。
嗤いが堪えきれない、くつくつと鳴いてしまう。
今だ、今が攻め時だ。
――彼女はゆらりと立ち上がると、音を立てずに勇気の背後に立ち。
「いっけないんだーー、こんな所でサボってオナニーとか」
「~~~~~~~~~~~~~~っ!? ぁ!? ぇ!? っ!! ま、真宵っ!?」
「ほら隠さないの、手伝ってあげようか?」
「――――ぃ!? お、おまっ!? 離せっ、見るなマジでっ!? 頼むからっ!!」
「あら、止めちゃうの? せっかくお嫁さんが手伝ってあげようって言うのに……あ、もしかして――――本番の方が良かった?」
「お、お前っ!? 脱ぐんじゃない頼むからさぁ!!」
大声で叫びそうになるのを必死に堪え、勇気は咄嗟にズボンと履きつつ真宵を距離を取る。
だが彼女は、逃がすまいよ摺り寄って彼の股間を撫でる。
「男の子って、こーーんなに堅くなるのね」
「おおおおおおおおおおおっ、おっ、おっ、おっ、おまっ!?」
「ね、……えっちな女の子は嫌い? でもユーキの前だけよ、アンタの前だけなら、アタシはどんなに乱れたっていいし、どんなコトでもシてあげる」
「まままま不味い、不味いですってよ真宵、真宵さん? マジで俺、混乱してるからぁ!!」
授業をサボって、二人っきりの密室。
しかも体操着で、明らかに誘っていて。
――真宵の瞳、妖艶に輝いて。
(ま、不味いっ、これは不味いだろ!!)
オナニーの現場を見られた事ではない、そしてこのままセックスする事でもない。
(なんでコイツはっ、真宵がここにいるんだよっ!!)
見誤っていた、彼女の隠された本質というべき何かを。
そして何より、――悪意を。
(だっておかしいだろ、何でこの場に居るんだよ、それに昨日からずっと変だろ、なんでいきなり好き好き愛してるなんだよ、結婚する気なんて無かったじゃねぇかよ)
きっと昨晩、家に帰った時にはもう始まっていたのだ。
(コイツは俺を憎んでる、殺す以上の何かを以て復讐しようとしてる)
それは予測や推測でもなく、確信。
彼女の感情が憎悪でなければ、何故に勇気を愛するフリをするのか。
今の己に対して、一番効果的な復讐方法は何か。
(体を犠牲にして、ウソの好意で塗り固めて、――俺への憎悪を隠し通し、そして俺の大切な何かを全て奪うつもりか)
証拠などない、直感に近い何か。
けれど勇気には何より正しい、真実に思える。
喉がカラカラに乾いていくのを感じながら、勇気は問いかけた。
「なん、で……」
「何でって、夫の性欲を満たすのは妻の役目でしょ」
「違う」
「違うって、――アンタねぇ、何度もキスまでしてアタシを捨てる気?」
「違うんだ真宵、何で、何でお前は……俺を好きなフリをするんだ? どうして憎んでいるのに体を捧げようとする、どうして、どうしてそんな――――」
あはッ、と嗤い声が響いた。
どうして、何故、勇気のその言葉に真宵の表情が崩れる。
(何でアンタは、そう簡単にィ!!)
気づくのか、隠し通すと、気づかれずに復讐すると決めた矢先に。
どうして勇気という存在は、それに気づくのか。
敗北感と無力感、屈辱と怒りに震える真宵の手は自然と彼の喉に延び。
「ねぇ知りたい? 本当に知りたいの? 良いわ、なら――お・し・え・て・あ・げ・る」
熱く吐きかけられた真宵の吐息を、勇気は険しい顔で受け入れた。
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