第30話 絶対に見せてやらない(1/3)
公園で別れたとはいえ帰る場所は同じ、勇気は駅で着替えると戦々恐々としながら二人の部屋に帰り。
ドアノブを捻る直前、その手が止まった。
(ヤベェよ……絶対怒ってるよ……、つか原因は何だよ今日は一日すっげー楽しかったじゃん、アイツも楽しんでたじゃんかっ!!)
まだ泣いていたらどうしよう、とか。
激怒していたらどうしよう、とか。
知らなかったフリをするか、知らぬ存ぜぬで通せるのか、とか。
真宵が泣いた理由が分からない以上、迂闊な行動は出来ない。
(原因として一番大きいのは、アイツの下手な変装を俺が見破れなかった。気づかなかったと思いこんでる可能性だ)
つまり、彼女としては勇気が別人と楽しくデートしていたと思いこんでいる訳で。
(いやでも何で泣いて怒って…………、これはまさか)
まさか、あり得ないと確信するほど鈍くはない。
(…………少なからず、真宵も俺の事を)
となれば、勇気とて少しは気持ちが軽くなる。
勘違いにより、嫉妬しているのだ彼女は。
ならば、その誤解を解けば良いだけの話であり。
(両思いってなら、婚約破棄の話は変わってくるな。そのままで大丈夫な訳だし? アイツもノーとは言わない筈……? いやどーだろ、アイドルになる夢があるからな。やっぱ一度、俺は身を引いた方が良いのか)
ともあれ、話し合わなければ始まらない。
勇気は意を決してドアノブを捻り、すると。
「あッ、おかえり~~ッ! 今日ドコ行ってたの? 結構遅かったじゃん」
「あ、ああ」
「何そんな変な顔してるのよ、外寒かったでしょ。お風呂入れておいたわ。そ・れ・と・も……アタシ? なーんちゃってッ」
(テメェ誰だあああああああああああああ!?)
勇気を出迎えたのは真宵、そこまではいい、二人の部屋なのだから当たり前だ。
だが異様なのはその様子だった、ちょっと化粧が厚めで恐らくは泣き腫らした顔を隠す為だと思われるが。
「えっと……真宵? 真宵さん?」
「何? 突然さん付けだなんて水くさい。あ、もしかしてお腹減った? アンタ食いしん坊だもんね、さ、何時までも玄関でボーッと突っ立ってないでさ、靴脱いで上がりなさいよ。はい上着、片づけておくから」
「ありがとう……??(怖っ!? えぇ? 何コレっ!? 怖っ?? どうなってんだよコイツ!?)」
もはや勇気は首を傾げるばかりだ、どうしてこんなに明るく機嫌が良いフリをしているのだろう。
というか甲斐甲斐しい、もはや新妻のそれである。
彼がちゃぶ台の前に座ると、すぐに暖かいお茶が出てきて。
(っ!? 気持ち悪っ!? 今までこんなコト一回も無かっただろっ!? は? しかも何で俺の隣に座った? なんでこんな距離が近いの!?)
彼としてはホラー、天変地異でも起こったのだろうか。
だが、とにもかくにも会話しなくては始まらない。
家に入る前とは違う緊張感の中、勇気は恐る恐る口を開く。
「えっとだな、今日の事なんだが……」
「外でなんかあったの? それはご愁傷様ね、でもアタシは家で一人きりだったから……ちょっと寂しかったわ」
(っ!? こ、コイツ!? 今日のことを無かった事にしやがった!?)
(ふふん、こう言えばアンタはもう、今日のデートについてこれ以上言えなくなる)
その瞬間、勇気は気づいた。
既に彼女は、戦いの準備を終えている、と。
(なんでそうなってんだよおおおおおおおおっ!?)
(ふふッ、驚いてるわね。ええ、辛うじて顔には出てないけど、――ほら、体は強ばってる)
ぴとっ、と密着する真宵は勇気の肩に顔を置いて。
続いて腕を大切そうに絡める、その姿は熱愛中のカップルに見えたが。
彼としては、困惑と恐怖しかなく。
(絶対に……、絶対に許さないわユーキ。もう二度とアンタなんかにアタシの気持ちなんて理解させない)
それだけで済ますつもりなど、彼女には毛頭無い。
(奪ってやるわ、アンタが大切にしてるの全て。じわじわと気づかない内に……)
憎い、憎い、真宵という存在を乱す脇部勇気が憎い。
(アンタが好きそうな子を演じて上げる、だから――――偽りの愛に気づかぬままアホ面晒して老衰まで気づかずに死ね。その時まで苦しめて苦しめて苦しめて、いたぶりぬいて、あ・げ・る)
確かに彼女は笑顔の筈なのに、真横から感じる冷気で勇気の背中は凍えっぱなしだ。
「好き(嫌い)好き(嫌い)愛してる(大嫌い)」
(絶対ウソだああああああああああああああっ!? 好きってオマエっ!? 愛してるって目かそれっ!? 顔は笑ってるけど、それ憎しみの目だろっ!?)
なんだかんだで好きな女の子の表情ぐらい、読みとれる、読みとれてしまったのが勇気の運の尽き。
素直に騙されていたのなら、その言葉はどんなに幸福だっただろうか。
だが同時にそれは、地獄へ一直線に舗装されてる道路。
「ねぇ、アンタは言ってくれないの?」
「い、いやー。どっちかってーとさ、その急な態度の変化に付いていけないって言うか? 俺たちさ、婚約破棄しようとしてるじゃん。まだ諦めてないだろ?」
「うふふッ、気づいたのアタシ。――アンタが掛け替えのないとても大切な(憎い)存在だって」
「わ、わー。嬉しいなぁ…………(ニュアンスぅ!? 大切なって、なんか変なニュアンスだっただろっ!? 殺される? 俺、次の瞬間にも殺されるのかっ!?)」
怖い、ひらたすらに怖い。
ぶるぶると震える勇気に、真宵はうっとりとした表情でゆっくりと抱きつき。
右手で彼の胸にのの字を、つつーと指先で書く。
(し、心臓を狙われているっ!?)
(どーよ、美少女が色っぽく誘ってるのよ? 興奮してきたでしょう)
(うおおおおおおおおおっ、死ぬっ、このままだと殺されるっ!? 早く誤解を解いて……いや、その前にコイツを無力化するのが先だっ!!)
(さ、アタシを求めなさい。処女だってあげるわ、愛の言葉だって囁いてあげる。――でも心だけは絶対に理解させない、大好きって、愛してるって呪いの言葉で蝕まれていくのよアンタはッ!!)
狂気渦巻く気配、愛おしそうに、物欲しげに上目遣い、頬を赤く染め、呼吸の一つ一つが熱情を伴って。
(うおおおおおおおおおっ、なんかコイツ、むっちゃエロい!? けど同じくらい危険だって絶対っ!? でもマジでなんかエロいっ!! どういう事っ!?)
今の真宵を言い表すならば、禁断の果実。
一口囓れば破滅が待っている、危険な果実。
それが故に、勇気の脳は逆に冷製さを取り戻した。
(――そうか、誘惑して俺に押し倒させて。その隙をついて殺す気かっ!!)
(さぁ、アタシに溺れるのよッ!!)
(逆に言えば、俺がコイツの体に夢中になるまでは無事。――――逆転の隙はそこにある)
ごくり、唾を飲み込む。
それを真宵は、己の誘惑に負けた証だと捉え微笑んだ。
「ね、キス……大人のキスしてみない? モデルの話を受けるときにさ、アンタって大人のキスをしたいとか言ってたじゃん?」
「…………真宵がいいなら、したい。でも心の準備が必要だから、少し離れて、目を閉じて待っていてくれるか?」
「ええ、いいわよ。――ほら、何時でもどうぞ」
体を離し、瞼を閉じてキスを待つ真宵。
勇気はそれを険しい視線で一瞥すると、大きく深呼吸。
(これが最初で最後のチャンスだと心得ろ俺ぇっ!! 勝負は一瞬!! 気づかれたら終わりだっ!!)
(………………くッ、静まれアタシの心臓!! ドキドキなんてしてないんだからねッ、こんな形でも嬉しいなんて思ってないんだから絶対ッ!!)
(音をたてないように静かに……、そう静かに……、急いで準備だっ!!)
(ま、まだなの? まだなのヘタレっ、怖じ気付いてるんじゃないわよッ、乙女に恥をかかせるワケっ!? アタシがこんなに緊張してるってのにッ、とっとと大人のキスしに来なさいよ!!)
数十秒の後、とん、と真宵は正面から押され後ろに倒れる。
何事かと目を開けた瞬間、視界はぐるぐる回り。
「おおおおおおおおおおおおっ!! 真宵討ち取ったりぃっ!!」
「ふぇッ!? う、動けな――――って布団で簀巻きにされてるぅッ!?」
「フハハハハハハっ、お前がまだ激怒してて、俺を今すぐ殺そうと思ってるのは分かってる!! だから朝までそれで頭を冷やしてどうか、今日のことは謝るから命を狙うのだけは止めてくださいお願いします何なら慰謝料払うしお前が望むなら英雄兄さん達に専属モデルの話とかお願いするからマジで許してくださいお願いします!!」
「土下座してるうううううううううッ!? は? 命を狙う?? 誤解ッ、誤解よユーキ!? そんなコトなんてしないってばッ!!」
「うおっ、ま、まだ怒っていらっしゃる……、どうか、どうかその怒りを鎮めたまへ…………っ!!」
「だから誤解だって……って、耳栓つけるな電気消して寝ようとしないでお願いだからって、ああもうッ、どうしてこうなってるのよおおおおおおおおッ!?」
(どうか起きたら冷静になってますように……)
真宵は悔しがりながら、勇気は祈りながらぐっすり眠り。
そして次の朝である、彼は食欲のそそる匂いと共に起床して。
「………………んぁ?」
「あ、起きたわねネボスケ。早く顔を洗って来なさいな、朝ご飯冷めちゃうわよ」
「今日はお前が作る日だっけ?」
「アンタのお嫁さんになるんだから、これからはアタシが全部食事を作ろうと思って。お弁当だって作ったのよ?」
「えっ、マジでっ!? 何それ超嬉しいん、だ、け、ど――――――??」
パジャマに新妻エプロンという真宵の姿は、普通の状況であれば歓喜すべき状況であったが。
その奥の潜む狂気とも言える雰囲気を感じ取り、勇気は思わず硬直。
(いつの間に抜け出たっていうかっ!? 状況変わってねぇえええええええええええええ!?)
(覚悟しなさい、今日からもう――アンタには料理なんてさせないんだから!!)
危機が去っていないことに、酷く焦りを感じたのだった。
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