第29話 泥沼デート(3/3)



(いやマジでこれからどうしよう、正直良い雰囲気だし、というかこれは……連絡先交換して後日また会いましょうでも良いんじゃね? 俺が帰ると知ったらコイツも引き下がるだろ)


(くッ、チェックメイトには少し足りない。でも――この雰囲気ならホテルに誘える、そしてアイツの女装を指摘して…………ええ、若干横道に反れたけど当初の予定通りだわッ!!)


 さっきまでの和気藹々とした雰囲気は、いったい何処へ行ったのだろうか。

 仲良く夜の公園を、腕まで組んで歩いているというのに。

 二人の内面では、急に争いの気配が立ちこめて。


(いっその事、キスして驚いた後でまた縁があったらで逃げる。うーん、これか? これだな。でもどのタイミングでキスすれば良いんだ??)


(逃がさないわ、ホテルまで連れ込んでやるッ。丁度良いことに公園を抜けたら繁華街、その先にはラブホが何件かあるのは確認済みッ!!)


(今は宛もなく歩いてる訳だが、このまま公園を出たらラブホまで一直線、最悪のケースを考えたら……ここで勝負をかけるのが最良の選択っ!!)


(でも気をつけないと、今のユーキは百戦錬磨のビッチに等しい。ホテルに行くという事前の約束を上手く覆すかもしれない。――ここで一手、楔を打ち込んでおく。これしかないわ)


 仕掛けるなら今、奇しくも意見が一致した二人は自然な流れで公園中央の噴水の前まで来る。

 夜の噴水、ライトアップの効果により雰囲気はばっちりで。


(止まった、今だ、今なんだけど……、なんでコイツはぼんやり黙ったままなんだ?)


(…………けど、本当にそれで良いの?)


(いやこれはチャンス、絶好のチャンス……だと思うが…………)


(なんか、今日はこれでお終いでも良いって。……そう思うのよね)


 スタートはどうであれ、理由がどうであれ、今日は楽しかった。

 だから、この雰囲気の中でデートを終えたい。


(変な意地なんて張んなくても、今日はこれぐらいにしと――――いや待て、どーせコイツも俺が気づいてる事に気づいてるだろうし。ここは最後にキスするぐらいは許されるのでは??)


(うん、……うん、今日はとっても楽しかった。だから)


 だから、何故だろうか真宵の胸にチクリと走った痛みは。

 気づいた瞬間、彼女はそっと俯いて。


(なんでアタシ……男装なんてしてユーキとデートしてるの?)


 それはつまり。


(どうしてユーキは、アタシじゃない人とデートして楽しんでるの?)


 胸の引っかかりは、痛みはそれだ。

 男装、つまり真宵は別人になっている訳で、勇気はその見知らぬ誰かとこんなにも楽しんでいた訳で。


(素のアタシとは、デートしようなんて一言も無かったのに)


 何故、今、己はそんな事を考えているのか。

 真宵は、自分自身が分からなかった。


(他の女の子ならいいの? 他の男ならいいの? ――想像しただけでイライラしてくるわッ)


 あの屈託のない笑顔を、他の誰かに見せるのか。

 動物好きなんて知らなかった、一緒にいる事が楽しかった、心から楽しめたのに。


(なんでこんなに……苦しいのよッ!!)


 その瞬間であった、勇気は黙り込む真宵に痺れを切らして切り込む。


「――ね、マヨくん。今日はここでサヨナラしない? 私ね、貴男に本気になってしまったわ」


「………………ハ、ル?」


「ホテルに行く約束とか、反故にしてしまう形になるけれど。――――んっ」


「え?」


 真宵の唇に、勇気の唇が押し当てられた。


(い、ま……キス、キスされたの? キスしたのコイツ?)


「今日はこれで許して、連絡先交換して……またデートでもしましょう? 約束はその時に……、ね?」


 決まった、これで完璧と勇気が内心ガッツポーズをする中。


(――――嗚呼、嗚呼、嗚呼、なんで……なんでこんなにも嬉しいのに)


 己の頬を伝う熱い何かを、真宵は理解した。


(嬉しい、嬉しいの、今なら素直に思える、ユーキ……アンタにキスされて嬉しいって)


 言い換えてしまえば


(好き……好きなのユーキ)


 でも、でも、でも。


(でもアンタは、――――アタシ以外とキスして、どうしてそんなに嬉しそうなの?)


「…………マヨ? 何で泣いて」


 大粒の涙がこぼれる、胸にドロドロとした何かが渦巻く。

 憎悪、そう呼ぶのに相応しい怒りがふつふつと沸き上がってくる。


(何回もキスした癖に、ユーキはアタシと別れようとしてて、他の子とだって平気でキスして)


 どうして、どうして、どうして。


(――――――何でアタシじゃダメなの)


 ついに言葉にしてしまった、今まで見て見ぬフリをしていた感情に名前を付けてしまった。

 口にしてしまえば、考えてしまえば、思ってしまえば。


(アタシはきっと、大切な誰か、たった一人に想われたかっただけなのに)


 アイドルを夢見たのは嘘じゃない、人気者になってチヤホヤされたかったのも嘘じゃない。

 でも、その目標の根本は。


(アタシは誰かに愛されたかったんだ、ううん、違う、誰かを愛したかった、だから愛されようとした)


 その誰かが、ようやく見つかったのに。


(ユーキは、アタシを好きじゃない)


 絶望、そう呼ぶべき何かが真宵を襲う。

 彼女自身の行動が、そして勇気の行動が全て裏目に出てしまった事に気づかずに。


「あはッ、あはははははははははははははははッ!!」


「っ!? え? は? マヨ? なんでいきなり笑っ――――あがっ!?」


 バシッ、と乾いた音がひとつ。

 戸惑いの次に勇気へやってきたのは、頬をぶたれた衝撃だった。

 驚きに思考が止まった彼に、真宵は憎々しげな瞳で突き刺すように睨む。


「ねぇユーキ、アンタはアタシじゃない人でも平気でキスするのね」


 すると彼女は、大粒の涙を流したまま走り去って。

 残されるは、事態を飲み込めないままの勇気。


「――――………………は、はいっ!? ってちょっと真宵っ!? はぁっ!? ええぇっ!? な、何でそうなるんだよおおおおおおおおおおおっ!?」


 不味い、これは不味い、勇気は痛む頬を押さえながら激しい危機感に襲われたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る