第17話 女の子の手料理は男のロマン(前)



 男子高校生の夢、――それは可愛い彼女。

 男子高校生の夢、――それは彼女と同棲。

 男子高校生の夢、それは――――。


(くぅうううううううううっ、ハラショーっ!! まさか、まさか俺が可愛い女の子の手料理を食う時が来るなんて!!)


 感無量、そう表現する事しか出来ない。

 セーラー服の上から新妻エプロン(ピンクでフリル付き)装備で台所に立つ真宵、その後ろで勇気は男泣きをしていた。


(陰キャでも、……陰キャでもっ!! 夢は叶うっ!!)


 真宵が聞いていたら、このファッション陰キャがと吐き捨てられそうな事を思いながら。

 彼は己の幸せを堪能する、そうだ、これぐらいの役得があってしかるべきではないかと。


(我ながら冴えたアイディアだな、どうせ婚約破棄するんなら、それまで別れる布石を置きつつ堪能する。…………これで俺もいつかは、彼女? 昔は同棲してたんだけどな、とかイキれる!!)


(なんかバカな事を考えてる気がするわ……、ま、ぱぱっと作っちゃいましょ)


 パスタ用の寸胴鍋で茹でるための湯を沸かせつつ、真宵は手際よくベーコンを短冊状に切っていく。


(クリーム系のパスタ? いやそれよりも……結構なれた手つきだな、ま、俺には叶わない…………いや本当か? ぱっと見、かなり鮮やかな包丁さばきだぞ?)


 これだけは負けない、そう思っていた分野での思わぬ伏兵の出現。

 勇気はまじまじと彼女の料理を観察する、真宵はその視線を感じながら鼻歌交じりに調理を進め。


(ま、当然よねッ!! アイドルにはバラエティがつきもの!! ならば――料理の腕前だって必要だものッ!! 見るがいいわ……訓練に訓練を重ねた、パフォーマンス重視の調理スタイルをッ!!)


 なお、動きの美しさだけを重視しており味は普通である。

 だが食べてみなければ、そんな事は分からない。

 故に、勇気は戦慄と共に焦りを感じて。


(――――これは、不味い)


 冷や汗がひとつ、ごくりと喉が鳴る。

 血が沸き立つ、いてもたってもいられない。

 ああ、こんな日が来るとは思わなかった、校長との食戟でさえ。


(燃え上がるっ!! 俺の魂が今――メシを作れと叫んでいる!!)


 闘志、負けてなるものかと勇気は立ち上がる。

 己が間違っていた、可愛い女の子の手料理なんて男子高校生の夢じゃない。


(俺が……食わせる、美味いと言わせるッ!!)


(――ッ!? 雰囲気が変わった!! 何をする気なのユーキ!!)


 戦いの空気に真宵が反応する、だが調理の手は止められない。

 勇気は彼女の横に立ち、食材を用意し始める。


(アンタッ、アタシに作らせといて自分でも作ろうっての!! なら最初から自分で――)


 違う、彼女の本能が迷わず答えを出した。

 これは、彼の行動は。


(…………勝負を挑もうっての? そう、料理勝負、そういう事なのね)


(っ!? フライパンの火力を上げたっ、――受けるか真宵!!)


(くっ、片手に三個の卵を同時に割って、しかも殻が一つも入らないなんて!! 本気なのねユーキ!!)


(隣からニンニクを炒める良い匂いがするっ、やるな真宵っ!!)


 だが焦ることなかれ、この料理勝負は先に出来上がった方の勝利ではない。

 勿論、出来上がりの時間は重要だが――最後は味だ。

 それに。


(食パンをちぎり始めた……、何を作ろうっての? グラタン……、いえ違うわ、パスタに対抗できるパンで作る何か、くッ、レシピ情報と経験の差が段違いッ!)


(ふふふ、映えを重視したスタイルに特化していると見た。――だからこそ分からないだろう、俺がお前と同じ土俵で戦おうとしていない事をなっ!!)


(砂糖……砂糖!? そして冷凍庫を確信したッ! 見ているところは――ッ、ま、まさか!!)


(気付いたか、だがもう遅い――時短フレンチトースト・バニラアイスのトッピング付きは、ほぼ完成の域に達しているっ!!)


 そう、勇気が選んだジャンルはデザート。

 パスタという雰囲気を壊さず、食後に嬉しい一口サイズのフレンチトースト。

 

(見せてやるぜ、美味いデザートの食べ方ってやつをよぉ!!)


(やるわねユーキ、けどいいの? こっちはもう――完成するッ!!)


(見せてやろう、ホットサンドメーカーの威力というものをッ!! そして味わってやるぜテメェのパスタ!!)


(――料理のレシピは料理系ユーチューバーのそれにチョイ足し、何度も作ったアタシが最も自信のある一品ッ!! 盛りつけだって映えるのよオオオオオオオオオオオオオッ!!)


 そして、料理が完成する。

 真宵が作ったのは、ベーコンと三種のきのこのクリームチーズパスタ。


「アンタのはまだ出来てないようだけど、待っててあげようか?」


「まさか、出来立てが美味いんだ。今すぐ一緒に食おうぜ」


「…………ま、良いわ。フォークは頼んだわよ」


「おう、パスタの配膳は任せた」


 大層な物言いであるが、所詮は二人分。

 二人はちゃぶ台の対面にすわると、食事開始。

 いただきます、と楽しそうに言った後は早速。


「――――あ、フツーに美味い、いやマジで美味い」


「ふふん、どう? 中々やるでしょ」


「ああ、スゲェぜ!! ベーコンの旨味と塩見が、濃厚なクリームチーズソースとベストマッチして、……成程、きのこがもう一つの旨味でもあるんだなっ!! うめぇえええええええええ!!」


「いやアンタ、ちょっと大げさ過ぎじゃない?」


「は? いやお前これは素直に美味いって、マジ見直したわ、いつでも嫁にいけるし良い母親になるぜ真宵。――うーん、胡椒のアクセントが堪らねぇっ!! おかわりっ!!」


「はいはい、まだあるからセルフサービスでよろしくゥ、…………ん、やっぱ美味しいわ我ながら」


 女の子の手料理最高!! と手のひらグルッグルで喜び食べる勇気と。

 そんな彼の反応に満更でもない顔の真宵、二人は至極楽しそうにパスタを食べ。


「はぁ…………んで? アンタそういやデザートっぽいの作ってたわよね? はよはよ」


「ふふふ、ならばお見せしよう。――うおおおおおおおおおっ、卓上コンロ! ホットサンドメーカー(実は普通のフライパンでもいい)そして……トッピングのアイスと、一口フレンチトースト(焼く前)だ!!」


「おッ、出来立てがこのまま食べられるってワケねッ!! 褒めてつかわす!!」


「ふっ、賞賛の言葉は食ってからにしな……それじゃあコンロ点火ぁ!!」


 勇気はホットサンドメーカーの両面に、チューブのバターをどっさり投入、そしてフレンチトーストを投入し焼き始めた。



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