第18話 女の子の手料理は男のロマン(後)



 美味しいものは脂肪と糖で出来ている、とは誰の言葉であったか。

 真宵は甘く、そして香ばしい匂いに瞳を輝かせる。


(納得いったわ、冷蔵庫に何本もバターのチューブがあるのって、こーゆーコトに使うのね。ええ、コイツの料理が雑でも美味しいワケだわ)


 なにせ勇気の料理の基本は、美味しいものと美味しいものを組み合わせて、カロリーでブン殴ってくるスタイルだ。

 主に体重的な意味で怖いが、美味しくない筈が無い。


「――――ふっ、出来たぜ真宵!! アイスと一緒に食え!! メープルシロップと生クリームとチョコ味の生クリームも用意したぞ!!」


「最高ねユーキ!! 明日の体重が少し怖いっていうか正直カロリー取りすぎだから、運動量増やさなきゃだけど…………今日ばかりは食べさせてもらうわッ!!」


「食え、食え、たーんと食え……っ!!」


「――――…………美味ッ、しいッ!! んん~~ッ、これよこれッ、このバカみたな甘さが良いのよ!!」


「だろう? いやー、俺って料理美味くて困っちゃうなぁ」


「そうね、それだけは誇っていいわよアンタ。……はぁ、バターの香ばしさと塩気が、フレンチトーストの甘味を引き立たせる……そして、熱々のフレンチトーストで溶けるバニラアイス……これも、最・高ッ!!」


 ご満悦の真宵の姿、勇気も楽しげに頷きながら堪能する。


(今俺は……リア充の仲間入りをしている……、流石は俺、スペシャルな陰キャだぜ!!)


 だが、満腹になったら気付く事もある。

 足りない、そう足りないのだ。

 一つ欲望が叶ったら、もう一つ、更に一つと欲が出てくる。


(…………これは、チャレンジしてみる価値はあるよな)


 対面に座る、真宵の姿をじっくりと見る。

 リラックスして気を抜いている、ツインテールを揺らし穏やかに微笑んでいる。

 そして膝、慎ましやかな胸と違い。


(これだ、そう、――これこそが男の夢!! 否っ!! 全世界の陰キャの夢っ!!)


 即ち、膝枕。


(楽しい食後に、彼女の膝枕でイチャイチャ……してぇよなぁっ!!)


 だが彼女との関係は、表面上こそ許嫁ではあるが。

 その実体は、婚約破棄で争うライバル。

 しかし、勇気は知っている。


(コイツは……押しに弱い)


 なんかこう、それっぽい雰囲気に持ち込めば何でもしてくれそうな節がある。


(勿論、最後の一線は言い出さない。アイツも流石にそれは拒否する、むしろ……そこまで寸前まで追いつめると爆発する逆境に強いタイプだ)


 故に、慎重にならなければ。

 だが同時に思う、大胆に攻めないと叶わない、と。


「なぁ真宵、せっかくだからして欲しい事があるんだ」


「ストレートに来るのね、言うだけ言いなさいよ。今のアタシは機嫌がいいから聞くだけ聞いてあげる」


「そうか、なら……膝枕をしてくれ」


「あ、そんなコトで良いの? なら――――ん? はい? 膝枕?」


 快く受け入れようとした真宵であったが、その内容を認識して首を傾げる。


(あれ? 待って、雰囲気に流されそうになってないアタシッ!? というか何でコイツはそんなコト言い出すのよッ??)


(――かかった、そうだよな、お前は素直に流されない。そういう女だ)


(チッ、不味いわ先手を打たれた! 油断した、アタシの手料理を欲しがったのも膝枕への布石!!)


(だと思うじゃん? 実は何も考えてねぇんだよなぁ……)


(いやでも膝枕をダシにユーキは何を? これを婚約破棄の理由の一つに数える、あるいはその布石にする、けど……どうやって?)


 鋭く勇気を睨む真宵に、勇気はニマニマと余裕の態度。


(…………慣れると、こういう所も可愛く見えるから得だよなコイツ)


 だが、強いているなら恥ずかしがりながら膝枕して欲しいのが、男心というもの。

 次なる一手を、勇気は軽く投げる。


「未来はどうであれさ、今の俺達は許嫁だ。もしかしたら熱愛っぷりを見せないといけない時が来るかもしれない、だから膝枕で練習しないか?」


「本音は?」


「可愛い女の子に膝枕して欲しい、そしてお前は俺の頭を撫でてさ、俺はお前の綺麗な髪の匂いを嗅ぐんだ……男のロマンだろ!!」


「欲望全開じゃないのッ!? するかんなもんッ!!」


 立ち上がりムキーと拒絶する彼女、だがそれも折り込み済みだ。

 勇気は立ち上がって、ずんずんと真宵の前に片膝をつく。


「な、何よ……下手に出たってやんないんだか――ひゃうッ!? な、なななななな~~~~~~ッ、あ、アンタ今なにをしたのッ!?」


「お前の手の甲にキスをした、不満ならもう一度するが?」


「バカッ!! アンタとアタシはそういう仲じゃないでしょう!! うぅ~~、何笑ってんのよッ」


 たったこれだけの事なのに、気持ち悪がらず普通に照れる彼女がとても可愛い。


(いやなんでコイツと普通に出会わなかったのかね??)


 そうであれば、素直に。


(素直に……何を考えてるのかね俺は)


 散らかる思考を振り払って、勇気は真宵の目を見て言った。


「知ってるか? 手の甲へのキスは忠誠を意味するんだぜ? ――真宵、膝枕で俺の忠誠を買わないか?」


「~~~~ッ、ぁ、あ、あん、アンタはアアアアアアアアアア!! ばかッ、バカバカバカッ、だからそんあキザな台詞似合わないって言ってるでしょ!!」


「愛してるとか好きだって言わないだけマシだろ、欲しいか? そんな嘘っぱちの言葉」


「それは確かにイヤだけど、で、でも……」


 耳まで真っ赤にして視線を泳がせる真宵は、勇気が論点をズラしたのにも気付かない。

 だからこそ、次の言葉が刺さる。


「愛してるって囁かれるか、膝枕をするか、どっちかを選べ」


「ううッ……、そ、それは……」


 ちらちらと勇気を見ながら、彼女は俯く。

 ぐらりと心が傾く音が聞こえてきそうだ、だからこそのもう一押し。


「さぁ、選んでくれ真宵!! 俺はお前が寝るまで、いや寝ても愛してると囁き続けるぞ!! ん? それとも怖いのか? たかが膝枕で? ん? ん? それなら仕方ないなぁ、アイドルを目指そうってヤツがこんな事すら出来ないなんてなぁ!!」


「ああもうッ、やってやるわよ膝枕!! だからいい加減に口を閉じろアホッ!!」


「うっしゃああああああああ!! 俺の勝利いいいいいいいいい! さぁさぁ、正座しろよ真宵。あ、座布団は二枚にするか?」


「何だっていいから、とっととアタシの膝に来なさいばかぁ!」


 茹だった頭で正座し、ぽんぽんと己の太股を叩く真宵。

 勇気はウキウキでそこに頭を乗せると、彼女の手を握る。


「――――ああ、これが女の子の膝枕か」


「ばかじゃないの、アンタ、本当にばかじゃないの…………ううッ、恥ずかしい……」


 そう言いつつも彼の頭を撫で、己の髪の匂いを嗅がれるのを受け入れる真宵は。

 きっかり三分後、はたと気付いて。


(…………しまった乗せられたッ!! つーかこのバカはマジでコレしたいだけだったッ!!)


 婚約破棄で争っている事を逆手に取り、勇気が己の欲望を満たすためだけに仕掛けてきた事を確信する。

 それは同時に、真宵自身が勇気に迫られるのに弱いという弱点の判明と。

 婚約破棄するまで彼は、許嫁という関係を堪能する方向性に切り替えた、という事。


(卑怯なッ、なんて卑劣なヤツなのユーキ!! 負けない、アタシはアンタなんかに負けないわ!!)


 彼女は勇気の頭を優しくぽんぽんしながら考える、今日こそは負けたが。


(――次はこうはいかないわ、調子に乗るのも今のうちよッ)


 収穫があるとすれば、彼は今後も情熱的に迫るという攻撃をしてくる事が分かった事だろう。

 なら、真宵が勝つためには。


「とりまユーキ、明日からイチャイチャ攻撃禁止ね。破ったら料理禁止にするから」


「っ!? ま、マジでっ!? そ、そんな~~っ、折角青春カップルっぽい事が出来ると思ったのにっ!! お前は陰キャの夢を否定すんのか!!」


「その前にアンタは全国の陰キャに謝れ?」


「うーん、リア充になってごめん!! ところでさ今俺は、お前の為のアイドル衣装を作ってるんだが……着るか? いやまぁ、完成まであと数日かかるんだが」


「は?」


 許嫁からの思わぬ言葉に、真宵はフリーズしたのであった。


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