第26話 もう一度キスしたい(後)



(ど、どういうコトおおおおおおおおッ!? あ、アタシとキスしたいって、コイツがッ!? は? はッ!? 何、幻聴? 何かの間違いよね!?)


 一気に混乱に陥った真宵は、おずおすと聞き返す。


「お昼はキスの天ぷらが良いって話?」


「いや、お前の唇にキスしたい」


「キスねぇ……、ああ、チョコレートにそんな名前のがあったっけ?」


「誤魔化すなら、答えを待たずにキスするぞ?」


(本気だよコイツッ!? いったいどんな心境の変化だってのよおおおおおおおおおおッ!?)


 聞き間違いだと信じたかった、でもそうじゃなかった。

 であるならば、何が目的なのか。

 まさか本当に真宵が好きだと言うのだろうか、目の前の男は。


(おおおおおおおッ、おッ!! 落ち着くのよアタシ!! ひっひっふー、ひっひふー、素数は仲良しの数字!! このファッション陰キャが、謎の行動力を持つヘンタイが!! まさか雰囲気に流されて告白とかマジでアタシと結婚しようなんてあり得ないッ!! ――――罠、つまりこれは罠よッ)


 こんな所で仕掛けてくるとは油断ならない奴、と真宵は勇気を睨む。

 彼からしてみれば、そのまさかであり睨まれるなんて予想外。


(ほわっ!? に、睨んできたぞ!? こ、これはどういう反応なんだ、恥ずかしがってる感じじゃないし、けど生理的にイヤって感じでも…………、ま、まて、俺が勘違いしてるだけで生理的にイヤとかだったら…………??)


(アタシとキスしようとするなんて、……いったい何を企んでいるワケ。断ればこの仕事に影響が出るかもしれない、けど前みたいに青春を堪能って感じでもない、――イエスって言わせる? 何のために)


(ここはズバっと聞くべきか、いやでもガッついてる男とか思われたくないし……、で、でもだ、マジに断られるとか考えたくも無いんだが??)


(……深く考えすぎ、ええ、その可能性はあるわね。単に仕事に影響しないようにラブラブ許嫁同士を演出する一貫なのかもだし、でも最悪の場合、このキスを理由に婚約破棄を言わせてくる、それを忘れちゃいけないわ)


 手に汗握って返答を待つ勇気、ジト目でじろじろ観察し始める真宵。

 数秒後、彼女は澄ました顔で。


「不本意だけど何回もキスしちゃってるしね、今更回数が増えても変わらないわ」


「それはイエスって事か?」


「強引にキスする気合いの無い男には分からない?」


(どどどどどどどどーーーーするよ俺ええええええええ!?)


(え、何で固まったワケ!? やっぱり罠ッ、これはアタシにキスされ――――はッ、そうか! アタシにキスさせてそれからイヤな顔をする! そうする事でアタシにユーキを最低と思わせて婚約破棄を言わせるッ、な、なんて完璧な罠なの!?)


 これはイエスなのか、それとも拒絶なのか迷う勇気。

 そして真宵は警戒心バリバリで、鋭く睨み構える。


(ええいっ、男は度胸! キスしてそれから……ああもうっ、後のことは後で考える!!)


(動いたッ、ならやり返すのみよッ、キスして嫌な顔……え、ええ、出来ますともッ、これまでコイツをキスした全部良かったとかそんなコト思ってないんだから出来る筈よッ!!)


(いいよな、いいんだよな、――ッ、頬に手を添えても抵抗しない、これはオッケーな筈!!)


(く、来るの、本当にもう一度キスしちゃうの? これで良いの??)


 二人の体が緊張で強ばった瞬間であった、横からニヤニヤと音が聞こえてきそうな視線が。

 思わず中断してそちらを向くと、今回の話の出所である従兄弟がいた。


「ごめん、お邪魔だったね。いやー、仲が良くて何よりだよっ!」


「……英雄兄さん、い、いや何も邪魔じゃねぇよ」


「そうッ、そうです英雄さん! ……所で、何のようでここに……」


「いやいや、話持ってきたのは僕だし。フィリアにも様子見てくれって言われてね」


 にこやかに話す英雄に、勇気も真宵もどこかほっとした様に向き合う。


「既に聞いたかもだけど、そのペアリングはプレゼントなんだ。そのまま持ち帰ってほしい、それでバイト代だけどそれぞれの口座に振り込んでおいたから後で確認してね」


「ありがとう英雄兄さん」


「今回の話、感謝してるわ英雄さん」


「うんうん、フィリアに頼み込んだ甲斐はあったみたいだね」


 満足そうな英雄に、二人は顔を見合わせる。

 その言い方だと、彼が全てを仕組んだ様に思えるが。


「ちょっと英雄兄さん? どういう事だ? 無理して俺達をねじ込んだって事?」


「それは少し違う、フィリアの所にモデルが見つからないって話が来たときに居合わせてさ。丁度良いでしょ、勇気はこの手の経験が一応あるし、真宵ちゃんはアイドル志望だし。それにさ、――二人とも素直に結婚する気なんて無かったでしょ」


「っ!?」「ッ!!」


 さらりと出された言葉に、二人は目を見開いた。

 もしかして、もしかすると、全部お見通しだったのだろうか。

 その表情を読みとったのか、彼は苦笑して。


「真宵ちゃんの方は知らないけどね、ウチの方は全員に筒抜けだったよ。もちろん、相性が良さそうだなって思ったから進めたワケだけど」


「ちょっと英雄兄さんっ!? は? え? ちょっとおおおおおおおおお!?」


「ッ!? あ、アタシの演技が筒抜けッ!? え、ええええええええッ!?」


「あー……ごめん、僕らが気づいたコトに気づいてたと思ってた。だって二人とも素直に同棲してるし、学校の話を聞いてもラブラブって感じだし、あ、霞ヶ浦センセって元気? 担任なんでしょ? 僕らの時は数学を…………って、大丈夫? なんか変な顔してるけど」


 心配そうな英雄に、二人はそれどころではない。

 今の今までの二人の争いは何だったのか、少し素直に拒否れば婚約破棄は通っていたかもしれないのに。

 とはいえ、それが出来なかったから今であるのだが。

 複雑な心境には変わりなく、しかしてこれはチャンスなのではないか。


(――――今、恥を忍んで英雄兄さんに婚約破棄を言い出せばっ!!)


(通るわ、この生活を終わらせられるっ!!)


「あ、そうそう。はい、結婚届だよっ! 書いておいてくれって君たちのご両親から頼まれてるんだ」


「はっ!? なんでだよ英雄兄さん!? 分かってるんだろう!?」


「そうですよ!? 何でッ!?」


「お見合い結婚から始まる恋もロマンじゃん、って感じで意見は統一してるし。出会った直後から息ピッタリだから絶対に恋に落ちるでしょって」


 そして従兄弟は続けた。


「多分、君たちの行動次第によっては今からでも婚約破棄できると思うけどさ。同時に手遅れスレスレだってコトも頭に入れて欲しい。ま、単にイヤだって言っても今はマリッジブルーでスルーされちゃうと思うから、理由はちゃんと考えるコトだよ」


 つまり、婚約期間を延ばし結婚を先延ばしにする。

 或いは、今すぐ婚約破棄する事も可能だという事。

 しかしそれは、マリッジブルーで片づけられない強固で協力な理由が必要で。


「…………どんな結論でもさ、僕はそれを尊重するし。何なら協力だってするさ、納得のいってない結婚とか恋愛とか、絶対にダメだからね。――――二人の幸せな姿を僕は見たいな。じゃあ、時間は少ないと思うけど、……じっくりゆっくり考えてね」


 また会おう、そう言って英雄は立ち去った。

 二人は着替えさせられ、どうにか取り繕った顔でスタッフに挨拶して結婚式場を後に。

 そして帰宅した後は、一言も話さずにいたのであった。


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