第25話 もう一度キスしたい(前)



「はい次のポーズ取ってぇ! そこで止まる斜め四十五度の角度で世界で自分が美しいと自己陶酔せよ!! ん~~、もっと色気を出して!! 今夜が初夜! そんな感じで!! それはそれとして古女房感も大切にっ!! んんんっ、マーベラスうううう!! 」


(こ、これで良いのか本当に!? 結婚式場のモデルっていうより何か百合っぽいグラビア撮影って感じがするんだが??)


(モデルの仕事って、思った以上にに大変……というかやっぱこの人が個性的すぎて気疲れするッ、え、こんな人ばっかなの…………??)


 時に教会風の部屋で、時に大きな窓が連なる廊下で、はたまた神社を境内ごと再現したホールで。

 お色直しを繰り返しながら、撮影は進んでいく。


(…………しっかし、こうして見ると可愛いなコイツ)


 ウェディングドレスといっても様々だ、肩やデコルテを大きく出したタイプやら、スカートにフレームを入れて童話のお姫様の様なタイプやら。

 女装が趣味ではなく、勿論のことウェディングドレスに疎い勇気には新鮮な世界だ。

 マーメイドラインで肩や胸元がレースで覆われて、スカートが超ロングなのが流行と聞かされたが。


(真宵が超似合ってるというか、……いやダメだろこれ、ラブホの時とは違う意味で俺の精神がヤバイ!?)


 彼が体格や喉仏を隠すように色物系を着せられているのに対し。

 真宵が着させられているのは、正に正統派というか流行のデザインというか。

 純白の花嫁、幸せな花嫁、そういう表現がピッタリくる似合い具合で。


(演技だって分かってるけどさぁ!! いや破壊力高すぎだろう!? は? コイツ俺に惚れてるの? 絶対に惚れてるだろ? これで惚れてないとか嘘だろ? 俺と結婚出来て幸せみたいな顔してるんだけど!?)


(うーん、流石アタシッ! こんな事もあろうかと表情やポーズの練習を欠かさなかった甲斐はあったわねッ!!)


 思わず浮かれ気味の彼に対し、あくまでモデルとしての意識を優先。

 とはいえ、同じく隣でウェディングドレスを着る勇気に思う所がない訳ではなくて。


(ええぇ……なんでユーキはこんなに似合ってるワケ? 化粧もアタシより少なかったワケだし、妙にポーズが様になってるし、というか可愛し、愛する人との結婚が嬉しくて堪らない乙女って感じ)


 特に白無垢を来た時など、大和撫子という表現がしっくりくる度合いであり。

 思わず真宵も、本当は女なのではないかと首を傾げる始末。


(守ってあげたくなるような、庇護欲っていうの? 昔人気だったってのも頷けるわね……、これは協力なライバルだわ。――――変なの。いつもの格好の時はさ、偶に、そうよ本当に偶にだけど……、男らしく見えるのに)


 でも今は、こんなにも抱きしめたい気持ちが沸き上がっている。


(くそっ、勘違いしちまうだろ……、このままコイツと結婚しても良いとかさ)


(アタシはコイツと別れるの、だからこんな気持ち……勘違いなんだから)


 チラチラと見てしまう、目と目があったら赤くなって視線を反らしてしまう。

 そんな時だった、カメラマンは唸って。


「次で最後だけどさぁ……なーんか違うんだよね、あと少し何か足りないっていうかさぁ。なんつーの? ラブラブ感? マジで結婚しますぅ! って勢いが足りない??」


 彼は一分ほど考え込んだ後、近くのスタッフを呼び。


「そういえば、この子達にバイト代以外にもあげるって言ってたよな。例のアレ、試作品だけどサイズピッタリだからって、そうそう、来月から式場利用特典としてプレゼントするペアリング、今すぐ持ってきて、イエス、箱ごと、そうそう」


「…………嫌な予感がするぞ? おいどうする真宵」


「アタシも同意見だけどさぁ、流石に逃げられないでしょお仕事なんだもん」


「はーい話が決まった所でぇ!! ユーキくんは待望のお婿さんの服装へチェンジ!! さ、急いだ急いだ!! 全ては君にかかってるぞぉ!! フゥ~~~傑作が撮れる予感が沸いてきたぁあああああ!!」


「はい? え? 俺ですかっ!?」


「いってらっしゃいユーキ、頑張ってねぇ~~」


 助かったと安堵する真宵に見送られ、勇気は手早く着替える羽目に。

 それが男物で良かったと思うべきか、それとも嫌な予感に震えるべきか。

 ともあれ十分後、白いウェディングタキシードに着替え終わった勇気は小さな箱を手渡され。


「えっと、これで俺は何を……?」


「そんなの決まってるぜぇ幸せボーイ!! 神父役も呼んでさ、そこに花嫁がいて、指輪もある。なら――――今ここで愛の告白と指輪交換とキスだ!! 予行練習って思え、だけど本番のつもりで愛情たっぷりロマンス爆発で頼む!! そう!! 写真には感情が必要だ!! パンフのモデルとして作られた感情じゃなく、本物の!! 愛情が必要なんだ!! さ、思う存分に愛を叫んでくれぇ!!」


 と、鼻息荒くカメラを構える濃い男。

 勇気は思わず真宵を見る、彼女は深呼吸を一度ゆっくり瞳を閉じて。


(はい来たー、予想通りこの展開が来たわ。ユーキが着替える間だに覚悟はしてたもん、……大丈夫、大丈夫、アタシは勘違いしない、でも今だけはユーキが好きで好きで堪らない女の子、そうコイツのお嫁さんなんだから――――)


(っ!? か、覚悟を決めてる!? お、俺がコイツの覚悟を無駄にしちゃいけねぇ!!)


(…………何でだろう、少しだけ……心が軽くなった気がする)


(――――――――よし、行くぞ)


 見つめ合う勇気と真宵、ごくり、と唾を飲む音が聞こえた。

 果たしてそれは己自身だったか、それとも目の前の真宵か、あるいは雰囲気に当てられたスタッフであったか。

 今の彼には判断する思考すらなく、ただ愛する花嫁を見つめる。


「……初めて会った時からさ、お前となら一緒に幸せになれるって、幸せにしたいって。どこか予感してたんだ」


「アタシも同じ、お見合いだったけどアンタならって……そう思ったの」


「出会ってから、一緒に暮らしてからも短い間だけど……真宵、お前に惚れてるって、どんどん好きになっていった」


「…………アタシも、ユーキが好き。こんな気持ち初めて」


「――――俺と結婚してください真宵さん、幸せにする、いいや違う……苦労かけるかもしれないけど、俺と一緒に幸せになってくれ」


「はいッ、……嬉しい!!」


 真宵の手を握り告白した勇気は、箱をポケットから出して開けて見せる。


「左手を出して」


「うん……、ふふッ、ぴったりね。じゃあアンタも」


「ああ、――――なんか、軽いのに重い。でも幸せな重みだ」


 なら次にする事は一つ、真宵は微笑むと静かに目を閉じる。

 勇気は彼女の顔を隠す白いレースのヴェールをゆっくりと上げ、顔を近づけながら瞼を閉じた。

 顔と顔が近づく、唇と唇との距離がゼロへと近づいていく。

 ――――ん、と小さな声を共に誓いの口づけは成った。


「………………、どうだった?」


「アタシに聞かないでよ、ばか……」


「フゥ~~~~~~~~~~~~!! 最高おおおおおおおおおおおおおおお!! バッチシ!! パーフェクト!! 感動したぁ、幸せな結婚式の象徴!! とくと納めたわ、最高傑作だああああああああああ!!」


 狂喜乱舞し踊り出すカメラマンに、他のスタッフも笑い集まってくる。

 お祭り騒ぎのノリで大勢でが写真の出来を確認する中、勇気は赤い顔を隠さずに真宵を見つめていた。

 どくん、どくん、心臓の鼓動が五月蠅い、きゅっと甘い痛みが胸にはしる。


(――――もし、もしコイツが)


 思ってしまう、己の気持ちが定まって行く。


(真宵が拒否しないなら、俺は……)


 悪くないと、この先の人生を二人で過ごす事を、彼女とそういう関係になるのを。

 望んでしまう、心の底から欲してしまう。


(雰囲気に流されてるのかもしれない、……それでもいいって、間違いじゃないって)


 確信してしまう、水池真宵こそ勇気が欲する女の子である、と。

 でも、肝心なのは彼女の気持ちだ。

 それを、確かめる為にも。


「なぁ真宵」


「どうしたの? そんな真剣な顔して……あ、もしかしてアタシともう一回キスしたいとか?」


「そうだ、――もう一回、もう一回だけ俺とキスしてくれ」


「ナルホドナルホド、ま、アンタにそんな度胸………………ッ!? は、はいッ!? 今なんて言ったのユーキ!?」


「キスしよう真宵……」


 茶化しただけだった、いつもの様に挑発しただけだった。

 けれど、勇気は真宵をまっすぐに見つめて。

 予想外の彼の態度に、彼女の胸はきゅんと柔らかで優しい痛みを伝えた。


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