第24話 童貞卒業しちゃいます?(後)
――あれは今から四年程前の事だった。
まだ勇気が普段から女装で過ごしていた頃、正確にはその終わり頃の話である。
『勇気! ボクと一緒に料理食べる系ユーチューバーになるブヒ!!』
『お、何それ面白そうじゃん! やるやる!!』
と太志の思いつきに二つ返事で返したのが運の尽き、それを聞きつけた従兄弟の英雄が。
『機材は僕に任せろっ! そーしーてーっ、勇気にはこのアイドルっぽい衣装をプレゼントだ!!』
『機材はともかく、なんでこんな服持ってるの英雄兄ちゃん』
『…………君も、いつかは自分の行いに気づくだろう。ああ、そうさ、決して、決してだよ、昔やらかしたから君もやらかした方が面白いよねって思ってないから』
『良く分からないんだけど英雄兄ちゃん?』
今の勇気には、従兄弟殿の言葉の意味が良く理解できる。
後で聞いた話だが、かの親愛なる従兄弟も女装で失敗した過去があり。
そして高校在学中もやらかした、と聞き及んでいる。
『まぁいいや、――いくぞ太志! 俺達はユーチューバーになって美味いもん食いまくるんだ!!』
『そうだデブよ!! 料理の腕も磨くデブ!!』
思えば、ここらで挫折しておけば良かったのだ。
料理食べる系ユーチューバー、デブ&ゆうは何故かバズり。
テレビ出演こそ無かったが、何故か勇気だけユーチューバーアイドル的にデビューする事に。
「――――それが俺、料理食べる系ユーチューバーアイドル・ゆうちゃんだっ!! 分かるかお前にっ!! この黒歴史が!! うっかりCDデビューしてオリコン15位まで行ったんだぞ!? お陰でうかうか町を歩けなくなるしっ、いやそれで女装のおかしさに気づけたのは良いけどさぁ!! 絶対、英雄兄さんは俺を、ゆうちゃんを復活させようとしているんだ!!」
えぐえぐと涙を流しながら辛そうに語る勇気に、真宵の視線は冷え冷えと。
そしてその顔面は、般若の如く。
(――――は? 今コイツ、何て言ったの??)
人間、怒りが頂点を越えると一周回って冷静になるものか、と。
憎しみで人を殺せたら、と。
なんで、なんで、なんで、なんで。
(なんで女装したユーキに、可愛さで負けてるのアタシ??)
認めたくない、非常に認めたくない、――だが本能は理解してしまう。
アイドルを目指すために磨いた審美眼が、嘘偽りない分析結果を出力する。
(着替えの時とかさ、やっぱこうして暮らしてると見えちゃうワケよ、裸とか、色々と……ね?)
見て見ぬフリをしていた、勇気のその肌の白さ。
少し高い声を出せば、女の子と間違えそうな声質。
腕の細さ、腰の細さ、臀部の細さ。
(アタシは負けてる――女の子の美しさ、という点で素のコイツに負けている…………ッ!!)
しかも、しかもだ。
真宵の夢の場所を手に入れておいて、あっさり手放している。
(許せない……、ああ、そう、許せるかってのよ)
「え、えーと……真宵? ちょっと顔が怖いっていうかさ、俺の顔を掴んでる手とか爪立ててて超怖いっていうか……」
「うふッ、あははははははははははッ、好き好きッ、愛してるわユーキッ!! 嗚呼ッ、嗚呼ッ、嗚呼~~~~~~~~ッ、その綺麗な顔を滅茶苦茶に引き裂きたいぐらい愛してるッ!!」
「怖っ!? 目ぇ怖っ!? 女の子がしちゃいけない顔してっぞテメェっ!? 唇噛み切れて血が出てるし、瞳孔開きっぱなしだし、愛してるっていうかそれ憎しみの裏返しみたいなアレだよなっ!?」
「そーおぉ? ユーキにはアタシに恨まれてるって自覚があるの? 悲しいわぁ、ホント、その目を抉りだして喉を潰したいぐらい悲しいわぁ……ッ!!」
ヤバい、これはヤバい、勇気は遅まきながら真宵の弱点を的確に抉った事に気がついた。
(うおおおおおおおおおおっ!? どうすりゃいいんだコレ!? モデルの話云々の前に命がピンチで危険っ!!)
(殺す、殺す、殺す、――コイツはアタシの目の前に存在してはいけない生き物だ)
(呼吸一つが怖いっ!? なんか波紋とか炎の呼吸とか使えそうな気配してるううううううう!?)
(嗚呼、殺意がこんなに気持ち良いなんて――初めてよッ)
生き延びる道は何処か、瞳を殺意で爛々に輝かせるオタサーの姫系美少女を前に生き延びる術はあるのか。
勇気は決意した、そうだ妥協しよう、と。
「わかった、落ち着け真宵」
「アタシは今、人生で一番落ち着いているわよ?」
「頼むから爪をたてるな、顔面剥がさせそうで怖い」
「だって剥がそうと思ってるもの」
「…………話をしよう」
「今してるわよ?」
「モデルの件、受けるって伝えとくから、俺も今回ばかりは女装を受け入れるから、な? 落ち着けって」
次の瞬間、真宵はにこりと嗤う。
艶やかに、憎しみという大輪の花を表情に浮かべて。
「アタシをもっと惨めにさせるのね、アンタは……」
「ち、ちがっ! 違うっ!? 俺、俺はただ――」
「うふふふふふふふッ、あはははははははははッ、屈辱ッ、とんだ屈辱だわッ、アンタから情けをかけられるなんてねぇッ!!」
「顔近いっ!? な、マジで落ち着こうぜ?? お前が望むならどんな屈辱も受け入れるから、な? 一端落ち着こう??」
必死で懇願する勇気を眼前に、真宵は思案する。
(どうすれば、コイツに勝てるの?)
感情は勇気の美貌を引き裂けと言っている、己が渇望して止まない夢を簡単に捨てた勇気を滅せよと訴えている。
だが同時に理性は、そんな事をすれば人生そのものが詰むと訴えて。
(――迷ってるっ、なら今だ!!)
その隙を勇気は見逃さない、両手をわきわきとさせて。
「良いだろう、殺すなら殺せ、顔を剥ぐなら剥げ、――――だが引き替えにテメェのおっぱい、揉ませて貰う」
「ッ!? は? え? アンタいったい何を言って――」
「――おっぱい! どうせ死ぬなら童貞も捨てるぞ!! あ? いいのか? お前が俺を殺そうというなら……俺は命がけでお前を犯しに行く、顔を剥ぐというならトラウマになるまでおっぱいを揉む…………その覚悟は俺にはある!! 女装趣味も無いのに女装してるヘンタイのまま死んでたまるか!!」
「うぇええええええええええええええッ!?」
今ここに形成は逆転した、真宵は思わず彼の顔から手を離しそのまま胸をガード。
勇気は澄み切った目で、両手を構え臨戦態勢。
(こ、コイツッ!! バカユーキの癖にッ!! やると言ったらやる目をしてるッ!!)
(俺は決めた――場合によっては社会的に死んでも真宵のおっぱいを揉む、童貞を捨ててもいい)
(一歩間違えればアタシもユーキも共倒れっていうか、下手したら二度と別れられないっていうか、…………大ッ、ピンチッ!!)
(ふっ、すまねぇな太志、春樹、お前等より先に童貞を捨てさせて貰うぜ)
焦る真宵、静かに獣欲に身を任せようとする勇気。
何かを一つでも間違えれば、最良で人生の墓場、最悪で鮮血の結末。
(――――全ては、アタシにかかってる)
喉がひりつくようなスリル、冷や汗が流れた。
緊迫の一瞬、真宵は告げる。
「…………もう、冗談よ冗談! 仮にも許嫁なんだもん、アンタを殺すとかナイナイ、絶対にないからッ」
「なるほど?」
「けどアンタ言ったわよね、モデルの話を引き受けるって。ええ、無理して女装させるんだからアタシもそう、アンタがこっそりアタシの下着を盗み見てトイレでイカ臭い何かしてるのは今後もスルーしてあげる」
「なるほどぉ??」
んん? と勇気も冷や汗が流れ始める。
これはとても不味い流れだ、これ以上続けると自爆ダメージでお互いの精神が持たない、その筈だ。
故に。
「分かった、お前がシャワーの音で喘ぎ声をかき消しながらオナニーしてるのは俺も今後は聞こえなかったフリをする、だから和解しようマジで」
「ええ、和解しましょう。アタシ達は何も気づかなかったし、モデルのバイトも普通にして、最終的には別れる、そうね?」
「ああそうだ、それ以外に何もないぜ」
二人は滝のように冷や汗を流しながら、そして真っ赤に染まる顔でお互いをチラ見しながら。
しかして、しっかりと握手する。
その日から数日、二人の間には奇妙な緊張感と照れくささがあって。
――ついに、結婚式場のモデルのバイトの日である。
「いいよいいよぉ~~~~!! 男の娘ウェディング最高!! しかも美少女とカップル!! もうこれは百合? 実質百合!! 否否否!! 倒錯的背徳的、文化的で先進的なウェディングカップル最高おおおおおおおおおおおおおおおおお!! あ、真宵ちゃんはもうちょっと百合営業っぽくユーキちゃんと腕組んで、ユーキちゃんは顔をひきつってるから笑って」
(なんなんだコレっ!? カメラマンのキャラが濃すぎる!?)
(これ……ホントにアタシの夢に近づくのかしら??)
性癖が濃いカメラマンを前に、二人はタジタジとなっていた。
※ちょっとしたお知らせ
2022年1月5日現在、実は前話でストックが尽きていたので今後は更新時間が不安定になります。(この文言は後日消します、ではでは)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます