第23話 童貞卒業しちゃいます?(前)



 この哀れな生き物に、せめてもの慈悲を与えなければいけない。

 今の真宵の心には、そんな使命感が渦巻いていた。


「ううッ、ひっく、ひっく、なんて悲しい男なのユーキ……アンタみたいに哀れな男の子なんて見たことないわ」


「なんでそれでセックスの話になる?? 俺バカにされてる?? ん? ん? 買うぞその喧嘩??」


「アタシがそんなアンタに出来ることはたった一つ、アタシというアイドル級の美少女の処女で童貞卒業させてあげるコトだけ…………、ごめんなさい、それしかしてあげられなくて、本当にごめんねユーキ」


「ド畜生おおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 哀れみで童貞卒業なんて、もっと嫌なんだよ別れよ!!」


 叫んで抗議する勇気に、真宵はいっそう涙して。


「ああ、またそんな強がって……。ね、もう大丈夫よ、男になろうユーキ、おっぱい揉む?」


「揉むかよ!! というかそんな事したら婚約破棄に影響するかもしれないだろっ!!」


「安心して、その時は素直に言うから。あんまりにも哀れだからセックスさせてあげたけど、それだけだって」


「それ俺が只の最低野郎に見られるやつううううううううう!! 考え直せ真宵!! お前の処女の価値はこんな所で捨てるものなのか??」


「――――優しいのねユーキ、でも大丈夫よ、アンタという憐れみしか産まれない童貞を卒業させた時……アタシは本物のアイドルになれる、誰かを救えるアイドルになるのよ」


「近づくな手を握るなっ!?」


 押し倒すような勢いで隣に来た彼女に、勇気はがっちり掴まれて逃げることが出来ない。


(考えろぉ、マジで考えろっ、こんなんで童貞卒業とか出来るか!! 男らしさから一番遠い童貞卒業じゃねぇか!! 年齢誤魔化して風俗にチャレンジする方がマシだっ!!)


(なんて良い女なのアタシ……、こんなクソ拗らせ童貞に慈悲を与えようだなんて…………)


(――っ、そ、そうだっ!! こうなったら女装を受け入れ……い、いやそれはっ、でも、でも俺はっ!!)


(コイツがどんなプレイを要求してきても、今日だけは全てを受け入れよう、この童貞が童貞卒業するチャンスはアタシと婚約してる今だけなんだから…………)


 方や聖母気取り、方やプライドを天秤にかけて。

 実にロクでもない戦いが、今、始まる――。


「ううッ、ごめんねユーキぃ……。この先ずっとファッション陰キャで、アタシと別れたら恋人なんて夢のまた夢なアンタに、童貞卒業だけさせてさ、子孫を残すという人間の本能を、人としての当たり前の幸せを与えてあげられなくて…………」


「そう思うなら今すぐ口を閉じろ??」


「そ、そんなッ、まさか女の子を喋らない人形に見立てないと勃起すら出来ないっていうのッ!? なんて、なんて――――哀れ、アンタは女装してた時間が長くて男の本能がバグっちゃったのねッ」


「そろそろ殴っていいか? な? 殴っていい?」


「女の殴らないと満足出来ない性癖ッ!? そこまで歪んでいたというのッ!? ――――で、でも今日だけは……だから他の子は、殴っちゃダメ……義父さんと義母が悲しむんだから」


 どうしてくれよう、と怒りを覚え始めた勇気。

 暴走した真宵は止まりそうにない、しかも下手に動けば暴走が加速する始末。

 ごくり、彼は音をたてて唾を嚥下した。


(この時より俺は、今だけは――全ての拘りを捨てる)


 ただ一つ。


(今の真宵に目を覚ます、……それが叶うなら、恥も外聞もプライドも男らしさも、今だけは全部忘れる)


 血迷っている真宵を救う、道はそれしかない。

 勇気もまた、自己陶酔をキメ始めて。


「俺が悪かった……変な覚悟を決めさせちまってさ。――いいぜ、女装でも何でもやってやる。だから哀れみの為だけに処女を捧げようだなんてするなよ」


「ッ!? そ、そんなッ、童貞を拗らせ過ぎて賢者モードに入ってるッ!? アタシが良い女過ぎた所為なのッ!? 罪ッ、アタシが良い女過ぎてごめんなさい!!」


「ああそうだ、お前が余りに良い女過ぎてさ……、こんな童貞でも、お前の処女を守る事が出来るって。…………例え偽りでも、そう思わせて欲しい」


「その為に、モデルの話を引き受けるっていうのッ!? あんなに嫌がってたのにッ!?」


 ぶわ、と真宵の涙腺がまた緩んだ。


(こんなクソ童貞でも……、いえクソ童貞だから、せめてアタシの為にと……ダメ、その先は地獄しかないのよユーキッ!!)


(なんて、この勘違いバカオンナはそう思う筈だ。だから次の手を打つ)


(もう――――押し倒すしかない、嗚呼、グッバイ処女……。でもコイツを救えるならッ)


(押し倒されたら終わりだっ、だから……)


 次の瞬間、勇気は真宵を柔らかく抱きしめる。

 これで一手、押し倒される事を封じた。

 なら次は、覚悟を見せつける時。


「少し待っててくれるか? 真宵に見せたい姿がある」


「ちんこ剥けてないのね……、でも安心して、そういうの見るの初めてだから比較しないわ」


「…………ああ、うん、だからちょっと待ってろマジで」


 そして彼は、絶対に開かないと決めていた押入の奥にある箱を取り出し。

 真宵が見守る中、脱衣所に向かう。


(これだけは……嗚呼、これだけはしたくなかった。だが――教えてやるぜ、俺の方が、俺の方がなぁ!!)


 数分後、真宵の前には。


「………………ええっと、どっかで見たことがあるような…………?? というか、アンタ――マジでユーキ?」


「おほほほほほほっ、スーパー美少女ゆうちゃん押して参る!!」


 ヤケクソ気味で女装した、勇気の姿があった。


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