第2話 祝・許嫁記念日




「「一目惚れしました! どうか結婚を前提に先ずはお付き合いと同棲をお願いします!!」」



 瞬間、空気が止まった。

 二人の家族は相手の家族を見て、驚きながらも嬉しそうに破顔。

 勇気とは真宵は、信じられないモノを見るようにお互いを凝視する。


(――――うん?)


(…………はい?)


((今コイツ、何て言った??))


 しかして演技を崩さずに。

 傍目から見れば、それは運命を手に入れた恋人のそれで。


(はぁあああああああああああああああっ!?)


(嘘でしょおおおおおおおおおおおおおッ!?)


 二人は見つめ合ったまま盛大に硬直、そしてこれが運命、相性の良さとでも言うのだろうか。

 きっかり三秒後、同時に復帰した二人はリカバリーする次の一手を打つべく。

 必死になって、高速で思考を回す。


(何考えてるんだコイツっ!? 本気で俺に惚れたとか言うんじゃねぇよなぁっ!?)


(くッ、自分の美貌が恨めしい! アタシはまだアイドルになってないのにガチ恋勢を生み出してしまったッ!! けどコレどーすんのよぉッ!?)


(どうするどうするどうするよっ、でもやるしかねぇだろ男なら後に引けるかってんだ!!)


(でも、アタシのプライドに賭けて――演じきってみせる!!)


 両者試合続行の構え、たかが一度ドローになっただけだ。

 まだ勝てる、勝機は残っている。

 次の言葉、目の前の相手より先に一目惚れの演技をすれば。


(いや違う、それは甘い考えだ。状況を考えろ、俺とコイツはもう運命の出会いを演出してしまった……)


(なら、一目惚れの演技での先制パンチはもう無意味よ。そんで今更勘違いでしたとか負けそのものじゃない)


(だから続ける、コイツが根を上げるまで一目惚れ勘違いキモ男ムーブを加速させる!!)


(アタシの魅力に、――ついてこれる?)


 この間、意識復帰よりコンマ一秒。

 直後に勇気は、嗚呼、と感嘆をもらし嬉しそうに真宵へ笑いかけれる。

 対する彼女は、うっとりと彼に身を寄せて。


(賭けではあるが、同時に楔を打つ)


(反応があれば白、無ければ黒、アンタは演技と本気どっちかしら?)


 再び、運命の出会いが続行される。


「すっげぇ嬉しいぜ真宵……、初めて会ったのにぃ!? お、同じ気持ちだったなんっ、て!」


「アタシも……嬉しいはユーキ。アンタみたっ!? い、な可愛い男のが許嫁だなっ、んて……!!」


 なんだテメェ、コンニャロメがと双方の額に青筋が浮かぶ。

 偶然じゃない、そう、攻撃は二度に渡って行われた。

 一度目なら、何かの間違いだとスルーされる可能性があるからだ。


(コイツ……、二度目の後も崩れねぇ!? 演技だ、演技してるぞコイツ!! なんて卑怯な女なんだ、俺に惚れたフリして!! これがマジだったら俺も揺らいだのにさぁっ!!)


(はッ、この真宵様にかかればアンタの演技なんかお見通しよ!! 本気じゃなかったんだとか、ちょっと残念に思ってたりとかしてないんだからねッ!!) 


(だが、これで理解出来た。――コイツは、敵っ)


(ライバル登場って訳ね、くくくッ、面白くなってきたわ!!)


 この瞬間、二人はお互いを認識し理解の一端を示した。

 故に、この後の展開など打ち合わせしないでも決まっている。

 目的は同じ、ならば後は根比べ、我慢比べのチキンレース。

 ――先に仕掛けたのは勇気であった。


「真宵、良い名前だ。……抱きしめていいかいハニー」


「勿論よダーリン、……ユーキって、美しい響きに聞こえるわ」


 おお、と両家の親は歓声をあげる。

 事の発端である祖父達は顔を見合わせ、悪戯っ子のように笑いあい。

 それに二人は気づかない、気づける筈がない、なにせ油断は即座に敗北へと繋がっているのだから。


「心臓の音が聞こえる、真宵も運命を感じてるのか?」


「男の子を抱きしめるのが、こんなに嬉しいだなんて思わなかった……」


(クソっ!! 女なんだからもっと背を低くしろよ!! なんで俺がコイツの胸に顔を埋めてるんだよ!! 普通逆だろうが!! しかもぱっとみ薄そうなのにふわふわ柔らかいし良い匂いするしさぁ!!)


(いやマジで抱き心地良いわねコイツ、しかもアタシより良い匂いしてない?? 更に背が低くて童顔だから、ザ・オトコって感じの口調が背伸びしてるみたいで可愛いし!!)


 つまり。


((コイツ……やる!!))


 強敵だ、こんな出会いでなければ、普通に口説かれていたらコロリと恋に落ちてしまっていただろう。

 ――故に、勇気は惑う。

 ――故に、真宵の闘志は燃え上がる。


(生半可なボディタッチじゃ、コイツは根を上げないっ、なら次はどうする!! ジジイ達や親が見てるんだぞ!?)


(埒があかないわ、そして時間を費やすのは悪手。なら……次で決める)


(…………引くか。そうだな、ここは潔く負けを認めて嘘だったと言うんだ。そうすれば当初の目的だけは達成できる、嘘つきなんかと結婚させられない、そうなる筈だ!)


(――――――ひよったわねコイツ!! 攻めるなら今!!)


 体を離そうとした勇気を、真宵は足を踏みつけて止める。

 そしてすかさず両手で彼の顔を挟み、うっとりと告げた。


「キス、していい?」


(ば、バカなぁああああああああああっ!? この後に及んで攻めてくるだとっ!? 何を考えてるんだよぉっ!?)


「……ダメ?」


(た、試されてるぅ!? それとも、ここで俺に負けを認めろと言ってるのか!? あ、ああ、そうだここで俺がキスを拒否すれば全ては嘘と、敗北してお見合いも許嫁もチャラ)


 目を泳がす勇気、そんなに長く考えていられない。

 後数秒以内に、何かしらの答えを出さなければならない。


(ウケケケッ!! 引け!! ここでアンタは負けを認めるのよ!! 勝った!! アタシの勝利!!)


(ぐぬぬぬっ、言えっ、言うんだ俺っ!! キスを拒否するんだ!!)


(さぁさぁ!! さぁさぁさぁッ!! 敗北宣言しなさいッ!!)


(ぬああああああああああああっ、俺はっ、俺はアアアアアアアアアアアアアアっ!!)


 この時、計算違いがあったとすれば真宵の方であった。

 勇気の性格を百パーセント読みきれなかったが故に起こった、誤った一手。


(――――ここで負けを認めて、それが男らしいのか?)


 そう、この逆境。

 敗北を目の前にして、勇気は目的を忘れチキンレースを勝ちにはしった。

 ここで引いたら男じゃない、女の子からキスをねだられて引くなど男のする事じゃない、と。

 だから。


「いいぜ」


「え?」


「キス、しよう」


「う、嬉しい!」


 婚約破棄を目的として始まったチキンレースは、只今をもって最終局面に突入した。


「……、目、閉じろよ」


「うん……」


(クソっ! クソクソクソぉ!! 引けよ!! お前が引けよマジでキスしちゃうだろうが!!)


(あわわわわわわわッ、キスしちゃう!! なんで引かないのよアンタ引こうとしてたじゃない!?)


(ぬううううううううううううんっ、マジでキスする五秒前とかどっかで聞いた気がするけど、俺のファーストキスがあああああああああああ!!)


(アタッ、アタシの初めてのキスうううううううッ!! でも負けられないのよ女の子には意地があるぅうううううううううううううううううッ!!)


 顔と顔が、唇と唇が近づいていく。

 ゆっくりと、誰も止めない、二人も止まる気はない。

 距離がゼロになるその時、勇気はちょっと斜めにするとキスがしやすい、その言葉を思い出して。


((~~~~~~~~~~~~~!?!?!?))


 柔らかな感触、目を開ける。

 勇気の前には驚愕で瞳を染める真宵が、真宵の前には動揺激しい勇気の姿があった。


「…………」


「…………」


 顔を離し、無言、そして俯く。

 自然と、両手の指を絡め合って。

 お互いに、そして本人ですら気づいていないが耳どころか首筋まで真っ赤。


(ふおおおおおおおおおっ!? ふわっ!? ふおおおおおおおおおおん!?)


(にゃアアアアアッ!? にゃにゃにゃにゃアアアアアアアアアアアアアアンッ!?)


 最早、言葉が脳裏にすら浮かばない状況だ。

 衝撃的過ぎて、二人は頭が真っ白になっている。

 当然、次の一手など思い浮かぶ筈もなく硬直を続け。

 ――それをじっくり見守っていた両家の祖父や親達が動き出す。


 先ず、勇気の祖父が身振り手振りで。

 次に、真宵の祖父が神妙に頷く。

 トップの決定により、合意がなされた。


 故に二人の親達もまた、身振り手振りで打ち合わせ。

 そして数秒の後、両家の親たちは涙を流しながら堅く握手をしあって、頭を下げあう。

 そうとも知らず、二人は赤面フリーズのまま。


「かーーっかっかっかっ!! 喜べ勇気!! そして新しい嫁御よぉ!! テメェらは勇気が十八歳になり次第結婚だ!!」


「ううっ、ワシの孫が大恩ある脇部先輩の家に嫁ぐとは……、目出度いのぅ!! まっこと目出度い!!」


「くぅ~~、勇気、父から一言、言わせてくれぃ!! 真宵ちゃんという許嫁を大切にするんだぞ!!」


「真宵ちゃん、ママからも言わせて。――我が子ながら顔だけのポンコツなアンタを貰ってくれる人なんてこの先、絶対に出てこないんだから、しっかり愛し愛いされなさい!!」


 なお、勇気の母と祖母、真宵の父と祖母の比較的現実的なグループは、善は急げと言わんばかりに様々な手配を開始。


「…………ぁ(終わったあああああああああああ、俺の人生終わったああああああああああああ!!)」


「――――ぇ(どうしてこうなるのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)」


 がくりと崩れ落ちる瞬間、猛烈に襲いかかる眠気。

 真っ白に燃え尽きた二人に、徹夜故の睡魔に抗える筈もなく。

 勇気と真宵は、お互いを支えるように座り込み寝始めた。



 そしてお見合いの日から二日目の夕方、勇気は学校から徒歩三十分の所にあるアパートに来ていた。


「……ここか。いや学校に近くなるのは良いけどさぁ、もうお前も大人だから家から出てけって許嫁が出来て結婚が決まったからって早すぎだろうがっ!!」


 幸か不幸か、このアパートは脇部一族の中で一番逆玉と言われる親戚、脇部英雄という従兄弟の所有する物件だ(正確に言えば、その妻のという事らしいが)

 ともあれ家賃は格安で、三年前の火事によりリフォームしたて、しかも家電家具も備えつきである。


「…………確かまだ近くに住んでるんだっけか、後でアイツと一緒に挨拶に行かなきゃなぁ、ちょっと苦手なんだよな英雄兄さん」


 かの親戚は脇部一族の中でも一番の陽キャ、陰キャである己とは相性が悪い。

 なお、そう思っているのは勇気だけで。

 一族一番の食いしん坊、食事の為の行動力は目を見張るものがある、と関心されているのには気づいていない。


(ま、ここから始まるんだ。俺の婚約破棄ロードはよぉ!! 一人暮らしなら動きやすくなるってもんだ、取りあえず落ち着いたらアイツの学校まで行って情報集めて…………)


 そう取らぬ狸の皮算用をしながら、ドアノブを回したその後だった。

 ドアを開くと、そこには。


「………………は?」


「――――えっ!? ~~~~ッ!! この変態ィ!! 早くドア閉めなさいよ目を瞑りなさいよオラアアアアアアアアアアッ!!」 


「なんでテメェが居るんだよっ!!」


 そう、薩摩芋色したジャージに着替えようとしている半裸の真宵の姿が、そこにはあったのであった。


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