相思相愛な許嫁と別れて、陰キャに戻る方法

和鳳ハジメ

第1話 こんな完璧な作戦が裏目に出るはずがない。



 許嫁、それは現代においてフィクションの中にしか存在しない代物。

 いきなり出会った男女が、時に反発し、時に近づき、本物の夫婦へと至る。

 しかし現実では、上流社会の家門が家同士の結びつきを強固にする為の政略結婚というのが関の山だろう。


 それが今、一般家庭に育ったとある男子高校生の身に降りかかった。

 あろう事か、祖父が大昔に酒の席で親友と約束した、という漫画でも今時扱わないような形で。


(いやいやいや? 俺みたいな陰キャに許嫁とか無理だからっ!?)


 彼、脇部勇気(わきべ・ゆうき)は自称・陰キャである。

 しかし只の陰キャではない、食べることが趣味で、童顔低身長がコンプレックスで男らしさに拘り周囲を巻き込み暴走を繰り返す。

 頭のネジが緩んでいるどころか、抜け落ちている誇り高き陰キャである。


 当然、許嫁なんて時代錯誤なものは受け入れられない。

 自由恋愛こそ至高、故に――こう考えた。


「相手の方から断らせれば、男らしいんじゃね? そうだよ一目惚れした勘違いキモ男のフリをすれば、向こうから絶対に断ってくる!! これだ!! 天才的な発想じゃねぇか!!」


 と。

 そして一方、その許嫁である少女。

 同い歳の水池真宵(みずいけ・まよい)も、まったく同じ境遇であった。


(冗談じゃない、アタシに許嫁なんて必要ないんだからッ!!)


 己の容姿に圧倒的な自信を持ち、アイドルを目指す彼女としては夢の邪魔になる許嫁なんて以ての外。

 普通に断ればいい、最初はそう考えた。

 ――だが、生来の負けん気が彼女を血迷わせた。


「こっちから断るなんて敗北宣言と一緒よ、アッチから断らせる、これね。一目惚れした勘違いキモ女の演技をすれば重い女は嫌だって断ってくるでしょ、ついでにハニトラして弱みを握れば便利に使える下僕が手に入るって寸法よッ!!」


 周囲からポンコツ扱いされている、残念美少女だという事をすっかり失念して彼女は意気込んだ。


((このお見合い、俺/アタシが絶対に勝つ!!))


 そして今、脇部勇気の祖父の家で関係者が揃う中。

 二人のお見合いが開始、二人とも気迫は十分。

 だが良く見れば、目が血走っているではないか。


 そう、奇しくも二人が今回の事を知らされたのは前夜。

 そして一睡もせず徹夜し、策を練っていたのも同じ。

 ――睡眠不足によるハイテンションの中、二人は対峙して。


「じゃあ改めて、こちらがウチの勇気よ」


「……どうも」


「それで、あちらが水池真宵さん」


「……よろしく」


 勇気の母が仲介役をつとめ、お互いの紹介が行われる中。

 既に、二人の戦いは始まっていた。

 情報は力なり、より完璧な一目惚れの演技の為にお互いをじっくりと見つめる。

 ――それが、周囲の大人達の勘違いされる要因だと思わずに。


(ピンク色の童貞を殺す系の、いかにもオタサーの姫って感じの服だな。……いや、そんな格好で来るか普通?)


(服の趣味悪ッ!? は? 全身黒一色?? しかもフーディ。普通さぁ、お見合いにパーカーで来る?)


(……顔は結構可愛いな、そしてツインテールがあざとい、え? こんなのが俺の許嫁なワケ? こんなサークルクラッシュしそうなメンヘラっぽいヤツと結婚すんの俺?)


(男の癖に可愛い系の顔っていうか童顔ね、しかも背が私より低いし、なんか肌綺麗でムカツク。あー、ない、ないわ、こんなガキ丸出しな男と結婚なんてフツーにないわ)


 趣味の話、学校の話、私生活など、当たり障りのない話題を二人は生返事。

 しかして、視線は熱烈にお互いへ。

 祖父達は顔を見合わせ、おやおやと。


(胸は……まぁこんなもんだろ、腰は細そう)


(……顔に似合わず肩はがっしりしてるわね、座ってる姿勢もシャキってしてるし)


(ちょっと惜しい気がしてきたぞ。――でも)


(こんな出会いじゃなかったら……――でも)


 会話が途切れ、部屋に静寂が訪れる。

 親達はわざと会話を途切れさせたのだ、しかし二人はそれを変だと考えず。

 むしろその逆、――絶好の機会。


(今が動く時っ!! どう呼ぶ、たしか水池真宵だったな。真宵さん? いや相手はタメだろ、それに一目惚れって設定なら馴れ馴れしく――真宵、呼び捨てだ)


(そろそろ仕掛けるわ、名前なんて呼び捨てで良いわよね、昔っからファーストネームで呼んだ方が距離が縮まるっていうし)


(ならここは一気に行く!! さぁ見てドン引きしろ勘違いキモ男の演技を!!)


(将来のトップアイドルである私の演技に見惚れなさいッ、仮初めでもこんな美少女に愛されてるって幻影を抱いて負けろぉッ!!)


 好機の視線に気づかず、二人は同時に立ち上がる。

 お互いを見つめ、さも愛おしそうな顔をして。

 その姿まさに、――運命の恋人を見つけた男女のそれ。


(――ば、バカなっ!? なんでアッチも立ち上がったんだよっ!? は? しかもコッチに来る?? くそっ、予定外だどうする!? どうすればいい!?)


(なんでアタシの方へ来んのよッ!! 何を考えてるの? トイレ? いやでも目はコッチだし、このまま実行して正解? ああもう分かんないッ!?)


(一歩も引かないぞコイツっ!! ま、まさか同じ考えだって言うんじゃねぇだろうなっ!? それともマジで俺に一目惚れとか言うんじゃねぇよなっ!? そしたら計画が崩壊するじゃねぇか!!)


(不味い、もしかして同じコトを考えてる? ま、まさかこのアタシにマジで一目惚れしちゃったっていうの!? くっ、どっちにせよ不味いッ!!)


 然もあらん、この勝負のアドバンテージは先に一目惚れを宣言した方にある。

 後攻に回って、同じく一目惚れしたと言ってしまえば婚約は即成立。

 晴れて許嫁が本当のものに。


((先を越される訳にはいかない!!))


 ここが分水嶺、勝負の分かれ目、真宵がアイドルを目指す為に、勇気が陰キャを続行するのに必要な決断は今。

 周囲の注目が集まる中、席を立ちテーブルの横にて向かい合う二人。

 もう後には引けない。


(そうだ、なんかこう愛おしい運命を見つけた感じで必死に、そして熱っぽく潤んだ感じの目で)


(恋にのぼせてる感じ、アタシなら出来るわッ、こう気合いで頬を赤くして)


 同時に手を伸ばす、その伸ばした手の指先は触れ合った瞬間同時に絡み合い。


(バカなっ!? 勘違いキモ男ブームが返されただとっ!?)


(くっ、読まれていたというのッ!?)


(だが絡まったのは右手だけだっ、まだ左手が残ってる!! ここはコイツの腰を抱き寄せるべきだ!!)


(伸ばせッ、左手を急がず自然に頬に添えるのよ、恥ずかしそうに震えながら!!)


 そして、二人は腹部に力を入れ。

 家中に聞こえるような大きな声で、運命を叫んだ。


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