第4話 夜食を二人で(前)



(うぎゃああああああああああ、アタシの貞操がピンチでマジでッ!? これも可愛すぎるのが罪だというのッ!? ネットで友達になった可愛いけど何故かモテない同盟のぴーちゃんよミヨ子、先に初体験してゴメン――――じゃッ、なーーーーい!!)


 必死に寝たふりをしながら、真宵は体を強ばらせた。

 感じる、確かに勇気からの視線を感じる。

 もしや獲物の前で舌なめずり、そうなのだろうか。


(し、下着ッ、可愛いの着て……ないわよこんなの誰が予想するってのよッ!? ああもうキスもまだなの…………――――はぅあッ!! キスしてんじゃん!?)


 不味い、ヤバい、これはもしかして、もしかしてしまうのだろうか。

 大人の階段を昇ってしまうのだろうか。


(お、起きて抵抗すべき? そんで速攻で通報……いやでも親公認で許嫁じゃないの!! ああああああッ、もうッ、なんだってこんないきなりコイツは!!)


 もぞもぞと隣で布団が動く音がする、真宵を起こさないようにと静かに動く音かする。


(抵抗しなきゃ、絶対に、で、でも、よ?)


 そう仮に、仮の話だ。


(ユーキがマジでアタシに惚れてるってなら……いやいや何を絆されてるのよ、たかがファーストキスの相手で許嫁でこのままだと高校卒業前に結婚しちゃう仲で、アイドルになる前にお嫁さんになっちゃうんだけど)


 そして真宵は気づいてしまう、――これを利用すべきでは、と。

 今の状況は、勇気が真宵の魅力に負けて襲いかかる寸前。

 つまり、当初の予定通りハニトラ成功しているのではないか、と。


(うおおおおおおおおおおッ、せ、セーフ!! アタシはセーフ!! ナイスアイディア!! そうよ初志貫徹!! …………ユーキがアタシの布団に手をかけた瞬間、いえパジャマを脱がせようとした瞬間に全力で抵抗する、これね)


 そうと決まれば、後は待つのみ。

 高まる心臓が彼に聞こえないか、真宵は心配になりながら待つ、待ったのだが。


(………………あれ??)


 遠ざかる気配、台所からガタっという物音、そして電気ケトルが湯を湧かし始める音。

 怖々とうっすら片目を開ける、すると鼻歌交じりで台所に立つ勇気の姿があって。


(………………………………勘、違い??)


 うわぁ、と布団を頭から被って悶える。


(あ、アタシは何て勘違いをオオオオオオオオ!! は、恥ずかしくて仕方がないっての!!)


 彼女が悶える中、勇気と言えば。


(ああ、遂に……台所まで来てしまった。だがよぉ……俺はもう自分に嘘はつけねぇんだ、救わなくちゃいけないんだ)


 そう、救いが必要だ。

 窮地なのだ、――空腹感で。


(腹が、減った――――…………っ!!)


 せっかくの奢り、せっかくの豪華な飯、食いしん坊である勇気にとって。


(英雄兄さんには悪いことをしたぜ、ああ、もうちょっと味わって食えば良かった…………、はぁ、アイツとの婚約祝いじゃなけりゃあ味わえたしもっと食えたんだけどなぁ)


 そう、勇気は空腹に耐えかねて布団から出たのだ。

 真宵の様子を確かめていたのも、わざわざ起こさないようにである。


(…………しかしまぁ。飯を作れば流石に起きちまうか? いやでも腹減ったし)


 まだ育ち盛りで食いしん坊の勇気には、深夜といえど食べることに躊躇いはない。

 むしろ、一日の時間で一番飯が上手い時間ともいえよう。

 それを、許嫁が出来て引っ越しして同棲したからといって、どうして遠慮する事が出来るのか。


(――――よし、ここは折角だからカロリーマシマシで行こう)


 深夜のクッキングが始まる。

 そしてそれを、真宵は見ていた。

 寝たふりをしながら、布団の中からこっそりと。


(あ、アイツッ!? こんな深夜になんて事をしてるの!?)


(最低でもカップ麺は外せない、――よーしここは、カップヌードルの欧風カレー味だぜ!)


(何故ッ?? なんでシュレッダーチーズまで出してるの?? カロリーが怖くないのぉ!?)


(これだけじゃ物足りないよな、新居での最初の夜食、――もっとボリュームが欲しい、そう思うだろう俺の胃袋よ)


 勇気は迷うことなく台所へ向かう、そして手に掛けるは冷凍庫の扉。


(唐揚げェ!! カップ麺のみならず唐揚げまで!! そ、そんなの――――絶対に美味しいに決まってるじゃない、しかも深夜、深夜に食べるカップ麺と唐揚げなんて背徳的な組み合わせ……美味しい以外無いじゃない!!)


(うーん、準備はこんなもんか? 念のためにレトルルトの白米も……)


(ま、迷ってる? これ以上何を追加しようってのコイツ!?)


(うーん、食べ終わった後で考えるか)


 乙女の大敵である夜食、特にアイドルを目指そうという者にとっては言うまでもない。

 だが、そう彼女もまた年頃の高校生。

 そして勇気と同じく、夕食を味わって食べれなかった故に。


(アタシもお腹減ってきちゃった……)


 どうする、一口、そうだ一口だけならと誘惑が襲いかかる。

 現在敵対状態とも言える、勇気と真宵の仲ではあるが。

 原因はどうあれ同棲、同居している身、そして許嫁である。


(――――そう、これは夜食という不健康極まりない暴食から許嫁を守る、それだけなのよ)


 例えば、カップ麺の半分ぐらいを真宵が食べれば。

 勇気のカロリーオーバーも、少しはマシになるのではないか。

 決してこれは理論武装なのではない、食欲に負けた己への言い訳ではない。


(アタシは、ユーキの健康を心配してるだけなのよ)


 そうと決まれば善は急げ、真宵はむくりと起き上がり。


「――ちょっとアンタ、こんな深夜に何を食べようっていうのよ」


 空腹感を感じながら、許嫁に声をかけたのだった。


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