第5話 夜食を二人で(後)




「あー、スマン。起こしたか」


「良い匂いがすれば誰だって起きるわよ、というか何一人だけ美味しそうなもん食べようとしてるワケ? アンタの可愛い許嫁に一言あって然るべきじゃない?」


「おいアイドル志望? 夜食は太るぞ」


「アンタだって太るじゃない、でも感謝しなさいアタシが一緒に食べて摂取カロリーを減らして上げようって寸法よ」


「素直に分けてくれって言えんのかテメェは……」


 ちゃぶ台を出し俄然食べる気である真宵の姿に苦笑しつつ、彼女の箸も用意する。


(ま、誰かと一緒に食った方がウマいもんな)


 楽しい事と美味しい事は皆で分け合うタイプの勇気としては、拒否する訳がない。

 だが、――言わなければいけない事がある。

 これに関しては、絶対に譲れないのだ。


「もうすぐ出来る、けど一つ聞かせてくれ」


「な、なによそんな真剣な顔しちゃって」


「――……唐揚げ、何個食う?」


「いやそれ、そんな顔で言うこと?」


「は? 超重要だろ! 俺はな、自分一人で食うことを前提に用意してたんだ。カップ麺を分けるのは良い、だがな――――唐揚げだけは別だ、返答次第によっては戦争だ」


「そこまでッ!?」


 ゴゴゴと妙な気迫を見せる勇気につられ、真宵も思わずゴクリと唾を飲んだ。


(ど、どういう事ッ!? ふつうに一個くれって言えば良いの? それとも……他に答えがあるっていうの??)


(レンジでチンした唐揚げは五個、俺はこれをカップ麺に投入して唐揚げピラミッドを作る予定だった、余すことなく味わうつもりだった……)


(…………まさか一個すらくれない気? 一個の半分とか? そんなケチくさい事を? 流石にそんなワケないわよね、よね?)


(譲れて三個、否っ、二個だ!! それ以上求めるというなら対価を払ってもらうぞ真宵ぃっ!!)


 恐る恐る真宵は右手を上げる、質問をしたいのだ。

 だがその瞬間、勇気は戦慄したように震え。


(ば、バカなっ!? 全部丸ごとだとぉ!! コイツどこまで強欲なんだ、いいや違うっ、企んでいる何かを! これは――アイツの攻撃なんだ!)


(え? ええッ?? なにあの表情ッ!? ――はッ、まさか試されてるのアタシ、単に唐揚げを食べる数を聞いてきた、その裏に何かあるのね!!)


(何が目的だ、俺が夜食好きだと知って妨害し精神攻撃してくるつもりか? ……違う、違う、もっと他にある筈だ)


(考えるのよアタシ、今までの言葉にヒントがある筈。…………、太る、そう太る、まさか私にわざと夜食を食べさせ太らせる、そして太った事を理由に婚約破棄をアタシに言わせるつもりね!! なんて卑劣な奴なの!!)


 交差する視線は火花が散って、楽しい夜食はバトルフィールドに早変わりした。


(どうする、もうすぐカップ麺が出来上がる。麺が延びる事だけは絶対に避けたい)


(ッ!? なんて奴!! 迷うことなく唐揚げを調理用バーナーで炙りに行った!! 皮をカリっと仕上げるつもりなのね! くぅ、なんて美味しそうな真似を!!)


(もう時間が無いっ、後はチーズをマシマシにしたカップ麺の中に唐揚げを投入してスープと絡めるだけだっ、早くコイツの企みを見抜かなければ)


(ああッ、もう出来ちゃう!! 美味しそうな夜食が出来ちゃう!!)


 もはや一刻の猶予はない、選択の時は今、悠長に考えてる暇などない。


(――――罠であれば踏み抜くのみ、アレで真宵の出方を見る!!)


(ああもうッ、素直に食べさせなさいよォ! こうなたらアノ手で行くしかないようね)


 二人は意を決し、同時に口を開く。


「「あーんして食べさせて(くれ)」」


「……」


「……」


((裏目ったああああああああああああ!?))


 まただ、また裏目に出てしまった。

 だが覆水盆に返らず、出してしまった言葉はプライドにかけて取り消せない。

 故に。


「はっはーっ、なんだお前も一度はバカップルっぽい事をしたかったのか?」


「ええ、アイドルとしてデビューした後は女優として名を馳せるんですもの、一度はそういう経験しておかないとね」


「あははははは」「うふふふふふ」


 この嘘つきめ、とお互いに思いながらしかして食事出来るのならば妥協は必要だと。

 二人は乾いた笑いを浮かべる、そして。


「よーし、じゃあ最初はどっちから食う?」


「自称陰キャで非モテなアンタの為に、アタシからあーんしてあげるわよ、こんな可愛い美少女に食べさせて貰えるなんて一生の思い出にしなさいよッ」


「お前こそ、男からあーんされるのが今日で最後にならない様になっ」


 口調こそ刺々しいが、二人の視線は夜食に釘付けだ。

 箸を手に取った真宵は、唐揚げにチーズとカレースープを絡ませると。


「はい、あーん」


「あーん、…………――はぁ、やっぱ深夜の唐揚げはウメェ!! よーし、じゃあお返しにだ、……あーん」


「あーん、…………んんッ! 美味しい!! これよこれッ、体はこれを求めたのよ!! 外はカリカリ、中はじゅわっと肉汁が溢れる唐揚げに、カレーヌードルのスープと追いチーズが背徳的な美味しさに仕立てているわッ!!」


「おっ、中々の食リポだな。じゃあ次は麺と一緒に、はい、あーん」


「あーん、――深夜の夜食ッ、最ッ高ォッ!! アンタも食いなさいよ、はい、あーん」


 そうして二人は先程の争いなどすっかり忘れて、夜食に浸る。

 とはいえ、唐揚げは五個、カップ麺は一つ。

 そこに健康で空腹の高校生が二人いるならば、当然の様に物足りなくて。


「なぁ、まだ食えるか?」


「まだまだ行けるけど……、今度はどうするの?」


 真宵は期待に満ちた視線で、勇気を見つめる。

 彼はとても頼りがいのある笑みを浮かべ、シュレッダーチーズ、豆乳、そしれレトルト白米を用意した。


「答えてみせろよハニー、今から俺が作る品を当ててみな」


「簡単よダーリン、食いしん坊なアンタはカップ麺の残り汁を単に飲み干す安易なコトはしない。――そうでしょう?」


「ああそうだぜ真宵ッ、待ってろ今からカレーヌードルの残り汁で作ったカレー炒飯に、豆乳とチーズを作る簡易チーズソースをかけて食わせてやるからよぉ!!」


 吠える勇気に、真宵も立ち上がる。

 今日はもう、カロリーとか気にしない。

 もっと食べたいから、今が楽しいから。


「待ちなさいユーキ、アンタだけに作らせないわ。――チーズソースは任せなさい」


「へっ、言うじゃねぇか真宵。いくぜ時間をあわせろよ、俺たちは熱々を食うんだ」


「アンタこそ手間取るんじゃないわよ」


 調理を始める勇気の手つきは、思わず見惚れてしまう程に手際よくて。

 己の手が止まっている事に気づいた真宵は、慌ててチーズソース作りを再開する。


(うん、男の子とこういう事するのって初めてだけど…………悪くないじゃない)


(女の子と一緒に夜食とか、……案外と悪くねぇんだな)


 そうして二人は、仲良く高カロリーな夜食を作り食べ。

 次の日の朝である、勇気が起きたときには真宵の姿は無くて。

 代わりに「昨日食べ過ぎたから朝ご飯はいらない、先に出るから」とメッセージがスマホに入っていた。


「…………しゃーねぇ、メシ食ったら学校行く――――って遅刻寸前じゃねぇか!! メシ作ってる暇がねぇ!!」


 勇気は慌てて着替えると学校へ走り出す、慣れない道故に多少間違いながらも、何とかホームルーム前に滑り込むと。


「おはようブヒ、今日は遅かったブヒな勇気」


「いや太志、朝っぱらからデブアピールはカロリー高すぎじゃねぇの? あとおはよう」


「いやでも、これボクのアイデンティティであるからして」


「親友として言うが、遠慮なく捨てて良いぞそのアイデンティティ」


 席に着いた彼に声をかけたのは、親友である天見太志。

 わざとらしいデブアピールに相応しいデブで、勇気と同じく料理研究部に所属している。


「しかし珍しいブヒね、こんな時間に勇気が来るなんて。いつもはかなり早く来て家庭科室で朝飯を作ってるブヒのに」


「まぁなぁ、数日前のアクシデントでちょっと引っ越してな」


「ナルホド、まだ色々慣れないデブと」


「そういう事、……所で、なんでこんなザワついてんだ?」


 気のせいかもしれないが、クラス中が少し浮き足立っている気がする。

 首を傾げる勇気に、太志は然もあらんと頷いた。


「どうもボクらのクラスに転校生が来るって話ブヒよ、しかも美少女」


「………………成程??」


 あ、これ不味い奴じゃね、と勇気は確信した。

 妙な冷や汗を流し始める理由を、太志は聞きたそうとしていたが。

 その前に、教師が来てホームルームが始まる。


(頼む頼む頼むっ、最悪の予想だけは外れてくれぇ!! 学校でもアイツの顔を見るとか最悪だろ!!)


「えー、今日からこのクラスに転校生が来る。――入って来い」


「…………今日からこの学校に転入してきました、水池真宵で「やっぱりお前かよチクショオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


「五月蠅いッ、って何でアンタがここに居るのよッ、まさか一緒のクラス!? そんなのアタシ聞いてないッ!!」


 思わず叫んだ勇気に、どう見ても彼の知り合いの転校生。

 二人の関係性の謎を前に、太志を筆頭にクラスメイトは固唾を飲んで見守るポーズを取った。


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