第6話 転校生は許嫁(前)




「おお、そうだ皆にも言っておかなければいけないな。残念だが男子共、水池は脇部の許嫁で早ければ来年にも結婚式だそうだから、祝福してやれよー」


「はァッ!? せ、先生、なんでいきなり暴露するんですか!! こういうのって普通、黙っているもんなんじゃないんですかッ!!」


 うがー、と担任の霞ヶ浦忠志(三十二歳・独身)に食ってかかる真宵。

 だが教師は、うん? と首を傾げた後、ああ、と納得する。


「そうか聞いてなかったか、この倉美亭高校は恋愛関係に自由な校風なんだ。具体的には不倫とか浮気とかしなけりゃ大丈夫だ。一応言っておくが、既に相手がいる者にちょっかいかけるなよ、それで年に数回は警察のお世話になるんだからな」


「どういう高校なのよここッ!?」


 悲鳴に近い叫びに、勇気を含めたクラスメイト達は誰もが頷いた。


(慣れたから麻痺してたけど、ウチって独特だよなぁ……)


「そうそう、妊娠したらちゃんと言うんだぞ。育児室とかの利用申請とか必要だからな」


「なんで高校にそんなものがあるんですかッ!?」


「なんでって、そりゃあ脇部がなぁ……」


「ちょっとユーキ! アンタ何したのよ!?」


 信じられない、と真宵は勇気を睨むが。

 実の所、まったくの冤罪である。

 とはいえ、彼としてはあまり言いたくないので、困った顔をするしかないのだが。


「おい脇部? お前何も説明して……いや、さっきの感じだとお前も知らなかったのか。水池の転校を」


「そうなんですよ霞ヶ浦センセ、ほら分かるでしょ? ウチの親も脇部ですから」


「あー、そうだなぁ。脇部だもんなぁ…………」


「ええぇ……何なのアンタんチって」


 ドン引きする真宵に、勇気は渋々説明した。

 出来るなら、本当に説明したくなかったのだが。


「あー、昨日さ。英雄兄さん達と食事したじゃん?」


「え、あの人が何かしたの? ファッション陰キャで服飾センス最悪のアンタに比べたら、余りにも普通な良い人そうだったけど」


「そう見えるよな、うん、英雄兄さんはそう見えるだけなんだよ……」


 遠い目をする勇気に、担任も思わず心の底から頷いた。

 かの親戚は、とにかく破天荒な人物であった。

 人の良さそう、という評価は当たってはいるが、やることなすこと周囲を巻き込んで学校全体のイベントにしたり。


「そ、そんなにヤバイ人なの……?」


「ヤバイと言えばヤバイと言うか、近隣の高校のみならず中学まで巻き込んで、男女に分かれてバレンタインに大騒動やったり。結婚式イベントの最中に相手の親族を説得する為に心中未遂したり?」


「あれから三年も経つんだなぁ……、そういえば脇部、お前が入学すると聞いて職員室が大パニックになったのしってるか?」


「流石に知ってますよ、だってその時の二年と三年の先輩や、地元から進学してきた奴らの妙な期待とか勧誘とか激しかったですから。――あああああああっ、思い出すだけで面倒臭いっ!! 俺は確かに脇部で英雄兄さんとは従兄弟同士だけれどもっ!! 同じ期待なんてしないでくれ兄さんに比べたら俺は陰キャなんだ!! そう、何処に出しても恥ずかしくない陰キャなんだ!!」


 複雑な感情が混じった叫びに、真宵は思わず同情してしまう。

 食いしん坊な意地っ張りでファッション陰キャな変人だと思っていたが、その奥底には偉大な従兄弟への劣等感があったのだと。


「……苦労してるのねアンタ」


「いやいや騙されてはいけないブヒよ水池さん! あ、ボクは勇気の親友の天見太志でブヒ」


「えっと、天見君? どういう事??」


「すぐに分かると思うでブヒが、勇気も話に聞く脇部であったという事なんだ、率直に言えば色々やらかしてるんで同情とかするだけ損ブヒ」


「おい太志っ!? それ酷くねぇっ!? 皆もそう思うだろ!? 俺は英雄兄さんの所行と比べれば大人しいって」


 慌てて勇気はクラスを見渡すが、誰もが目を反らすか苦笑して。


「か、霞ヶ浦センセ!! なんかフォローしてくれよっ!!」


「…………すまん脇部、許嫁を前に取り繕いたい気持ちは理解するし、力になりたいが……何も言えない私を許してくれっ、ああ、私は教師失格だ!! 教え子の見栄も守れないなんてっ!!」


「そんな事ないブヒよ! 霞ヶ浦先生は素晴らしい教師だってボク達みんな理解してますから!! なぁみんな!!」


「そうだぜ先生!」「頑張って先生!」「先生最高!!」「こんな美少女が許嫁なファッション陰キャの見栄なんて放置して良いんですよ!!」


「くぅ~~、ありがとう皆!! 私は教師として嬉しい!!」


「なんてクラスメイト達だっ! 誰も俺をフォローしてくれねぇ!! やっぱり俺は陰キャだったんだ!!」


 男子も女子も席を立ち、霞ヶ浦教諭を囲んで励ます。

 一方で勇気は悔しがっているのだか、喜んでいるのやら。

 そんな光景を目の当たりにし、真宵は遠い目をして。


「え、アタシこんな変なクラスに転入するの……?? というかこの学校じたい変過ぎない??」


 非常に先行きを不安視していた。

 そんなこんなで朝のホームルームは終わり、午前中は休みの度に質問責めにあっていた真宵と勇気ではあるが。

 ――事件は、昼休み突入直後に起こった。

 彼からしてみれば普通の光景であったが、彼女からしてみれば異様な光景であり。


「いやいやいやいやッ!? ちょっと待ちなさいよユーキ!? アンタいったい教室で何をしようとしているワケッ!?」


「え? 昼飯の準備だけど?」


「そうじゃなくてッ、なんで卓上コンロとホットサンドメーカー準備してるのよッ、おかしいでしょ普通!! 誰か止めなさいよ!?」


 そう、教室にも関わらず勇気が用意していたのは。

 各種食材と調理器具、しかも誰も注意しないし。

 よく見ると教室の後ろには掃除用具を入れているロッカーに並んで冷蔵庫まで完備してあり。


「百歩譲って家庭科室でするならまだしもッ、なんで教室で料理しようとしてんのよッ!!」


 真宵の叫びに勇気以外のクラスメイトは、ああ、と盛大に苦笑したのであった。


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