第7話 転校生は許嫁(後)




「よく聞け真宵、今は昼休みだ。そして生きている限り人間は食事を取らなければいけない、――そう、人生で何より尊い食事の時間なんだ」


「遺言はそれだけ?」


 何の言い訳にもなっていない言葉に、真宵の額に青筋が浮かぶ。

 非常識だ、変な奴だとは思っていたが、食いしん坊だとは薄々感じていたが、ここまで非常識な奴だっとは思わなかった。

 怒る彼女とは正反対に、勇気は平然と。


「拳を振り上げんなよ、メシを食うために食事の支度をして何がおかしいんだ?」


「教室でキャンプ道具使ってまで作るなって言ってんのよ!! 危ないでしょうが、それに普通はこんなの見つかったら良くて反省文、最悪停学じゃないの!!」


「あー、そっか、心配してくれたんだな。……ありがとう真宵」


「変なところだけ素直に受け止めるなッ」


 頭を抱えて信じられないと唸る真宵に、助け船がひとつ。


「ふっ、ここはボク。勇気の親友……そう親友であり同じく料理研究部所属にして副部長の天見太志が説明するブヒ!!」


「し、知ってるのデブ!!」


「お、ボクのデブアピールに乗ってくれるの初めてだブヒ。勇気は優しいお嫁さんを持ったブヒねぇ……、そうそう料理研究部の部長は勇気ブヒよ」


「コイツが……、納得行かないけど妙に納得しちゃう自分が悔しい!!」


「そうだユーキ、ホットサンド作るならボクの分もお願い」


「オッケー、真宵も食うか? いやテメェには絶対に食わす、学食行かずに待っとけーい!」


 問答無用に作り始める勇気に、真宵も思わずリクエストしてしまう。


「せめて選択肢を頂戴よッ、具体的にはBLTでトマト多めで! くれぐれも夜食みたいにチーズマシマシにするんじゃないわよ殺すわよ!!」


「うーん、このノリのよさ。水池さんも素質あるブヒねぇ」


「なんの素質よデブ! つーか、早くコイツの奇行の理由を話しなさいよ」


 サクサクと食材を切る音を聞きながら、太志は真宵に説明を始めた。


「朝も言ったと思うけどさ、勇気も伝説のOBである従兄弟さんの事を言えないってニュアンスの言葉を」


「……ああ、言ってたわね」


「見ての通り勇気は食いしん坊で、食事の事なら暴走するでしょ?」


「今まさに痛感してるわ……」


「ウチの学食もレベル高い方だけどさ、勇気は折角だから自分で作りたいって暴走しちゃって。わざわざ校長に食戟を挑みにいってさぁ、あの時はワクワクしたね!」


「え? 食戟って何?」


「あれ? 知らない? 食戟のソーマってジャンプのマンガあったじゃん、グルメでバトルするやつ」


「そう言えばあったわね、読んだこと無かったけど。……って、それをマジでやったワケこのバカは!?」


 バカか、バカじゃないのか己の許嫁は。

 バカさ加減が限界突破している、頭痛すらしてきた気がするが、太志はそんな真宵に追い打ちをくらわす。


「そうなんだよ、ウチの校長も超ノリノリでさぁ。以降、教室には冷蔵庫とコンロが完備なんだ。もっともウチのクラスだけだけど」


「どうなってんのよ、この高校ッ!? というか勝ったのね? 勝っちゃったのねこのバカが! 誰か止めなかったワケ!?」


「ウチの高校、こういうバカ騒ぎ大好きな校風だから。水池さんも慣れた方がいいよ、バレンタインは戦争だし、ベストカップル大会とか、カップル限定校内スタンプラリーとか、突発的に体育館でスマブラ大会とかあるし」


「なんで許されてるワケ…………??」


「うーん、元々そういう校風だったけど。大体の原因はほら、勇気の従兄弟さんかなぁ」


「ここでも出てくるのあの人ッ!? そりゃコイツが拗らせてファッション陰キャになる筈よ!!」


 とんでもない所に転入してしまった、真宵が呆然としていると。

 勇気は脳天気な口調で声をかけた、昼食が出来上がったからだ。


「よーし出来たぞ!! 今日はBLTホットサンド! 勿論、ポテト付きだぁ!! お好みでチーズソースをかけて食べてくれぇい!!」


「わ、やった! ボクは勇気が作るお昼ご飯が毎日楽しみでさぁ」


「…………はぁ、こうなったら食べるしかないわね」


「熱い内に食べてくれ、今日も自信作だ」


「はいはい、出会って数日だけどアンタの料理の味だけは信頼しても良いって思ってるのよ。……ん、美味しい!」


「作ったメシをウマイと喜ばれる、これこそ生き甲斐だよなぁ……、あむあむ――――ウメェ!!」


 美味しそうに食べる真宵を横目に、勇気も食事を開始。

 熱々のパン、外はバターでカリっと中はふわっと。

 そして新鮮なレタスとトマト、カリカリのベーコンと卵、思いっきりかぶりつけば、半熟たまごの黄身がトロっと口の中に広がって。


「ここでポテトを食べる、そしてそれをコーラで流し込む……くぅ~~~~食事って最高だな!!」


「あむあむ、むしゃむしゃ、この分なら食事は全部アンタに任せていいわね」


「いやお前も作れ、テメェなのが癪だが女の子の手料理食べたい」


「自称陰キャにしては図々しいお願いねぇ、ま、アンタに借りを作りっぱなしなのも嫌だし数日に一回は作ってあげるわ」


「もぐもぐもぐもぐ、さすが許嫁だね。ボクは君たちが羨ましいなぁ……」


 うまうまと三人仲良く食べているその時であった、彼らに近づく者が一人。

 髪を茶に染め、ピアスとネックレスがチャラさを演出している見るからに陽の者が勇気の前に立つ。


「やぁやぁ陰キャくん、今日もウマソーに食べてるじゃん? オレらにも分けてよ」


「くっ、今日もメシを奪いにきたか陽キャめ!! クラスカースト頂点に虐げられる、これが陰キャの宿命だというのか何たる悲劇ポテトにチーズソースもつけるか?」


「サンキュー、言わなくてもオレ達の分も作ってくれてる脇部は好きだぜ、はい今日のメシ代」


「まいどー、二度と来んなよー」


「はいはい、明日もカツアゲに来るからな、――そうだ明日はカツカレーにしてくれよ」


「把握、追加料金とるけど良いな?」


「問題なし、じゃあ頼むわ」


「…………いや、どんな仲なワケ?」


 首を傾げる真宵、だってそうだろう。

 ファッション陰キャとはいえ陰キャ、陽キャの手合いは毛嫌いするだろうに。

 どう見ても、かなり仲のいいクラスメイト、親友と言われても不思議ではない。


「彼は春色春樹(はるいろ・はるき)、見ての通り陽キャなんだ。勇気のファッション陰キャに付き合ってくれるとっても良いヤツなんだブヒ、ちなみにボクら三人でよく遊びに行ったりしてるんだ」


「それ友達よね、親友レベルかもしれないヤツじゃん

!?」


「勘違いするな真宵、アイツは陽キャ……次々と綺麗どころとデートしてる強者だ、陰キャの俺とは相容れないヤツだぜ……こないだもマリカで俺が一位の時にトゲ甲羅ぶつけてきたのは絶対に許さん!!」


「どうみても仲良しッ!?」


 驚きの連続で、もう何処にどれだけツッコミを入れればいいか分からない。

 途方にくれつつもウマウマと食事を続ける真宵の前に、春樹は言い忘れたと戻ってきて。


「――ようこそ水池っち、歓迎するよ! いやぁ水池っちみたいな理解がある女の子が、脇部っちの許嫁で良かったよ。変人だけど良いやつなんだ、コイツをよろしくな」


「ウルセェぞ春樹、とっとと帰れ!」


「こいつ素直じゃないけど、嫌いな奴に食べ物分けるヤツじゃないし、そもそも嫌いだったらどんな手を使ってでも離れる奴だし、結構わかりやすく行動で出るタイプだから見捨てないでくれると嬉しいぜ」


「ははーん、そういうコト。良い情報ありがと春色くん」


「くそっ、ニヤニヤすんな真宵! んでもって春樹は早くどっか行けぇ!!」


 ははは、と彼は笑いながら去っていき。

 真宵は満足そうに、隣の許嫁に微笑んだ。


(変な学校だけど、案外悪くないじゃない)


(真宵が受け入れられたのは良かったけどさぁ、つーかテメェ分かってんのかよ、学校でも外堀埋まってきてるじゃねぇか!!)


(しっかし、何か引っかかってるのよね。何か重大なコトを忘れてるというか……ま、ご飯が美味しいからいっか)


(コイツ絶対忘れてるだろ、俺と婚約破棄バトルしてるの絶対に忘れてるだろ!?)


 流されて結婚なんて絶対に嫌だ、こうなれば太志と春樹に相談して次なる策を、と勇気は思案し始める。

 故に気づかなかった。

 廊下から三人の様子をずっと監視していた存在を、彼女が鋭く睨むような視線で勇気と真宵を見ていた事を。

 ――そして放課後である。彼の下駄箱には、赤いハートのシールで封がされたピンクの封筒が入っていて。


「おい真宵、俺ちょっと用が出来たから先に帰っててくれよ」


「え、何その手に持ってるラブレターみたいなの。同様してる雰囲気でもないし……もしかしてモテるのアンタ?」


「ラブレターじゃなくて、果たし状みたいなもんだ。お前が来たらややこしくなりそうだから帰れ」


「…………ふーん、わかったわ」


 妙に聞き分けのいい真宵の返事に違和感を覚えながら、勇気は手紙に書いてあった指定場所、校舎裏へ行く。

 そこには。


「――良く来てくれた脇部勇気」


「やっぱお前か……」


 ショートカットの美少女の姿が、そこにはあった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る