第22話 花嫁衣装を着ちゃいますか?(後)



「――――あれは、俺がまだガキの頃だった」


「え、アタシ聞かなきゃいけないのそれ?」


「聞け」


「えー、どうせロクでもないエピソードっぽいし……」


「――――いいから、聞け、な?」


「…………はい」


 拒否しようとした真宵であったが、勇気の気迫に負けて頷く。

 彼は遠い目をして、一度目を閉じる。


「あれは……俺がまだガキの頃だった」


「そこからやり直すんだ」


「昔の俺はな、天使のようなそれはもう可愛い可愛い容姿でな、初対面の人に女の子ですかって言われるぐらいだったんだ……」


「それ、今も服によっては変わらないと思うわ。――ああ、だからセンスゼロの陰キャっぽい服着てるのねアンタ」


「シャラップっ!! だがそれには理由があったんだ!! あろう事かウチのオトンとオカンはな……ガキの頃の俺に女の子の服を着させてたんだ!! 分かるか? この衝撃の事実を!!」


「そりゃあ、そんな顔してたら無理もない……のかしらね?」


「女の子とて育てたら、とか何か理由があって着させてたならまだしも!! 間違えて買ってきたけど着せてみたら似合ってたからってっ!! だからってそのまま女の子の服を息子に着させるんじゃねぇ!! 分かるか? 余りに似合いすぎて中学入るまで、誰もツッコんでくれなかったんだぞ!! ありえねぇだろ!! 太志は趣味で着てるのかとか勘違いしてたしっ!! 春樹に至っては、女の子じゃなかったのか!? とか悔しがってたし!! ド畜生が!! どうりで他の男子が男向けの服着てた訳だよ!! なんで気付かなかったんだよ俺えええええええええええ!!」


 ちゃぶ台をバシバシ叩きながら泣き叫ぶ勇気に、真宵は鋭く一言。


「それ、アンタが早く拒否してたら終わってた話じゃないの?」


「だからだよっ!! オトンもオカンも素直にずっと着てるから、そういう趣味だと思ってと受け入れてたとかさぁ!! もおおおおおおおおおおおおおっ!!俺は男にチヤホヤされる趣味はねぇ!! 春樹の野郎めっ!! 何が男に理解がある美少女だと思ったのにだ!! ふざけんなっ!! 小学校の時の同級生の女子共も、似合ってたし趣味だと思ってたとかさぁ!! 俺は男だよ!! 女装の趣味なんてねぇよ!! 二度とするもんか!!」


 何という悲劇、切っ掛けは親の悪ノリにあるとはいえ。

 全ては勇気が疑問に思わず、女の子の服を着続けてしまった事に大きな原因がある。

 それはそれとして、そこまで言われると真宵としては。


「ねぇ、ちょっとアタシの服を貸して上げるから着てみなさいよ」


「今の聞いてそれ言うっ!?」


「むしろ言うでしょ、気になりすぎるわよそんなのッ!! さ、はよはよ女装ッ!!」


「ふざけんなッ!! だから俺は絶対に女装しねぇし、モデルの話も断る!!」


「ぬぅ……これは難敵ね…………」


 勇気がノーと言う以上、この話はお流れになる。

 しかし真宵は受けたいし、彼の女装姿も見てみたい。


(気になるッ、これは絶対に気になるわッ!! 嗚呼、――――どんな手を使ってでも、ユーキを女装させてみたい!!)


(目の輝きが違うっ!? ま、まさかコイツ、俺に女装させようと考えているなっ!!)


(普通に頼んでも無理、ならば弱みを握るか交換条件…………)


(絶対にだ、例え俺に何があっても――女装はしない)


 勇気の覚悟の瞳に対し、抵抗されると燃え上がる真宵の目。

 

(――――理解したわ、弱みを握るは悪手。揺さぶるのはコイツの欲望)


(ただ拒否するだけじゃダメだ、真宵を納得させるには妥協点が必要……)


(ふふふッ、ククククッ、ああ――リスクを負う時が来たようね。アタシは負けない、そしてアンタの欲望を刺激するッ、女装を受け入れる様にねぇッ!!)


(くっ、手持ちのカードが少ないっ。どうすれば良いんだっ!?)


 睨み合うこと数秒、真宵が先制攻撃を仕掛ける。


「多少は妥協するわ。アンタにむやみやたらと女装を強要しないし、今後、アンタが女装を強要されたら見方になって断ってあげる」


「へ、へぇ、随分と物分かりが良いじゃねぇか」


「その変わり、今回の件はアンタも協力して女装を受け入れなさい。――――キス三回で手を打つたない?」


「え、三回もキスして……じゃねぇっ!? お、お前それは禁じ手じゃねぇか色んな意味で!!」


「アンタならノーカンよ、今のアタシとアンタは許嫁同士、なら媚びを売っても普通でしょう?」


「え、ええぇ……良いのか? うーん、良いのか??」


 枕、という単語を勇気は真っ先に思い浮かべてしまうが。

 その相手が己自身ならば、そして二人の関係を考えれば。


(い、良いのか? 本当に?? ――くっ、動揺するな俺ぇ!!)


(アンタに見抜けるかしらね、キス云々はアンタを動揺させる布石…………ッ)


(見落としてる、何かを見落としてる筈だっ!!)


(まだ揺らすッ、決定的な隙が出来るまで揺らす!!)


 おもむろに彼女は芋ジャージの上を脱ぐ、すると中には長袖のインナーシャツが。

 それだけなら一応は普通の範疇、だが勇気が目を見張ったのは――。


(ふおおおおおおおおおおおおっ!? なんかスッゲェ胸元開いてるんだけどおおおおおおおおお!! しかもブラの形がわかるぐらいにフィットしてるやつうううううううううう!?)


 そう、色仕掛け。

 彼女としては普段着なのだが、推定童貞、事実として童貞の勇気には極めて有効。

 マジマジと見るわけにもいかず、そわそわと視線を泳がせる。


「ねぇ……キス以上のコト。したくない?」


「の、乗らないぞそんなのっ!!」


「聞きなさいよ童貞」


「どどどどどどど童貞ちゃうわっ!!」


「アタシ達はいずれ別れる、でもその後に恋人が出来た時に困らないように――――大人の練習、してみない? 真の男になってみない?」


 声に艶を乗せて煽る真宵、そんな見え見えの罠に。

 しかして勇気は動揺するしかない、童貞卒業、それは陰キャの夢。

 陰キャである以上、一生叶わないかもしれない……夢。

 その夢が、手が届くところにあるのだ。


(――――嗚呼、俺は――――っ)


 それを。勇気は。涙を飲んで。


「…………断、わるっ!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ、俺はっ、俺はぁ!! 一生童貞でも女装なんてしねぇぞおおおおおおおおおおお!!」


「アンタ、そんな覚悟を――――ッ!?」


 負けた、敗北、真宵の脳裏にそんな言葉が流れる。

 この決意をバカにしてはいけない、否、どうしてバカに出来ようか。


(ユーキ、アンタって……なんて、なんて可哀想なヤツなのッ!!)


 思わず涙が出てきそうだ、なんて哀れなんだ。

 自分に出来ることは、数少ない。

 この哀れなピエロ男を、女顔のファッション陰キャを、仮の許嫁として出来ることは。


「…………アンタの意志を尊重するわ」


「分かってくれたか真宵っ!!」


「だから、今回の件は断ってくれていい」


「恩に着るぜっ!!」


「だからね、――女の子みたいに可愛すぎて哀れで悲しい童貞ユーキ……」


「多くない? なんか形容詞多くない?? というか何でマジ泣きしてるんだ??」


 はらはらと大粒の涙をこぼす真宵、それは絵になる光景ではあったが。

 勇気としては、大いに引っかかるものであり。


「この先、少しでもアンタが男として自信を持てる様に…………その童貞をアタシが奪ってあげるッ!!」


「……………………――――――な ん で だ っ !!」


 彼は、頭をちゃぶ台に勢いよくぶつけた。



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