第21話 花嫁衣装を着ちゃいますか?(前)



 従兄弟から持ちかけられた話は、結婚式場のパンフに乗せるウェディング衣装のモデルの仕事であった。

 回答期限は五日後、勇気は次の日を丸ごと迷った挙げ句、さらにその次の日の夜にようやく。

 布団の上で、真宵と向かい合って。


「何? やっと話す気になったの?」


「ああ、かなり慎重な判断をしなきゃいけねぇ問題なんだ」


「話が見えない、とっとと本題に入りなさいよ」


「お前に知らせず断ろうかと思ったんだが、流石にそれはダメだと思って、でも俺は嫌なんだよなぁ……」


「アンタが悩んでるのは見てわかるから、一昨日の夜からずっと唸ってるし。いい加減鬱陶しいからはよ言え」


 この期に及んで躊躇う勇気に、真宵はぴしゃりと言った。

 だってそうだろう、彼女は何も聞かず待ったのだ。

 しかも自分に関わる事なら、なおさら早く聞きたい。


(あああああああっ、もう!! なんで英雄兄さんはわざわざこんな条件を付けるかなぁっ!! 嫌がらせ? 嫌がらせだろ絶対!! 本人的には善意半分で、他に何か狙いもありそうだけどさぁ!!)


 かの従兄弟殿は破天荒ではあるが、基本的には善人。

 故に、その行動も善意に基づくものだが。

 いかんせん、策謀家気質というかサプライズプレゼントが好きな性質でもあり。


「ホント、これがまだフィリアさんからだったらまだ…………いやまぁ、仕事自体はそっちのコネなんだろうけど」


「仕事? アタシたち二人にアルバイトでも紹介されたの?」


「…………結婚式場のパンフに使うモデルの仕事、俺とお前に」


「はッ!? 何それ早く言いなさいよ!! アタシのアイドルへの道を大きく前進させる一歩じゃない!!」


「お前だけなら悩んでねぇんだよ! いやそれでも躊躇うけどさぁ!!」


「アンタ、いったい何を悩んでるワケ……??」


 彼女としては歓迎すべき話なのに、何故に彼はそんなに言い出すのを躊躇っていたのだろうか。

 真宵の呆れ半分、苛立ち半分な突き刺すような視線が勇気に突き刺さる。

 彼は、苦虫を噛み潰したような顔で。


「………………条件がな、俺も女装して一緒にウェディングドレス着ろって」


「はい? もっかい言って?」


「だーーかーーらーーぁっ!! 俺も着なきゃいけねぇんだよ!! それが悩んでた理由の一つなんだよ!!」


 頭を抱えてちゃぶ台に突っ伏した勇気を、真宵はしみじみと眺める。

 確かに彼は童顔、女顔とも言っても過言ではない。

 更に小柄な体型であるため、女装もよく似合いそうだ。


「…………あー、そういえば女装イヤなんだっけ」


「なんでだよっ!! なんで英雄兄さんはこんな条件出してくるんだよ!!」


「というか、あの人ってそんなコネ持ってるの? 結婚式場に知り合いでも居るワケ?」


「英雄兄さんは無駄に顔が広いんだ……いや今回はフィリアさん経由だろうけど」


「あの綺麗な金髪ハーフの奥さん?」


 首を傾げる真宵に、勇気はそういえば話してなかったと頷いて。


「…………あの人、あの巨大グループ企業の這寄財閥のお嬢様だぞ。次女って話だから跡継ぎじゃないらしいけど、高校生の時から会社を幾つも経営してるとか何とか」


「はぁッ!? 何それッ!? 完全に逆玉じゃない英雄さんッ!? というか、つまりあのフィリアさんの経営してる式場からって事……?」


「そこまでは聞いてないけど、這寄グループのブライダル関係からの依頼みたいだ」


「スゴいじゃないッ!! っていうコトは……アンタを利用すればアタシの未来が切り開けるってコト!!」


「まぁそうなんだが……さぁ、気付かないか真宵?」


 難しい表情を見せる勇気に、真宵は今一つピンとこない。

 何が言いたいのだろうか、見落としている事があるのだろうか。

 そんな顔を読みとったのか、彼はジト目で告げた。


「この話を受けるとな、婚約破棄しにくくなるぞ」


「そうだったッ!! アンタ経由のコネってコトは、アンタと結婚するのが前提ってコトじゃん!! あー、つまりそれで悩んでたワケね?」


 言い換えれば、勇気は真宵の将来を考えて悩んでくれていた訳で。

 自然と彼女の口元が緩む、嬉しい、そんな感情が胸の内から沸き上がった。


「なんだ、良いところあるじゃんアンタ」


「何だよそれ……」


「つまり、アタシたち二人が目指す関係と、アタシの将来のコトを考えて悩んでたワケでしょ? うん、そうやって悩んでくれるのって好きよ」


「――――っ、お、お前の為じゃねぇっ、俺が女装するの嫌だったからだっ!!」


 ふわりと微笑んだ真宵に、勇気は思わず赤くなって顔を反らした。


(ふふッ、可愛いわねユーキ。でも直接言ったら不満そうな顔するでしょ? だから言ってあげない)


 彼女としては、かなりご満悦である。

 そして残る問題は受けるか否か、しかしそんなものは最初から決まっている。

 ならば、後は勇気の説得だけ。


「アタシを思いやってくれたのは嬉しいけど、そんなもの杞憂よッ!!」


「どうして?」


「この水池真宵様ならばッ!! これを足がかりにしてアンタのコネに頼らずともアイドルの道を開けるのは確定ッ!! ――だからね、心配してくれて嬉しいけど……アタシはこの話を受けたいわ」


 胸を張る許嫁に、勇気は確かに見惚れてしまった。


(…………お前は、強いんだな)


 彼女の気持ちに答えたいと思う、だが。


「お前はそれで良いとしても俺は嫌だぞ、普通に女装とかしたくねぇし、ウェディングドレスなんか男の俺が着れるかってんだよっ!!」


「そこは、一緒に受けようぜって言うところでしょうがッ、この意気地無しッ!! 男らしくないわよッ!! 婚約者の将来の後押しをしようって気はないワケ??」


「それとコレとは話が別だっ!! 俺は――女装なんかしないっ!! 忘れるもんか!!」


 そう叫ぶと、勇気は悲しき過去を話し始めた。



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