第10話 運命の二人(前)



「……どういう事か、ちゃんと説明してくれるんでしょうね」


 戸惑い半分、怒り半分の真宵へ、勇気は努めて冷静な表情を保ち説明を開始した。


「まず前提として確認しておきたい、俺達はこの婚約を破棄する意志がある。そうだよな?」


「ええ、勿論よ。アンタなんかとホイホイ結婚してたまるもんですかッ」


「そして、お互いにそれを言い出させたい。……これも同じな筈だ」


「イエスね、自分から言い出すなんて負けも同じよ。でもそれがどうして距離を置く事に繋がるの?」


 勇気は簡潔に答えた、それは真宵が失念しているだろう事で。


「俺達、周囲に流されてないか? 親も学校も、外堀が一気に埋まってる。そして何かする度に、祝福の言葉や墓穴を掘って熱愛カップルっぷりを見せてる…………不味いだろコレ」


「ッ!? た、確かに!! 不味い、不味すぎるわよッ、こんなんじゃアイドルへの道がますます遠ざかるだけよッ!!」


「納得行ったか? そして俺達もさ、ちょっと距離が近すぎる気がするんだ」


「……そうか、一緒に暮らしてんだもんね。確かにこれは物理的な距離を取るしかないか」


 悔しそうにする真宵に、勇気も厳しい顔で頷く。

 ならば。


「とりあえず明日から、学校では出来るだけ別行動、放課後もメシ当番は先に帰る、そんな感じで行こう」


「異議なし。放課後も一緒にいなければ、これ以上裏目に出る事も無いもんね」


「明日から一週間、これで様子見をしようぜ」


 そう言うと勇気は右手をグーで差しだし、それを見た真宵も左手を握り、拳を合わせる。


「「婚約破棄の為に!!」」


 という訳で、二人は物理的な距離を取ることに決めたのだが。

 次の日、学校で最初の休み時間である。


(小便してぇな、トイレに行こう。……アイツも何処かに、あー、もしかして同じくトイレか? なら被らないように遠回りした上で、下の階のトイレへ行こう)


(トイレに行くわけだけど……ユーキもか、まぁ被らないように下の階のトイレに行けば良いわね。念のためにゆっくり歩いて……)


 故に、ごく自然な流れで事故が起こる。


「――なんでお前もなんだよっ!? 他のトイレ使え!」


「アンタこそ普通にトイレ行きなさいよッ!!」


「お前もなっ、ああもういきなりコレかっ。次からはお前が二階の使え、俺が一階に行くから!」


「ええ、そうしてくれると助かるわッ!!」


「はんっ!」「ふんッ!」


 トイレに行っただけで、この有様だ。

 だがしかし、これで心が折れる二人ではない。

 昼休み前にもなれば、再び思考を回し始めて。


(深読みするから鉢合わせするんだよな、昼休み……ここで真宵と距離を取れば不仲説が浮上して、分かれやすくなる筈だ)


(ユーキは今日も教室でご飯を作る……というか、もう完成して後は食べるだけ。――だからこそ、アタシは学食に行く、それはアイツだって読んで引き留めない筈よ)


(ここで俺も学食に行くのは悪手だ、だが……引き留めないのも不自然じゃないか? 突然、コイツと距離を置くと周りのお節介で近づく羽目にならないか??)


(ここでの不安要素は周囲の反応ね、どうやら良い人ばっかだから……ここでアタシがユーキの作ったご飯を食べないのは不自然)


 つまり、勇気としては真宵を引き留めない理由が、真宵としては勇気から離れる理由が必要である。


(俺かコイツのどっちかがトイレ……いや、今日のメニューはカツカレー、出来るだけトイレの話題は避けたいっ)


(食べている最中にお腹痛いって――それはダメね、変な勘違いされて逆効果かもしれないし、最悪の場合はユーキの作るご飯の評判が下がるかもしれない)


(――ここは、敢えて一歩踏み込むのはどうだ? 二人っきりで食べたい、そう主張する!! 後はコイツがそれを適当な理由で断れば良い!! それだ!!)


(だから段階を踏むわ、私がコイツを学食に誘う――そして、ユーキは適当な理由で断れば良い、その後は喧嘩をしてみせれば…………ええ、これで完璧よッ!!)


 そうと決まればと、二人は同時にお互いを見る。


(目があった、――そうか、悔しいが俺達は通じ合ってる様だな。なら話は早い…………断ってくれるよな真宵!)


(アイコンタクト、そして意味深な頷き……ふッ、やっぱりアンタとは相性が言い訳ね、こんな出会いじゃなきゃお気に入りの下僕にしてあげたんだけど。――ええ、そうよ、断ってくれるわよねユーキ。アタシ信じてるから)


 完全にすれ違っているが、ある意味では完璧に噛み合ってしまった二人は。

 授業が終わり、教師が出て行くなり勢いよく立ち上がって。


「よぅ真宵っ、今日は二人だけで食おうぜ!!」


「ねぇユーキ、今日は学食で二人っきりで食べない?」


「…………うん?」


「…………はい?」


「おっ、今日も熱愛ブヒねお二人さん! 確かに水池さんも学食が気になる感じだよね。今日のカツカレーはボクが皆に配っておくから、二人で学食に言っておいでブヒよ!!」


(しまったぁああああああああっ!? 太志を計算に入れてなかったっ!? つーかさっきの自慢気に頷いてたのなんだよテメェ!! 断るんじゃねぇのかよっ?!)


(ああああああああああッ、断りなさいよバカユーキ!! っていうか太志!! ありがた迷惑なのよ!! でも面と向かって言えないのが、もおおおおおおおおおおおおおおッ!!)


 策士、策に溺れるとはこの事だ。

 お見合いの時より外堀ダメージは少ないとは言え、同じ事を繰り返してしまった二人の精神的ダメージは計り知れない。


「…………あ、ああ、じゃあ頼むわ太志」


「うん……じゃあ、い、行きましょうかユーキ……」


「なんで二人ともギクシャクしてるブヒ? ああ、さては照れてるブヒね? そうブヒよね今が一番、楽しい時期ブヒよねぇ……ボクも恋人欲しいブヒなぁ」


 羨ましそうにする太志を背に、二人は肩を落としながら学食へ。

 そして仲良くきつねうどん定食(温泉卵と京風お稲荷さん三つ付き)を頼むと、学食の角の席に座り頭を抱えて落ち込む。


「何でだ……何でこうなるんだっ、畜生、アイコンタクトなんてしないで、最初から手紙で打ち合わせすれば良かったんだっ」


「アタシとした事が……、アンタの事を無条件で信じるんじゃなかったわ、――――でも」


「ああ、そうだ。俺達はまだ……」


「諦めない、そうよねユーキッ!!」


「そうだぜ真宵っ! 俺達の未来のために――今はこのきつねうどん定食を美味しく食べよう」


「悲願成就の為に、ええ、今は食べましょう……あ、かなり美味しいじゃない!? え、これが学食のクオリティ!?」


 ウチの学食は美味いんだ、と仲良く食事をする二人。

 まだ放課後が残っている、とにかくこれ以上の鉢合わせを避けるために。


「――提案があるの、放課後について」


 真宵はうどんを啜りながら、自信満々に言った。

 

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