第7話 出会いの合コン③

「大野元気もとき。ゲンキって書いてモトキね。一応、そこの心優みゆのカレシなんで、狙っちゃダメね」

「誰も狙わねーし。そういうノリ、恥ずかしいからやめてよね」

「なんだよ、心優。照れちゃって〜」


 連れて来られたのはカラオケボックスだった。

 津ケ谷たちのあとを追うようにしてカラオケボックスに入り、そこの個室でドリンクだけ頼んで待つこと十分ほど。女の子が四人ぞろぞろと現れ、固まる眞彦をよそに自己紹介の流れになった。

 まずは幹事――ということで大野がトップバッターになったのだが、さっそく隣に座るカノジョと痴話喧嘩。皆の注目が集まる中、平然と肩を組み、肌を寄せ合い、ベタベタとする二人を前に眞彦は面食らってしまった。


「はいはい、勝手に二人でイチャイチャしてもらって」と痺れを切らしたように津ケ谷が横槍を入れ、「俺は津ケ谷礼司れいじね。昨夜から楽しみで寝れませんでした〜。よろしくっす」


 さすが――とでも言っていいのか。人懐っこい笑みと気さくなコメントで津ケ谷は場を和ませると、「ほい」と見えないバトンを隣に座る伊吹に渡した。

 すると、伊吹は面倒そうに「伊吹典男〜」とふんぞり返ったまま手を振って見せる。


の悪い男ね。覚えやすいっしょ」と津ケ谷はすかさず、ウィットに富んだ一言で和んだ空気を保ちつつ、ちらりと眞彦に視線を向けてきて、「えっと、じゃあ次は……」


 ぎくりとする。

 自分の番――いや、『』の番だ。

 そりゃあ、自分にも回ってくるだろうに。何を呑気に構えていたのか。ここまで来て、まだこの状況に現実味が湧いていなかった自分がいたことに気づく。たちまち、かあっと緊張が熱となって込み上げてきて、お尻に火でも点いたかのように「あ……その、僕は……!」と眞彦は立ち上がっていた。


「稲見……稲見キョーヤです! 今日は……よろしくお願いします!」


 つい、勢いでビシッと頭を下げていた。真面目な高校生らしく……。

 しんと静まり返る場。不穏な空気が漂っているのを肌で感じて、やってしまった――と瞬時に悟った。

 さあっと血の気が引く。


 今の……どこが恭也くんなんだよ――?


 虚しく、どこかから軽快なポップソングのメロディーが漏れ聞こえてきていた。そんな中、誰かが「稲見って、彼があの……?」と呟く声が微かに聞こえた気がした。

 ハッとして思わず顔を上げた、ちょうどそのとき、


「ありがと、恭也! 今夜は一段と気合入ってんな」といつの間に隣に来ていたのか、津ケ谷がポンと背中を叩いてきて、「とりあえず、座って座って」

「あ、はあ……すみません」


 いいの、いいの、とでも言わんばかりに津ケ谷は背中をポンポンと叩いてくる。それが有難いやら、居た堪れないやら。しゅんと身を縮こめながら、眞彦は腰を下ろした。


「じゃ、女性陣の自己紹介もお願いしていい?」

「あ、そうですね! じゃあ、私から〜」


 津ケ谷に促され、思い出したように弾んだ声を上げたのは、大野とベタベタしていた茶髪の女性だった。


「峯岸心優です〜。今夜は幹事ってことで。あとは若い皆で楽しんでね」


 同い年だろー、とどこからともなくツッコむ声が上がって、また場の空気が和んだ。それにホッと安堵しつつ、眞彦は思い出していた。どこからともなく上がったさっきの声――『稲見って、彼が……?』と意味ありげにこっそり囁く誰かの声が脳裏に蘇る。

 そういえば、恭也も言っていた。大野から自分の話は向こうにダダ漏れだろうから、黙っていても向こうから寄ってくる、と。いったい、恭也のどんな話が伝わっているのだろうか。確かに、恭也は男の自分から見ても格好いいと思うし、モテるだろうとは思っていたけど、よっぽどなのか? ああ、やはり来るんじゃなかった、と後悔の波が思い出したように押し寄せてくる。

 

 きっと、皆、噂の『稲見恭也』に期待を寄せて来ていたのだろうに。こんなのが現れて、ガッカリしているに違いない。

 稲見恭也の代理なんて自分に務まるはずもなかったのだ――。


 女性陣の自己紹介もそっちのけで、うだうだとそんなことを考えていたときだった。


「今日は……あの、代理で来ました」


 その声に、え、と我に返る。

 ハッとして顔を上げれば、テーブルを挟んだ向かい――すでに女性陣の自己紹介も最後になっていたようだ――大野と女性陣四人が並んで座るソファ席の一番端で、恐縮した様子でぺこりと頭を下げている女性がいた。


「いや、『代理』とか言わないんでいいんで」と気まずそうに心優が口を挟み、「名前、言ってもらえます?」


 代理というのは本当なのだろう。幹事の心優も敬語で他人行儀。他の二人の女性も気まずそうに愛想笑いを浮かべていた。そのどこか冷ややかな視線の先で、彼女は弾かれたように顔を上げ、


「あ、すみません! 美作です。――美作深織です」


 そう名乗り、どこか申し訳なさそうに微笑んだ。


 

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