第11話 返事

「え――」


 ドクン、と大きく――久しぶりに――心臓が大きく震えるのを感じた。


「例の……さ、合コンの幹事やってくれた先輩から伝言が回ってきたんだ」と菜乃は言いにくそうに口許を歪めながら続けた。「あんたと話せる場をセッティングしてほしい、て」

「そう……なんだ」


 彷徨う視線はやがて下へと落ちる。

 ドクン、ドクン、と火がついたように心臓が騒がしく鳴り響いていた。

 

「あんた……さっさと着拒して連絡絶ったでしょ。だから、向こうとしては他に連絡手段もなくて、藁にもすがる想いで――て感じなのかな、て。そう思ったら、突っぱねるのも気が引けてさ……一応、こうして訊いてみた」

「……」


 確かに。イブの夜、あの電話を最後に深織は稲見との連絡を絶った。二度と声を聞きたくなくて――声を聞くことも辛過ぎて――、電話も着拒し、メッセージアプリもブロックした。

 それから、結局、稲見は深織の部屋に訪ねてくることもなくて。顔を合わせずに済んだことにホッとしながらも、どこかで虚しくも感じていた。押しかけられていてもきっと困っていたし、会わずに追い返していただろうが、あっさりと引いてしまったような稲見の態度は『白い狼』の噂を裏付ける証拠なような気もして……。

 やっぱり、自分に対する稲見の想いなんてその程度だったのか、と思えてしまった。

 だから、こうして人伝に……今となっては唯一の繋がりとも言っていい、あの合コンのメンバーを――まるで、そのか細い糸に一縷の望みを託すようにして――辿ってまで『会いたい』と稲見が伝えてきたことに、深織は動揺していた。


「今更、何を話そうって言うんだ!? て頭に来たんだけどさ……」ふいに菜乃が静かに呟くように口火を切った。「稲見恭也がそこまでして、あんたと会おうとしているのが予想外っていうか……ただ騙して遊んでた、てだけの奴がすることじゃない気がしたんだ。必死っていうか、なりふり構わず、ていうか……情熱――みたいなものを感じてさ。ちょっと……話くらい聞いてやってもいいんじゃないか、て思えちゃったんだよね」


 きゅうっと胸が締め付けられる。

 まさに、そう――。深織も同じことを感じていた。


「もちろん、深織次第だよ。でも、もし、少しでも……深織の中で整理がついていないところがあるなら、深織にとってもいい機会だとも思うんだ。最後に向き合って、文句でもなんでも言いたいことを言ってスッキリしてきたら? 中途半端が一番気持ち悪いでしょ」

 

 正論だと思った。その通りだ。

 伝言ゲームのようなことをしてまで『会いたい』と伝えてきた稲見が、自分に何を話したいというのか、気にならないと言えば嘘になる。自分だって伝えたいことが……訊きたいことがある。

 でも――とテーブルの下、膝の上で握りしめた拳にギュッと力が込もる。

 

「ごめん……」とぽつりと弱い声が漏れていた。「――できない」


 きゅっと唇を噛み締めていた。それ以上、言おうとすれば……言葉ではなく、涙がこぼれ落ちてきてしまいそうで。稲見に訊くのが怖い、と口にすることもできなかった。本当に自分のことを好きだったのか――、二人で過ごしたあの日々に、どこまで『真実』と言えるものがあったのか――、はっきりとさせる勇気が深織にはなかった。

 菜乃は追及してくることも、説得しようともしてこなかった。ただ、「そっか」とだけ明るく言ってパスタをフォークに絡め始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る