第4話 確証

「メリークリスマス……です、稲見さん」

「メリークリスマス、深織ちゃん」


 言って、稲見は身体ごとこちらに向け、


「飲み会、どうだった?」


 唐突に訊かれ、つい、ぎくりとしてしまう。


「楽しかった……です」


 なんとかそう答えたものの、頰が引きつる。

 まさか、稲見が『ヤリチン野郎』かどうか、審問じみたことが行われた、なんて言えるわけもない。


「あの……稲見さんは? 用事は無事、終わりました?」


 ごまかすように慌てて話を変えると、「ああ、まあ……」と稲見は口許を歪め、


「早めに切り上げちゃったんだ。あんま集中できなかったし……」

「そう……だったんですか。あ、じゃあ――ごめんなさい! 待たせちゃいましたよね?」

「いやいや、全然! 俺が勝手に早く来ただけだし。それに、いい具合に温まってきたから、ちょうど良かったくらい」

「温まってきた……?」


 きょとんとする深織に、「はい、これ」と稲見が差し出して来たのは――。


「ホッカイロ……?」


 それはあまりにも意外なもので。いつぶりだろう、と目を丸くして、まじまじと見てしまった。

 そういえば、いつからか全く使わなくなっていた。最後に見たのは、大学受験のときだっただろうか。試験の朝、念の為、と親に持たされたのを覚えている。

 懐かしく思いながら「私に……ですか?」とそれを受け取ると、掌に心地よい温もりがじーんと浸みていくのを感じた。


「さっき、出したばっかだけど、ずっと振っといたからだいぶ温まったと思う」


 あ、だから――とハッとして、深織は稲見に視線を戻す。

 そのとき、分かった。さっき、一生懸命、稲見が手をパタパタと振っていた理由。それはホッカイロを温めるためで……深織のためだ、と。

 まるで、ホッカイロの温もりが全身に広がっていくようだった。身体がじんわりと温まって、自然と顔が綻ぶ。


 愛おしい――という実感がこみあげてくる。


「イルミネーション見ている間、寒いと思って……」


 照れ隠しのようにぎこちなく笑って、そんなことをぼそりと言う彼を見つめ、やっぱり違う、と深織は思った。

 目の前の彼は、噂で言われるようなひとじゃない。この人が自分を弄んでいるはずがない。過去は知らない。でも、今は……今の彼は、誰かを騙せるような人じゃない。その『確証』ならちゃんとにある――と心の中で誓うように呟きながら、深織はぎゅっと胸元でホッカイロを握り締めた。


「じゃあ、そろそろ行こうか」


 ちらりと腕時計を見て、稲見はいつものように手を差し伸べてくる。朗らかなその笑みにつられるように、深織もふんわりと微笑みながら「うん」と彼の手を取った。そうして、キラキラと眩く輝くツリーを横目に、二人で手を繋いで歩き、もし――と深織は考えていた。

 

 もし……万が一、彼が噂通りの人で、この優しさも全て偽りで、自分を騙しているだけだとしたら――きっと、自分はもう二度と恋はできないだろう。


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