第13話 カフェラテ
その瞬間、喉の奥がじわっと熱くなるのを感じた。まるで熱の塊が込み上げてくるような感覚があって、喉がグッと詰まった。
うわあ、なんだこれ――と眞彦はたじろぎ、視線を泳がせる。
得体の知れない感情に呑まれそうになって。感極まって泣き出してしまいそうな、そんな衝動にさえ襲われて。誤魔化すように咳払いして、眞彦はとりあえず、コーヒーをグイッと口にした。
初めてのブラックコーヒー。苦いものだ、という基礎知識くらいはあるが。躊躇ってる余裕もなく。どんなもんだろうか――と、半ば投げやりでごくりと飲み、「あれ」と思わず、惚けた声が漏れる。
甘い……?
肩透かしでも食らった気分だった。
なんてことはない。まろやかで飲みやすくて……眠気が吹き飛ぶどころか、ほっと落ち着く味がした。どこか懐かしい、まるでコーヒー牛乳のような――と、訝しげにまじまじとカップを見つめていたそのとき、
「んっ……!」
突然、深織の咽せるような声がして、ハッとして顔を上げれば、
「……」
深織は口許を押さえてきょとんとして、自分のカップを見つめていた。まるで、さっきまで眞彦がそうしていたように……。
なんとなく……だが、察した。
「あの……もしかして」とおずおずと訊ねる。「そっちがブラック……ですか?」
すると、弾かれたように深織は顔を上げ、
「もしかして、それがカフェラテでした!?」
「あ……はあ。多分……?」
これがカフェラテというやつなのか――。
「ごめんなさい! 右手と左手間違えました!」
あわあわとしながら、深織は頭を下げ、
「取り替えましょう!」
さっと両手で持ったカップを眞彦の方に差し出してくる深織。
しかし、そうですね――とあっさり、交換できるわけもなかった。
眞彦は気まずいような、後ろめたいような、なんとも言えないばつの悪さを覚えながら、「いや、それはちょっと……」と口許を歪めて視線を逸らす。
「あの……飲んじゃったんで……」
「大丈夫です! 少し減ったくらい、気にしないでください。私も今、飲んじゃいましたし……きっと、同じくらいですよ!」
「え!? あ、その……量の話じゃなくて……」
「はい?」
じいっと透き通るような瞳で見つめられ、かあっと顔が熱くなる。
不安と気恥ずかしさが一緒くたになって襲いかかってくるようだった。
深織のこの反応は……どっちなのだろうか?
単に、動揺のあまり、その事実に気づいていないだけ? それとも……もしかして、自分が子供っぽいことを気にしているだけなのか? 大人の女性にとっては取るに足りないものなのだろうか。今さら、間接キスなんて――。
こうなっては言えるはずもない。『間接キス』という単語がひどく稚拙なものにさえ思えてきた。とはいえ、この場をうまくはぐらかす器用さも眞彦にはなく。唇を引き結び、為す術もなく押し黙っていると、
「あ……!」
ぎこちない間があってから、深織が何かに気づいたような声を上げ、さっとカップを引っ込めた。
ぶわあっとその顔が真っ赤に染まるのが分かって、あ――と確信する。深織は気づいていなかっただけ……。
「ご……ごめんなさい……! イヤですよね!?」
「ああ、いえ、イヤとかではない……ですけど!」
「……」
まったりとしたジャズの音色が流れ、落ち着いた雰囲気が漂うカフェの片隅で、二人は向かい合ったまま、顔を上気させて恐縮したように縮こまる。
しゅ〜、とお互いの頭からのぼる湯気でも見えるようだった。
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