第14話 過ち
「とりあえず……新しいの買ってきます!」
先に口を開いたのは深織だった。思い出したようにキリッと顔を引き締め、気合いでも入れん勢いで立ち上がる。
眞彦はギョッとし、「いや、いいですよ!?」と慌てて引き止めた。
「――俺、これ好きなんで!」
「へ……?」
きょとんと不思議そうな顔を向けられ、眞彦も「え」と遅れて面食らう。弾みで飛び出した、己の発言に――。
「稲見さんも……お好きなんですか? カフェラテ」
力が抜けたようにすとんと腰を下ろし、深織はまん丸の眼をぱちくりとさせながら訊いてくる。心底、意外そうに……。
「あ、いやあ……」と眞彦は答えに詰まりながら、首裏を掻く。「そう――みたいです」
「『みたいです』?」
「いや、実は……今日、初めて飲んだんで。俺も知らなかった、ていうか……。好きな味だな、て思って……」
「そう……なんですか」
へえ、とぼんやり相槌打ってから、深織はふっと口許を緩めた。
「そういう出会いも良いもの……ですよね」
「はい……?」
「取り違えちゃった私が言うようなことじゃないんですけど……」と深織は恥じ入るように苦笑して、「思わぬ発見……というか。失敗は成功のもと――というのはちょっと違うか。災い転じて福となす……?」
カップを両手に包み込むようにして口許に運びながら、深織は独り言のようにそんなことを呟く。そして――、
「ごめんなさい。変なこと言ってる」
そう言って、はにかむように破顔した。
それは飾り気なんてなく。無邪気というより無垢な。やわらかで包み込まれるような笑みで。
グッと惹きつけられるものがあった。
緊張とか焦りとはまた違う、高揚感にも似た激しい昂りを確かに胸の奥に感じて……。
「全然……変じゃないです」と気付けば、口にしていた。「すごい……分かります」
すると、深織は不意をつかれたように「え」と目を丸くして、「そうですか」と頬を染めて愛らしく微笑んだ。
自分よりも年上で。コーヒーの味も、お酒の味も知っている相手。きっと、自分には想像もつかないような世界だって知っているのかもしれない。
そんな彼女にこんなことを想っては、もしかしたら、失礼にあたるのかもしれない。それさえも、眞彦には分からない。でも、ただ無性に……彼女を『可愛い』と思ってしまった。
初めて入ったカフェで、初めて飲むカフェラテを味わいながら、眞彦は彼女と語らった。ぎこちなくも、少しずつ歩み寄るように。そんなひとときは居心地が良くて……ずっとこうしていたい――なんて浅ましいことを願っている自分がいた。
今、彼女の前に座る自分は――、ここに在るのは――、『稲見恭也』だということを忘れたわけでもないのに。
彼女と出会えてよかった、と思ってしまったのだ。たとえ、これが過ちの出会いだとしても……。
*ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
素敵なレビューまでいただき、本当に心から感謝しております。
二章はここで完結となります。次話からは三章。深織編に戻ります。
引き続き、お読みいただければ幸い至極です!
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