第9話 新しい日常

 クリスマスが終わると、あっという間に年が明けた。まるで余韻も未練もなく、あっさりと街は様相を変え、年越しへと向けて駆け抜けていった。気づけば、辺りは新年へのカウントダウンを始めていて、深織はボーッとしたまま年を越した。

 感慨も何もない。

 ただ、賑わうテレビの画面の向こう側を人ごとのように見つめていた。


 あれから――稲見と別れてから、深織はアパートの部屋に引きこもった。


 幸い、大学は冬休みに入っていて講義もなく、バイトは体調不良を理由にしばらく休んだ。

 別れた直後は、あまりのショックで放心状態。数日ほど経ってから、徐々に現実が――ずっと騙されていたのだ、という事実が――呑み込めてきて、ようやく涙が出た。悲しいのか、悔しいのか、惨めなのか……なんの涙なのかもよく分からない涙。それからは泣き明かして、どれくらい経っただろう。涙も枯れて、感情も出し尽くし、まるですっからかんになったような虚しさに襲われた。なんの気力も分からなくて……忘年会の誘いも断り、実家に帰省することもなく、初詣に赴くこともなく。時が過ぎるのを呆然と待つだけのような生活。それまでのキラキラと華やいでいた日々が嘘のよう。まるで、色褪せた世界に一人、取り残されたようだった。


 稲見とのトーク履歴は全て消し、電話もメッセージも拒否していた。だから、あれから稲見が自分へと連絡を取ろうとしていたかは、もはや定かではない。

 そこまでしたのは――いや、のは、稲見への気持ちがまだ自分の中にあるからに他ならず。

 どんなにスマホから稲見の痕跡を消そうと、思い出はいつまでも消えてはくれなかった。燻んだ心の中で、良い思い出ばかりがひときわ輝きを増していくよう。その全てが偽りだったと知ってもなお、まだ心は騙されたまま、稲見を恋しく思ってしまう。


 だから、余計につらい。だから、きっと、いつまでも抜け出せない。吹っ切れない。暗澹たる想いを抱えたまま、踏み出せない。


 ――とはいえ、良くも悪くも時は過ぎ、現実は深織を待ってくれるわけでもなく。


 年を越し、街も落ち着きを取り戻してきた頃、大学の冬休みも終わりを迎え、さすがに講義を休むわけにもいかず、深織は約二週間ぶりに買い物以外で外に出た。久しぶりにきっちりとメイクをし、身支度を整えて外に出ると、不思議と気分が軽くなるような感じがした。冬の空気はまだ冷たいが、シンと澄み渡って清々しい。講義に向かえば、事情を知らない学部の友人が「久しぶり〜」と晴れやかに迎えてくれて、まるでずっと自分が悪い夢を見ていたかのような気分にさえなった。

 そうして、ちょっとずつ……稲見のいなかった生活が『日常』へと戻っていくと、深織の心も自然と平穏を取り戻し始めた。

 菜乃に『ランチしよう』と誘われたのは、そんなときだった。

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