第4話 一途と固執
ご……合コン!?
藪から棒に飛び出したその単語に、眞彦は大仰にぎくりとして振り返った。
「な……なんで……いきなり、合コン!?」
「多分……だけどな。まーくんは女に夢見すぎなんだわ」
「え……夢……?」
「女だって、そんな清廉な生き物でもないんだよ。新村ちゃんみたいな『ロクでもない女』なんて、その辺にうじゃうじゃいる。珍しいもんでもない。そういうタイプの女に振り回されたい男だっているわけよ。――ただ、まーくんは違うんだろ?」
眼鏡の奥で理知的な瞳をキラリと輝かせ、恭也は低い声で言った。訊ねるというよりは、分かりきったような……確信を持った口ぶりで。
「新村ちゃんのこと、『ロクでもない女』じゃない、て此の期に及んでも信じてる。だから、そんなに思い悩んじゃってるんだろ? ――それがもったいない、て言ってんの」
「もったいない、て……」
「単純な話なんだよ」と恭也はさらりと軽い口調で続け、「要は、新村ちゃんはまーくんの好みのタイプじゃなかった、てこと。新村ちゃんのことをどんな女の子だと思っていたのかは知らないけど……それは全部、まーくんの勝手な妄想だった、てだけ。現実の新村ちゃんは『ロクでもない女』で、まーくんとは合わない。それが分かったんだから、次に進めばいいだけだ」
「……!」
ハッと目を剥き、眞彦は絶句した。
図星というか。痛いところを突かれた、といった感じだった。
次に進めばいい――確かに、そうなのだ。
まだ、恭也の言いたいことはよく分からないが。やっぱり、新村のことを恭也がいうような『ロクでもない女』とは思えないが。
そもそも、自分はフラれている。新村には、すでにキスも――きっと、その先も――するような
次に進むしか無いのだ。
それは眞彦も重々、分かってはいる。
でも、新村は同じマンションにいて、同じ学校で。新村を忘れようとしても、その姿はどうしても目に入ってしまう。試験前になれば、新村は以前と変わらず――まるで、眞彦の告白などなかったかのように――気安く話しかけてきて、眞彦の部屋に来て一緒に勉強することもあって。決して、一線を越えよう、とか……早まったことをしようとは思わなかったが――、あくまで『友達』として振舞ってはいたが――、胸の奥ではいつも揺すぶられるものがあって、新村への想いは古ボケるどころか、二年もの間、燻り続けて、すっかり拗らせてしまったのだ。
もし、新村と全く別の環境にいたら……せめて、高校が違っていたら、まだマシだったのかもしれないが。
「そんな簡単に……言わないでよ」
眞彦は俯き、ぼそりと弱音でも吐くように呟いていた。
すると、隣で恭也がため息吐くのが聞こえて、
「一途と固執は違うぞ、まーくん」
やんわりと諭すようなその言葉に、ハッとして視線を戻せば、恭也は憫笑のようなものを浮かべてこちらを見ていた。
「世の中にはいろんな女がごまんといて、最終的には――ま、人にもよるだろうけど、法律上は――その中から一人を選んで添い遂げなきゃいけない。見た目や性格だけじゃない。身体の相性だって合う相手を見つけなきゃいけないわけだ。それなのに……そんな――そもそも性格さえ合ってないような女にまごついてる場合じゃないだろ」
「え、ちょ……身体の相性って……!?」
とんでもない言葉が飛び出してぎょっとする眞彦をよそに、「ま、何を優先するのかは、人それぞれなんだろうけど」と恭也はあっけらかんと続けてデスクに頬杖ついた。
「俺としては、せっかく添い遂げるなら、全部合う相手がいい、と思っちゃうのよね。医者になったら遊んでる暇もないからさ。それまでに『この子だ!』て子を見つけて身を固めて……あとは、人の命を救いつつ、大好きな奥さんと気持ちの良いセックスをして死んでいけたらいいな、と思うわ」
「え……わ……なに……を……!?」
気持ちの良いセックス――!?
新村と手を繋いだことだけでも、思い出しては夜な夜な悶絶するほどで。キスすら、もはや絵空事な眞彦には、そもそも『セックスの気持ちの良さ』も見当もつかない。
なんと応えればいいのかも分からず、ただただ赤面して狼狽していると、
「とにかく――だ」と気を取り直すように言って、恭也が再び、背中をぽんと軽く叩いてきた。「騙されたと思って、一度合コン行ってみろ。世の中にはいろんな女がいる、て分かるだけでも視野が広がる。新村ちゃんへの見方も変わるかもしれないぞ。
特に……今回の合コンは、男側は『帝南医学部』限定、ていう指定付きの合コンだからな。ロクでもない女が来るだろ。案外、新村ちゃんがマシに思えてきたりしてな」
どこか皮肉っぽく言って、クツクツ笑う恭也。
眞彦はしばらくぽかんとしてから、ふと、ある違和感に気づいて「え……」と眉根を寄せる。
「ちょっと……待って、恭也くん。今、『帝南医学部』限定って……?」
「ああ。女のほうの幹事からのリクエストでな。
「いや……それ、ダメでしょ!?」と眞彦は身を乗り出して声を荒らげた。「俺、医学部どころか、帝南大でもないし……そもそも、高校生!」
「大丈夫、大丈夫。俺のフリして行けば良いから。合コンなんて騙し合いよ。あ、でも酒は飲むなよ?」
「飲まない――けど、『俺のフリ』って……無理だよ、俺が大学生のフリなんて! 新村以外の女子とまともに話したこともないのに……絶対不自然だよ!」
「別に俺は合コン行って、童貞捨ててこい、なんて言ってないよ。女への偏った固定観念を捨ててこい、て言ってんの。黙って観察でもしてればいいよ」
「か……観察……!?」
「まあ――」と、ふいに冷笑じみた笑みを浮かべ、恭也はぼそりとひとりごちるように呟いた。「大野から俺の話は向こうにダダ漏れだろうから、黙ってても向こうから寄ってくるかもしれないけど……」
「『俺の話』って……?」
「いや、まーくんは気にしなくて良いよ」
恭也はコロリと笑って、眞彦の肩に手を置き、
「万が一、お持ち帰りされて食われそうになったら逃げてね。『俺』とヤりたいと思うような女、まーくんには荷が重いだろうから」
「へ……?」
食われる……? 荷が重い……!?
もはや、恭也が何を言っているのか理解が追いつかず。眞彦は言葉も失くして固まった。
*更新が滞ってしまってすみません! すっかり、月一連載に……。引き続き、お読みくださっている皆様、本当にありがとうございます!
更新スピードはゆっくりですが、素敵なお話にしようと思っていますので。
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