第3話 ロクでもない女

 俺の話を聞いてたら――? 眞彦はぎょっとして、「えっと……待って」と身を乗りだした。


「俺……そんなにひどい言い方してたっけ、新村のこと!?」

「中学時代、散々、思わせぶりなことされて、勉強手伝わされた挙句、高校受かるやポイッと捨てられたんだよな。んで、高校入ってからも、自分にカレシがいようがお構いなく、試験前になると連絡取ってきて、勉強に付き合わされている、と……」

「そんな……」

「『そんなことない』?」と恭也は冷笑にも似た笑みを浮かべ、鋭い眼差しを向けてくる。「どこか違ったんなら、言ってくれる?」

「それは……」


 つい、視線が泳いだ。


「言い方が……悪いよ。『思わせぶりなことされた』、とか……『捨てられた』、とかさ……そういうんじゃないから。俺が勝手に勘違いしただけだよ。新村はきっと、最初からそんなつもりは全然無くて……俺の早とちりで……」

「何を根拠にそんなこと言ってんの、まーくんは?」

「何を根拠に、て……」

「新村がそう言ったのか? それとも、まーくんがそうだけ?」

「え……」


 思わぬ返しだった。面食らう眞彦に、恭也はため息交じりに苦笑して、


「ま、『物は言いよう』とは言うからな。捉え方次第、ではあるけどさ。俺からすれば、『手を握る』なんて……十分、『思わせぶりなこと』だ。勉強仲間が休憩がてらにすることじゃない。そうやってお前の気を引いて、うまいことお前を繋ぎとめようとしてたんだろ。まーくんは賢いからな。教えるのもきっとうまい。最高のチューターだったことだろうさ」

「そんな……ことは……」


 否定しようとした声は萎んでいった。

 そういえば――と思ってしまった。

 一緒に勉強していたつもりだったが。思い返してみれば、いつも新村に教えてばかりいた気がする。『ここ、分からないんだ』と上目遣いで言われるたび、心が躍って夢中で教えた。高校に入ってからも、ずっと……。


「フラれたときだって、『優しすぎるから』とか言ってきたんだろ? んなもん、クソみたいな言い訳だよ。自分が悪者にならないように、お前に非を押し付けて体良ていよくフッたんだ。典型的な自己中女。自分が可愛いだけのロクでもねー奴だよ」


 恭也のそれは、決して感情任せに捲し立てるようなものではなかった。淡々と分析するような冷静な声色で。

 だからこそ、説得力があった。


「そう……なのかな」

「そうだよ」とペシリと優しく恭也は眞彦の頭を叩いた。「だから、本気にしてんじゃねーぞ。まーくんは優しいのがいいところなんだ。それを『優しすぎる』なんて言って無下にするような奴の言うこと、気にすることねーよ。そんな女のために、まーくんが変わってやる必要はないんだからな?」


 ガシガシと恭也は荒々しく頭を撫でてくる。

 やっぱり、オトナだな、と思う。頼りになる従兄弟だ。ありがたいと思う。

 でも……それでも……すんなりと恭也の言葉を受け入れられない自分がいた。

 恭也を信用していないわけじゃない。自分よりも――新村が初恋の眞彦では比べられるようなものでもないかもしれないが――ずっと恋愛経験も豊富で、眞彦の知る限り、カノジョを絶やしたことはない。そんな恭也の言うことだ。デタラメではないと分かる。きっと豊富な経験に基づくアドバイスなのだろう。


 そう分かっていても、素直に頷くことができないのは……まだ、どこかで『そんなわけはない』と思ってしまうのは……きっと、まだ自分が新村のことを好きだから――。

 脳裏にチラついてしまうのだ。『稲見くん』と隣で微笑む新村が。フラれる前、『永遠』になると信じ込んでいた二人のひとときが、まだ記憶に甘い香りとともに残っていて。


 それとも、まーくんがそう信じたいだけ? ――さっき、恭也が放ったその問いの意味を、今頃になって理解した。


 ああ、そうだ……と眞彦を渋面を浮かべて俯いた。

 自分は信じたいのだ。あのひとときを。自分が恋した新村を。

 新村がロクでもない女だと信じたくないのだ。


 胸に鉛でも押し込まれるような息苦しさを覚えた。ぎゅっと膝を握り締め、黙り込んでいると、


「納得……できてないみたいだな」


 やれやれ、とでも言いたげに恭也が呟くのが聞こえて、「そうだ――」といきなりばしりと背中を叩かれた。


「合コン、行ってみるか。まーくん!」

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