第7話 声
「約束なんて……大袈裟ですよ。気が向いたら、でいいんです」と深織は苦笑して、そっと稲見から身体を離す。「本当に稲見さんは真面目ですよね」
だからこそ、無理もしてしまうのだろう――と思うと、胸がズキリと痛んだ。歯痒いような、居た堪れないような……切ない想いに駆られながらも、稲見らしい、とも思って憫笑のようなものが漏れる。
「そういうところも……好きなんですけど」
稲見の頰をそっと撫でながら、噛み締めるように囁くと、稲見はハッと瞠目してから、「ありがとう……」とぎこちなく微笑んだ。
疲労――なんだろうか、まだ、何か翳のようなものが伺える笑みだけど……それでも、稲見の笑みが見れたことに深織はひとまず安堵して、
「それじゃあ、続き……見ましょうか」
稲見の頰から手を離し、くるりと身を翻そうとした……のだが――。
「あ、ちょっと待って」と慌てた様子で稲見が腕を掴んできて、「俺も渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの……?」
もちろん、プレゼントだというのは明らか。深織はついついニヤけつつも、
「なんでしょうか」
稲見と向かい合って、姿勢を正す。
稲見は照れたように苦笑して、「本当は、もっとあとで……と思ってたんだけど」なんてもごもご言いながら、襷のように体にかけていたボディバッグから小さな箱を取り出した。手のひらサイズで、可愛らしいピンクのリボンのついた箱だ。それだけで、もう胸がぽわんと膨らんでしまう。
「俺からもクリスマスプレゼント。気に入ってくれるか……分かんないけど」
「気に入ります!」
手に取るなり、間髪入れずに答えると、稲見はきょとんとしてからぷっと吹き出した。
「まだ箱だけじゃん。中身も見てないのにダメだよ」
「でも、分かります。稲見さんが選んでくれたんだから!」
「いや、プレッシャー……。言っとくけど……俺、あんまりセンス無いよ」
「それは私が決めます」
得意げに言って、深織はリボンを解いて箱を開けた。
その途端、ぱあっと燦然と輝く光が深織の眼前に散らばった。キラキラと……イルミネーションの光を一身に浴び、七色の輝きを放つそれは、大粒のダイヤモンドがついた指輪――のようだった。
「これって……」
呟きながら、深織はそれを箱から取り出す。
一見、指輪のようなそれには四角く平べったい台座のようなものが付いていた。ダイヤモンドに思えた石もニセモノだろう、小さい頃に遊んでいたおもちゃのそれを思い出させる。いったい、これは何だろうか……と、ぱちくりと目を瞬かせて眺めていると、
「一応……スマホリング」と気まずそうに稲見が言うのが聞こえた。「本当は、指輪とかピアスとか、渡すつもりだったんだけど……どれがいいのか、全然分からなくて。それならおもしろいし、いいかな、て思って……」
スマホリング……と言われて、ハッとした。
箱の中に、まるで指輪のように置かれていたせいで分からなかったが、言われてみれば確かにスマホリングだ。そういえば、菜乃もリボン型の可愛らしいスマホリングをつけていた気がする。
こんな指輪のようなデザインのものもあるのか、と深織は感心すら覚えてまじまじと見つめてしまった。――喜ぶのも忘れて……。
「ご……ごめん、深織ちゃん」
ふいに、絞り出したような声で稲見が言うのが聞こえて、
「気に入らなかったら、つけなくていいから……。正直……ウケ狙いに逃げたところもあって……深織ちゃん、お笑い番組とか好きだから、こういうノリもオッケーかと……」
突然、何を……? と見やれば、稲見は頭を抱えて苦悶の表情。すっかり反省モードに入っていた。
「な……なんで、落ち込んでるんです!? すごい……嬉しいですよ!?」
「無理しないでいいよ、深織ちゃん……」
「無理してません! ただ、こんなスマホリングがあるの知らなかったから、驚いてただけで……。私、よくスマホ落としちゃうし、助かります!」
本当ですよ、本当ですよ、と深織は稲見に詰め寄り、
「だから……ね、稲見さん」と顔を覗き込み、スマホリングを手に優しく微笑みかけた。「つけるの、手伝って?」
呆気にとられたように茫然として、深織を見下ろす稲見。その頰が、じんわりと赤く染まるのが分かった。
「本当に……大丈夫?」とまだ疑うように深織を見ながら、稲見はおずおずと訊いてくる。「マジで……無理してつけなくていいからね?」
「全然。稲見さんからもらったんだ、て見せびらかします」
クスクス笑って答えると、ようやく稲見は表情を和らげて、「そっか」とはにかむような笑みを口元に滲ませた。
「じゃあ、向こうのベンチに座って……つける?」
「はい!」
晴れやかに頷くと、ひとまずスマホリングは箱に戻してバッグに入れ、深織は稲見の腕にまた自分の腕を絡める。
「スマホリング、実は初めてです」
「そうなんだ? 便利だよ。スタンドにもなるから。動画見るとき楽」
「そういえば、菜乃もよくそうやって動画見てる。講義中に」
「講義中って……ダメでしょ。菜乃さん、自由だな」
ははっと笑う稲見の声にうっとりと聞き惚れながら、広場の端にあるベンチに向かってのんびりと歩き出した――そのときだった。
「稲見……くん?」
背後から、訝しげに呼ぶ声が聞こえた。
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