第5章 変革の先に
第34話「リリース、一変、その影響(1)」
初回プレゼンから数日で、私たちと冒険者ギルドとの提携案がまとまった。
いったん詳細を持ち帰ってスライやヴィッテとしっかり相談してきたこともあり、私たちの希望もギルド側の希望もうまく組み込めたと思う!
程なくして、慌ただしく準備に追われる毎日が始まった。
まずはギルドスタッフへのオンラインサービス研修や、一部の冒険者へのβ版サービステストなどの実施。
研修やテストで聞こえた現場の声をもとに、さらにシステムの調整も進めていく。
ちなみにスラピュータ必要台数をステファニーに確認すると、1パーティ1台として、200台もあれば現役エイバス冒険者パーティの大半をカバーできるとのこと。
以前「分裂すればするほど分裂体の耐久力が減少するため、一定数を超えると個体の維持が不可能。100体程度なら問題ない」と自己申告していたスライ。
これを機に初めて限界に挑戦してみたところ、なんと「
スライいわく “この魔導具に入ると防御力がアップする” とかで、通常よりも個体維持しやすくなるらしい……そんな効果があるとは、思わぬ収穫。
ってなわけで並行して
試作品に続き『袋小路の錠前屋』へ製作をお願いしたところ、あの男獣人店員が大喜びで引き受けてくれた。
そして1ヶ月後。
スラピュータと各種WEBサービスの正式リリース開始。
この日を境として。
エイバス冒険者ギルドを巡る人々の流れは、完全に
***
かつてのエイバス冒険者ギルドの朝。
そこは、まさに “戦場” だった。
午前8時のオープンとともに押し寄せてくるのは、エイバスの中でも特に気性が荒いほうの冒険者たち。
彼らの狙いは、
新たな
基本早い物勝ちで、条件が良い案件は瞬時に受注者が決まってしまう。
だから朝一のギルドは、我先にと
とはいえこれでも、昔に比べればましになったほう。
ひと昔前は
過激な乱闘が息をひそめたきっかけは、ダガルガがギルドマスターに就任したこと。
ゴツい見た目通り、常人じゃ太刀打ちできないほど強いダガルガ。そんな彼が片っ端から暴れる冒険者を牽制して回るうち、物理的な殴り合いは起きなくなった。
代わりに水面下での睨み合いは激しさを増すばかり。ギルドスタッフは冒険者たちを刺激しないよう、常に気を張り詰めて、暗黙の了解だらけの業務にあたらなければならない。
あんなピリピリムードに包まれまくって働きたい人が多いはずも無く、冒険者ギルドは常に人手不足に悩まされ続けていたのだった。
「それがスラピュータ導入でほぼほぼ解決するなんて。毎朝のように胃が痛くなっていた日々が嘘みたいです…………こんなに良い方向へ進んだのもマキリさん達のおかげですね!」
スラピュータリリースから3ヶ月が過ぎたある日の午後。
いつもの冒険者ギルド応接スペースにて、晴れやかな顔で語るのはギルドスタッフのステファニー。心なしか、出会った頃より顔色が良くなったような気がするな。
「いえいえ、私たちだけじゃここまでうまくいかなかったかと! ステファニーさんや、ギルドスタッフの皆さんが協力してくださったからこそだと思ってます」
これは決して社交辞令なんかじゃない。
私の本音そのものだ。
スラピュータ導入にあたって、現場の戸惑いは半端なかった。
そりゃそうだ。全てを紙で処理するのが当たり前な現場に、突如として
だけど大きなトラブルが起きなかったのは、ひとえにギルドのステファニーが率先して動いてくれたからだと思う。
彼女はネットやスラピュータの特性をすぐに理解し、具体的なオンラインギルドサービスプランの草案を作り上げた。
さらに私と相談してプランを確定させた後、サービスマニュアルを即座に作成し、スタッフへ徹底的に周知。
こうしてできたのが『冒険者ギルドONLINE』。
サービス開始後は他スタッフと協力して定期的にスラピュータ講習会を開いたり、専用相談コーナーを常設して対応したり……とギルド全体で冒険者を手厚くフォローできる体制まで作ってくれた。
「それとやっぱり導入の仕方も正解でしたね。一般的にオンライン化では『窓口サービスとオンラインサービスをどう併用すればバランスがよくなるか?』って難しい課題なんですけど……今回スムーズに解決できたのは、ステファニーさんが提案してくださったサービスプランが凄く的確だったからってのが大きいですし」
彼女が提案したプランでは、
まずギルド内での
ステファニーいわく「窓口で直に手続きしてもこれまでと手間は変わらないけど、オンラインだとかなり便利」という形式を狙ったとのこと。
以前座談会で聞いたところによると、冒険者からしても「毎朝混んでるギルドに行って、窓口に並んで待たなきゃいけない」って結構なストレスだったらしい。
オンラインだと前日夜から自宅や宿でゆっくり
切り替えを告知した直後は、冒険者たちからの反発も少なくなかった。
だけどステファニーはじめギルドスタッフの皆さんが根気よく説明をしてくれた。あとは座談会
こういう好意的な人々の支えもあって、リリースから数週間も経つと、スラピュータやオンライン手続きがすっかり浸透したようだ。
あとスラピュータ画面が「青の半透明ウィンドウに白文字表示」と、ステータス画面と近かったのも良かったみたい。ここの人々にとってステータス表示っておなじみだから、割と親しみやすいんだって!
そして私は、今日みたいに冒険者ギルドを週1で訪問することになった。
ギルド奥の執務室内の応接スペースにて、スラピュータ貸出分や担当作業分の報酬を清算したり、オンラインサービス運営の相談にのったりするのが恒例なんだ。
「ちなみにスラピュータって、あと何台ぐらい残ってるんですか?」
私がたずねると、ステファニーが手元の紙資料をぱらぱらとめくり始めた。
「えっと…………昨夜の段階でギルド使用分が9台、冒険者に貸し出されているのが162台ということで、マキリさんにお借りした200台のうち手元に残る未貸出分は29台です。ここ1週間の受注
お、貸出台数もオンライン利用率も順調に増えてるな!
長年の課題だった朝の混雑がかなり解消されたこともあってか、ギルド内の雰囲気も明るくなってる感じがするし、今のところは順調っぽいね。
「ところでマキリさん。1つ伺いたいのですが……」
資料から顔を上げたステファニーが、少し真面目な表情になった。
「……スラピュータの増産を急ぐことは可能でしょうか?」
「え? でも以前『200台もあれば現役エイバス冒険者パーティの大半をカバーできる』ってステファニーさんがおっしゃってましたよね?」
「そうなんですが……実は冒険者の方々から『1パーティ1台制限を撤廃してほしい』との希望を多数頂いているんですよ」
「ほ、ほんとですかッ!」
予想外の声の存在に、思わず身を乗り出して反応してしまう。
「200台」というスラピュータの初期出荷台数や、「1パーティにつきスラピュータ1台まで」という制限は、安定してスラピュータを供給するために決めたものだった。
私たちの希望としてはインターネットを広めまくりたいわけだから、できれば最初から大量に供給できるに越したことはなかった。
だけどスライが維持可能な分裂体数――
そこでステファニーからの情報をふまえ、できる限り多くのパーティに早い段階で広めるためにも、初期出荷台数を控えめにした状態でパーティごとの貸出台数制限を設けたんだ。
これ以上の
あとでスライやヴィッテに相談してみようっと。
***
用事を終えた私は、ステファニーやダガルガたちスタッフの皆さんに温かく見送られ冒険者ギルドを後にした。
まっすぐ帰ろうと歩き出した直後、5人組の冒険者パーティの姿が目に止まる。
ギルド近くの広場の端を陣取る彼らが囲むのは……。
「あっ、スラピュータ!」
全員で画面をのぞきこみつつ、真面目な顔で何やら話し合っている。
……うんうん、しっかり活用してくれてるっぽい!
最近はこうやって何気なく街を歩いてるだけでも、あちこちでスラピュータを使う冒険者の姿を見かけるようになった。
自分が関わったアイテムが実際に広まっていく様子を見ると、なんか照れくさいやら嬉しいやらで、自然と顔がにやけてきちゃうよなぁ……この調子でインターネットの普及を進めていきたいところだね!!
「……ねぇそこの彼女、ちょっといい?」
「へ?」
急に話しかけられた私は思わず真顔に戻ってしまう。
目の前には知らない男性が3人。服装からして冒険者だろう。
ナンパ……ではないな。
揃いも揃って険しい表情で、雰囲気がピリつきまくってるもの。
いつのまにやら周囲に人影は無い。
考え事をしながら帰宅するうち、人通りの多い中央街を抜けていたんだろう。
妙に
「な、なんですか……?」
軽く目配せし合う男たち。
すると中央の男が低く静かな声で聞いてきた。
「単刀直入に聞く。正直に答えろ。『スラピュータ』っていう魔導具を作ってるのアンタなんだよな?」
「まぁそうですけど――――」
こちらの答えを聞くや否や、右端の男がボソボソッと何かを唱える。
瞬間、私の意識は
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