第12話「何はなくとも、まずお金(2)」


 唐突な情報に混乱した私は手を変え品を変え質問をしてみた。もしかしたら聞き間違いとか解釈の違いとか、そういう可能性もあるんじゃないかと思ったんだ。

 だけど何度聞いてもスライは主張を曲げなかったし、ヴィッテ本人も自信たっぷりに「そこらの魔物マモノは よゆうで たおせるわ!」と語っていた。


 かといって家の中で実践してもらうわけにもいかず……。


 ……というわけで次の私の石窯亭の仕事休みの日、ヴィッテの実力を試すべく、朝から街の外へと出かけることになった。メンバーは私・ヴィッテ・スライのみ。スライの分裂体である2号は家でお留守番だ。





「すてきな おひさまだわ! おでかけするのに ぴったりねぇ」


 森を切り開くように作られた石畳の街道を、うれしそうに跳ねつつ歩くヴィッテ。


 動きに合わせて上下に揺れる背中のリュックサックに潜むのはスライ。

 さすがに魔物スライを堂々と連れては歩けないけど、置いていくわけにもいかないってことで、昨日雑貨屋で小さなリュックを買ってきたんだ。これならこっそり連れて行けるし、スライも常に近くでヴィッテを守れるって乗り気だった。




「……!」


 その後ろを歩く私は、周囲を見回しながら緊張していた。

 背中にはヴィッテとサイズ違いのお揃いリュック。中には2人分のお昼ごはんとアイテムが少しだけ。何かあった時に備えて、荷物は最低限に軽くした。


「考えてみたら、1ヶ月ぐらいぶりに街の外に出たんだな」


 前回はこの世界に来た初日だった。あの時は偶然出会った冒険者たちに助けてもらったけど、今回はそうもいかない。


 ヴィッテたちの言葉を疑いたくはないけれど、この可愛い幼女が強いとは到底信じられない。何かあったら大人の私が守らなきゃいけない。


 武器になるアイテムを持っていくことも考えた。だけど戦いなれてない私に扱えるとは思えなかった。

 悩んだ結果、いざって時は逃げることに決めた。昨日から何回も「危なくなったら荷物を投げ捨てて、ヴィッテの手を引いて逃げる」っていうイメージトレーニングをしまくったから大丈夫だと思う、たぶん。


「今のところは魔物が出そうな感じはしないんだけど……」




 ――ガサガサ……


 街道脇の草木がこすれたかと思うと、現れたのは1体の狼っぽい魔物。




「ひッ、出たッ!」


 私が身構えるのと同時だった。

 シュッと素早く移動した幼女ヴィッテが狼を殴る。



 ――バゴオォンッ!



 あどけない笑顔からは想像できない重い一撃。

 狼は勢いのまま木へとぶつかり、そして粒子になって消え去った。


うっそぉ……」


 目をぱちくりするだけの私に、ヴィッテが言った。


「よゆうだったでしょ♪」

「う、うん……」



 自分の目が信じられない。

 だけど事実と認めるしかない。






 ヴィッテのリュックの隙間からスライが少しだけ体を出し、文字を表示する。


・・・・

>かなり街から離れましたね。

>私が隠れる必要は無くなったと考えます。

・・・・


「……確かにそうかも」

「あたしも そうおもうわ」


 私とヴィッテが答えると、スライはもぞもぞと全身を滑らせるようにリュックの外に出る。そして木の根元を指してこちらを向いた。


・・・・

>ヴィテッロ様、この戦利品ドロップアイテムは売却可能です。

・・・・


 スライが差し示す場所――さっき狼の魔物が消え去った場所――に落ちているのは “黒っぽい小さな石” 。


「ねぇ スライ、『ばいきゃくかのう』って なに?」


・・・・

>『売却可能』とは、金銭お金と交換できるということです。

・・・・


「お金と交換こーかん……そっか、わかったわ! 魔物マモノを たおすって 『』なのね!」

「へ⁈」


・・・・

>厳密に言えば少々異なりますが、見方によっては『働く』という行為だと取ることも可能でしょう。

・・・・


「わ~い♪ はたらくって たのしいなぁー♪♪」


 うれしそうに走り回るヴィッテ。




 間違ってはないよ。

 決して間違ってはないんだけど……教育上、本当に、これでいいんだろうか……。


 私は一抹の不安を覚えたのだった。





 ***





 その後も出現した魔物は全てヴィッテが瞬殺。ドロップしたアイテムを拾っては、リュックサックに溜めて喜んでいた。


 しばらく進んだところで街道沿いに開けた場所があったので、少し早めのお昼ごはんをとることに。

 手頃な切り株に座ってぼけーっとサンドウィッチを食べていると、スライが私だけに向けて文字を表示してきた。


・・・・

>マキリの表情が陰鬱いんうつです。悩みが存在しますか?

・・・・



 ……このスライム、意外と鋭いな。




 はしゃぎながらサンドウィッチを食べるのに夢中なヴィッテは、こちらの会話に気付く様子はない。だけど一応、声のボリュームを抑えて小声で話す。


「悩みっていうほどじゃないけど……ほら、ヴィッテちゃんが強すぎてさ。ちょっと複雑な気分ではあるよね」


・・・・

>何故ですか?

>ヴィテッロ様が強力であればあるほど、行程の危険は減少し安全となります。

>人間は安全を好む傾向にある生き物だと理解しています。

>マキリが陰鬱いんうつになる理由、理解不能。

・・・・



 前言撤回。

 あんまり鋭くないかもしれない。



「理屈上は確かにそうだよ。安全に進めるのはありがたいと思うし。だけど……まぁ……なんだかなぁっていうか」


・・・・

>『なんだかな』という言葉の意図は?

・・・・


「えっと、その……簡単にいうと、ヴィッテちゃんがあまりにも強すぎて、私の出番がないんだよね。ついて来た意味があるのかなぁって考えると、なんか複雑な気持ちになったというか……」



 出発前には「何かあったら私が守らなきゃ!」ってあふれてた精一杯の気合いも緊張感も、初戦終了後には跡形も無く消えていた。


 もちろんヴィッテちゃんの実力を見に来るのが今日のメインイベントなのは頭では分かってる。

 だけどここまで出番がないと……自分の存在が無意味に思えてくるよね。



・・・・

>成る程。

>それならば心配は不必要です。

>マキリは必要な存在であり、活躍予定はこの後ですから。

・・・・


「え、活躍予定ってどういうこと?」


・・・・

>私は理解していました。ヴィテッロ様の実力ならば多数の魔物に勝利可能であり、勝利時に入手可能な戦利品ドロップアイテムを売却すれば多額の金銭を入手可能なことを。

>ですがこれまでヴィテッロ様にその手法を提案する事は不可能でした。

>理由は、にあります。

・・・・


「アイテムを売りたかったら、街のお店とかにいけばいいんじゃ……あ」



 そう言いかけたところで思い出したのは



「……魔物スライ小さい子供ヴィッテちゃんだけだと『売りたくても売れなかった』ってことか」


・・・・

>その通りです。

>一定の年齢に達したヒトであるマキリならば、ヴィテッロ様が獲得したアイテムの売却を行う事が可能。

>さらに売却にて獲得した金銭で様々なアイテムを購入し、ヴィテッロ様の生活を安定させる事も可能なはずです。

>これはマキリのみが可能な役割だと考えます。

>我々にはマキリが必要なのです。

・・・・


「スライ……」




 ふと思い出したのは、初めてヴィッテに会った時のこと。

 彼女はとても強がっていた。そしてとてもおなかをすかせていた。


 だけど我が家に来て、一緒にごはんを食べる様になって、少なくとも空腹に苦しむことはなくなったはずだ。それに笑顔も増えた。何でもないことで明るく笑ってるヴィッテを見ると、私までうれしくなっちゃってるのに気付く時もある。


 そしてスライはずっとヴィッテに付き添っていた。

 人間から敵意を向けられる存在である魔物が人間の街で暮らすのは並大抵のことじゃなかったはず。スライは幼いヴィッテを守り育てるために、ずっと苦労してきたんだろう。



 そんなヴィッテやスライと暮らした数日間、私はすごく楽しかった。

 もし彼らがいなくなったら……間違いなくさみしいと思う。


 私にとっても、彼らが必要な存在になってたんだな。




「……そうだね。ヴィッテちゃんががんばってるぶん、私は街に帰ったらがんばるよ!」



・・・・

>それでは私は、売却価格が高額なアイテムの入手手段を提案する事で、効率の良い狩猟方法を補佐しましょう。

>この近隣であれば『オークの集落』と呼称される魔物の生息地での狩猟を推奨します。

・・・・


「ちょっと待って。高く売れるアイテムをドロップする魔物って、そのぶん強いとか危険だとかみたいな落とし穴があるんじゃない?」


・・・・

>その通りです。

>しかしヴィテッロ様の実力であれば、この近隣の魔物には全て勝利可能です。

・・・・


「そういえばそんなこと言ってたね……まぁそのへんはスライのほうが詳しそうだし任せるよ」


・・・・

>承知しました。

>ヴィテッロ様に提案します。

・・・・





 ***





 ヴィッテの賛同も得られたので、お昼ごはん休みのあと、私たちはまっすぐ『オークの集落』に向かった。


 目的地に近づくにつれ魔物の出現頻度が上がり、そして出現する魔物も大きく強くなるのが分かる。だけどヴィッテの敵じゃなかった。どんな魔物が出現しても殴るか蹴るかの一撃で討伐完了だ。




 集落の中央にストレートに突っ込むうち、気がつけば周囲に魔物の姿が見えなくなった。


「ふぅ、こんなもんかしら」


 達成感あふれる顔のヴィッテ。汗ひとつかいていない涼しげな姿は、さっきまで大型魔物集団相手に無双していたとは到底思えない。




 ここで私は気になることがあった。


「あのさ。、どうやって持って帰るの?」



 私の目線の先にあるのは、魔物がいなくなった集落の一角に残されたアイテムの山。

 これは全てヴィッテが倒した魔物のドロップアイテムで、「ヴィッテの戦闘バトルの邪魔になるから」と合間を塗って私とスライが一ヶ所にまとめていたものだ。


 私の身長ほど積みあがったアイテムの山の大半は、武器やアクセサリーなど古めかしい金属製の装飾品。1個ずつでもそれなりに重さがあったのだ。全部合わせたらものすごい重さになると思う。



「さすがに全部持って帰るのは無理だよね?」

「そんなことないわ。スライ、もって」




 ――ブオォンッ!


 ヴィッテの言葉を聞いた途端、スライが巨大化。数十倍に膨れ上がったと思うとアイテムの山を飲み込み、そして再び元の手のひらサイズに戻る。



 全ては、数秒のうちの出来事だった。

 


「えッ⁈ ちょ、今の何⁈」


・・・・

>ドロップアイテムを【収納】しました。

>必要に応じて取り出す事も可能です。

・・・・


「そ、そうなんだ……」



 この世界のスライム、そんなこともできるのか……!

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